束の間の平和
レインさんの遺体は勇者の皆さんに頼み込んで、丁重に埋葬させてもらいました。きっとお城の中は駄目だと思いましたし、お母さんの隣に。クロさんに頼んで、連れて来てもらいました。このときばかりはクロさんも嫌とは言わず、黙って言うことを聞いてくれました。
それからは忙しかったようです。お城に魔族が残っていないか確認して、それが終わったら王様の下に向かい、お城での働きを再開。避難している人たちの誘導や魔族を追い払ったということを、各地に伝達しています。ようです、というのは私が関わっていないから。所詮勇者様のメイドにしかすぎない私じゃ、何かをしようとしてもお世話をすることぐらいですから。人聞きの話でしか、内容を知ることはできません。
(ここもすっかり元通り、ですね………)
いつものように、不自由な日々が戻ってきました。厨房は使えず、お風呂なんて以ての外。すれ違い様に舌打ちする人もいて、やはり何も変わっていないんだな、と思います。
ふと、ある部屋の前を通ります。そこは少し前まで、レインさんが生活していた部屋。何となく、という理由で選んだ部屋でした。それを聞いたとき、適当だなあと苦笑してしまいました。
(………話をしないと、ですよね)
レインさんは悪いことをしていましたし、敵でもあったのかもしれません。でも、完全に悪に染まり切っていた、とは思えないんです。それは共に暮らしていた魔族の方たちを見て、そう思いました。
それを壊してしまったのは、直接的と言うならユート様かもしれません。レインさんを殺したのはユート様ですから。けれど、その理由を作ってしまったのは私です。私がもっとちゃんとしていれば。そう思うときもあります。
(気が重くはありますけど……いつかはやらなきゃいけないことですし………!)
というか、このままの関係だと流石に辛い。今は風当たりも強い時期であるし、早いうちに元の関係に戻れないと心が折れてしまいそうだ。
思い立ったが吉日、とばかりに、ユート様の部屋へと向かう。きちんとノックを行い、返事を待った。
(……?いないんでしょうか?)
少しだけホッとしたような、残念なような気持ちを抱えながら、その場を離れようとする。
「……カトレア?」
「へ!?あ、はい、何でしょう!?」
そのとき、急に後ろから声が掛かったので、跳び上がってしまう。しかも、今しがた考えていた人なのだから、余計に心臓に悪い。なんとか気持ちを落ち着かせて、振り向くことができた。
「って、ユート様!?何があったのですか!?」
「……何、って………?」
「尋常じゃありませんよ!?早くお部屋に………!」
先ほど考えていたことはすべて吹っ飛び、急いで部屋に運び込む。ベッドは綺麗にしてあるので、そこにそっと横にする。ユート様は苦笑しながら、ごめんね、と謝った。彼の顔は青褪め、脂汗が噴き出ている。明らかに体調が悪い証拠だ。どうして気付けなかったのか、と自分を殴りたくなった。ここに残ると決めたときも、こんな調子であったことは知っていたのに。
「……謝るのは私の方です。あなたがこんなに辛い思いをしているのに気付かなかった………寂しい思いをしているのに、自分のことで一杯一杯だった………私が悪いんです」
「ううん、いいんだよ。カトレアのことを信じられなかった僕が悪いんだし、さ。でもできるなら、どうしてああなっちゃったのかぐらいは知りたいかな?」
ユート様は優しく笑っていた。それでも、その顔に力はない。それを見て、さらに胸が締め付けられるようだった。
「……その。顔を合わせ辛かったんです。あんなことをしちゃったので………」
「あんなこと、って、急にベッドに押し倒したときのこと?」
「はい……大切な行為ですので。お互いの気持ちを確認してじゃないと………」
「そんなに大切なものだったの?よくわからないけど………」
やはり閉じられた生活であるのと、ホムンクルスとして育てられたことからか、よくわかっていない様子だった。……いや、年齢的にも早いのだろうけど。
「そうですね。とても大事なことだったんです。だから……申し訳なくて。どんな顔をして会えばいいのか、わからなくなってしまって………」
「そっか。……嫌いになったとかじゃないんだね?」
「そんな!そんなことは、ないです……むしろ、ユート様が私のことを嫌いになったんじゃないか、って不安で………」
そう、怖かった。ユート様にまで嫌われてしまっては、私はもう生きていたくもなくなってしまう。そんなに辛い目に会うぐらいなら、答えなんて聞きたくなかった。その結果、ユート様にひどいことをしてしまった。呆れられても仕方なかった。
けれど……ユート様はユート様だった。今までと何も変わらない、彼のままだったのだ。
「……嫌いになんてならないよ。僕にとって、カトレアは大事な人だから」
「ユート、さま………」
視界がどうしようもなくぼやけてしまう。ちゃんと見ていなくちゃいけないのに。嗚咽を漏らす私に、彼は優しく頭を撫でてくれた。それがたまらなく幸せな時間に思えた。
「す、すみません。もう、大丈夫ですから」
「そっか。それはよかった……けほっ」
ユート様が咳き込み、その咳はかなり大きくなった。私は慌てて背中をさすり、呼吸ができるように体勢も変えた。
「大丈夫、ですか?」
「……あはは、あんまりそうでもない、かも………」
口元から放したユート様の手には、べっとりと赤い液体が付いていた。
「………………え?」




