事故
「どうしてでしょう………?」
「ん?何のこと?」
「い、いえ!こちらのことです!」
模擬戦から早くも一週間が経過した。凛花様は魔法と剣を使った戦闘に慣れるために騎士たちと戦っている。アルヴァ様とジリアン様は武器の感覚に慣れるために一人で練習をしているみたい。そして、コルネリア様はひたすら回復魔法を使用することで魔法に慣れていっている。ただ―――
「『ウォーターボール』」
(また、ですか………)
ユート様だけはどうしても前に進まない。魔法が全くと言っていいほどに使えないのだ。最初に五属性の初級魔法を見せ、どんな魔法かを想像しやすくした。そしてどの属性に適性があるのかを見極めるため、見よう見まねでやってみるように言った。そこまではよかったのだ。
そこからは大変だった。適性があった属性が水属性だけであったこともそうだったが、それが辛うじての適正だったということ。さらに、魔力を消費してはいるのに魔法が発動したことがないこと。詠唱のミスもないため、何故なのか全く分からない。挙句の果てには魔力を消費し過ぎて倒れたことまであった。もはやここまでくると笑うことしかできなかった。
彼は勇者としてはひどいものだった。剣を振るうどころか魔法は使えず、打たれ弱い。それどころか疲労があればすぐに倒れてしまいそうだ。ステータスは普通に生活している人々よりも低く、特別なスキルがあるわけでもない。正直、勇者でなければこの城を追い出されていそうだった。
(でも……)
今も一生懸命に魔法を覚えようとしているその姿勢には好感を抱ける。自分の世界には関係ないことだと切り捨てることもできれば、他に強い人がいるのだからと投げ出すことだってできる。それどころか自分は病人なのだからと元の世界に帰してもらうように頼むことだってできるだろう。実際にそういう勇者もいたという記録も残っている。それをせず、自分にできることをしようとしている。それは間違いなく勇者としての資質だと思う。それに………
「もうこれ以上はやめておいた方がいいですよ。また倒れたらどうするんですか」
「カトレアは心配性だなあ。大丈夫だって」
「駄目です」
「……さっきは提案じゃなかった?」
「提案だとこのまま無理し続けそうですし」
「ひどいなあ………」
どうやら自分のメイドにも好かれているらしい。確かにメイドは主のことを優先に動くけれど、あそこまで心配するかといわれると首をかしげざるを得ない。それだけ慕われているのだろう。勇者の人間性だけで見れば素晴らしいと言える。
(これで実力が伴っていればいいのですけれど)
それは高望みし過ぎなのだろう。凛花様から聞いた話では天は二物を与えずという言葉があるらしい。言い過ぎなのでは?という気もするが、ユート様を見ていると納得できてしまうかもしれない。
(さて、明日からも頑張らなければいけませんね)
私は勇者様たちを召喚した。ならばきちんと送り返すまでが仕事のはずだ。そのためにも全力を尽くさなければいけない。それに、この世界の人々は魔族の侵攻で苦しいはず。多くの人を救うためにも私が頑張らなければ。
「あ、ちょっとごめんカトレア。先に帰ってて」
「また練習ですか?駄目ですからね」
「うん、わかったから。そうじゃなくて、少しシルヴィアさんと話すだけ。終わったらすぐに戻るから」
「……本当ですか?」
「本当だって。信用なくない?」
「そういう人ですから」
「ひどいなあ………」
考え事をしているとそんな会話が聞こえてきた。話があるということだが、本当だろうか?こっそり練習しそうで怖い。ただ私が見ている間は問題ないだろうし、もし練習をしそうだったら無理にでも部屋に連れて帰ればいいだろう。
「話があるのならいいですよ。ただ、魔法の練習をしようとすれば部屋に戻しますからね?」
「まあ、そういうことなら………」
「…………」
ユート様を見ると無言になっていた。ショックだったのだろうか?でもこの人はすぐに無理をしようとするから、何となく見ていないと不安なのだ。
先に部屋に戻る彼女を見送ると、私たちは二人になった。
「それで私に話というのは何なのでしょうか?」
「ああ、うん、ええっと……どう伝えたらいいのかな」
どうしたのだろう?いつもなら遠慮なく言ってくるのに。話しにくいことなのだろうか?そう考えていると――――
「別に世界を救わなくてもいいんじゃないかな?」
「……え?」
耳を疑うような発言だった。その間にも言葉は続く。
「なんだかシルヴィアさん無理してそうだったしさ。気を張り詰め過ぎなんじゃないかなって」
「……何を………言っているのですか?」
私は召喚した責任がある。それに加えて、魔法の才能だってある。ここで投げ出すなんてことは許されない。
「いや、だからさ………」
「同じことを言わなくてもわかります!」
強い口調で彼の言葉を遮る。信じていたのだ、彼は勇者なのだからと。世界を救おうとしてくれているに違いないと。そんな考えを否定するかのような言葉を聞いて、ただただショックだった。
「シルヴィアさん?」
「話しかけないで!」
近づいてきた彼を振り払おうとした。普通なら近づく前に止まるか、当たっても痛がるだけだったのだろう。けれど、私は忘れてしまっていた。目の前の少年がどれだけ力がないのかを。そして、すぐに倒れてしまうほどに体が弱いことを。それを忘れていた私は後に激しく後悔することになる。いや、すぐに後悔する結果となった。
「あれ………?」
私の振り払った腕はユート様の体に当たった。彼の体は宙を舞い、まともに受け身も取れず地面に落ちた。自分が何をしてしまったのかに気付いた私は慌てて彼に駆け寄った。
「も、申し訳ありません!なんてことを……ピチャ?」
そこで気付く。否、気付いてしまった。彼の落下したところに石が落ちていたことに。そこがちょうど彼の頭部だったことに。そして、彼の頭からは――――赤い液体が流れていることに。
「あ、ああ………」
彼は血を流していた。止まることなく流れ落ちるそれは地面を赤く染めていった。私の軽率な行動のせいで。
「ああああああああああああ!」




