闇に堕ちた神
「ユート様!?」
思わず声を上げてしまう。何故なら、ここにいるとは思わなかったからだ。どうして、という思いと共に、やっと会うことができた嬉しさもどうしようもなく溢れてしまう。今すぐ駆け寄って、あの人の傍へと行きたかった。
けれど、行けなかった。ジリアン様の予想通りなら、今のユート様は洗脳状態にある。レインという魔族に操られ、私たちを襲う可能性もあるのだ。ちらりとジリアン様の方に目を向ければ、苦々しい顔をしていた。
「……ッ、今回は出すってか?最悪にも程があんぞ………」
「……どうするの?」
「……やるしかねえ。姫さん、何としてでもユートを止めてくれよ?」
「努力します」
使える魔法の全てを駆使しても、止められるかどうかはわからない。でも、ここでやるしかない。それに、元々やろうとしたことがむこうから来てくれただけだ。それが少し狂ったぐらいに考えればいいだろう。
(ユート様を助け出して………!?)
決意を新たに、詠唱を省略して魔法を紡ごうとしたそのとき。私の目の前に、ユート様が現れていた。きっと転移を行われたのだろう。しまった、と思う頃にはもう遅い。ユート様は私に手を伸ばし………
「シルヴィア!………え?」
「おいおい、どういうこった………?」
「ユートちゃん!?どうしてここに!?」
魔族であるはずのレインも含め、その場の全員が驚きの声を上げる。それは私もであったが……私の場合は驚きのあまり、声も出すことができなかった。
ユート様はいきなり私を抱き寄せ、強く抱きしめてきたのだ。私は顔を赤くするばかりで、取り乱すばかりだった。
「……会いたかった。凄く」
「え、あ、あの、はい、わ、私も、です………」
混乱する頭で、どうにかそれだけ言葉を絞り出す。その場の注目を集めているのが、とても恥ずかしかった。
「ユートちゃん、今は危ないからここから………」
レインが声を掛けて気付く。ユート様がここにいるのはイレギュラーなことではないのかと。それならチャンスとばかりに、この場から離脱しようとユート様の手を引いた。
その場から動かないことで、失敗を悟ってしまったのだが。
「ユート様、お願いです!ここから逃げましょう!」
「……ごめんね、シルヴィ。やらなきゃいけないことがあるから」
ユート様から黒い瘴気のようなものが噴出する。それに不気味なものを感じ、私は一瞬肩を震わせてしまった。
「ユート、様………?」
「大丈夫だよ、シルヴィ。戻ってくるから。全部終わったら、さ」
振り向いた彼の笑みは純粋だった頃とはまるで異なり、邪悪なものに思える。そんなはずはない、と必死に否定しながらも、次の言葉に絶句してしまう。
「レインを殺したら、すぐにでも」
「ユートちゃん………?」
レインの目が動揺で見開かれる。そして、咄嗟にその場から離れる。元いた場所には剣が何本も突き刺さっていた。明確に殺意がわかる攻撃。歪な笑み。そこから魔族は何かを察したらしい。
「あなた……ユートちゃんじゃないわね?誰なのよ?」
「僕は僕さ。ただ、殺したい理由とするなら……カトレアのこと、かな」
足で地面を小突く。一瞬にしてレインの周囲は溶岩地帯と化し、高熱が彼女を飲み込もうとする。それを大量の水で無効化するのは流石八魔将、といったところか。
「カトレアちゃんの?」
「昨日の夜さ、見ちゃったんだよ。だからわかったんだ。カトレアはもう僕のことを見てないって。……君がいたから」
ぞっとするほど冷たい声。機械的とは違い、まるで強く誰かを憎んでいるかのような……いや、実際憎んでいるのだろう。言葉と共に、ユート様から溢れ出て来る黒い霧状の何かは一層と密度が濃くなった。
魔族は再び動揺したようだった。今度は何かに押し潰されるかのように、地面に叩きつけられる。
「クッ……この!」
それでもなんとか脱出し、ユート様に触れる。あっ、と口に出したときはもう遅い。吹き出したものが止まり、攻撃の手を緩めた。
レインはホッとしたように息を吐き、少し口元を緩めた。
――――それが破られるのも、すぐのことだったが。
レインが驚きの表情になると同時に、パキンッ!と耳障りな音が鳴る。瘴気の噴出は再開し、むしろ先ほどよりも強くなっている。
「ユートちゃん、その力は!」
「どうでもいい!」
振るった腕は重力を捻じ曲げ、凄まじい速度で魔族が撃ち出された。初めてダメージらしいダメージが入ったが、レインはそちらよりも気になることがあったようだ。必死の形相で叫ぶ。
「やめなさい!その力は使ってはダメ!」
「うるさい!」
ユート様が両手を打ち合わせる。すると、彼の背から異形の怪物が現れた。上半身のみであるのに、3つの人の上半身が下でくっついている。腕は皆同じく2つあり、歴戦の戦士の如く筋肉質だった。3つの顔は怒りの形相であり、見られただけで身が縮こまりそうだった。
「『煉獄・阿修羅』!」
「ユートちゃん!」
「やれ!」
三面六臂の怪物は魔族に向かい、手に現れた武器で攻撃していく。その威力は一撃一撃が必殺級であり、庭が焦土のように荒らされていく。
「……………ッ!仕方ない………!」
レインは敢えて遠ざかるのではなく、ユート様へと近付いていく。また、洗脳をしようというのだろうか、と私は身構えたが、激しい口調で遮られた。
「やめなさい!手遅れになるわよ!?」
「そ、それは、どういう………?」
私がつい返したときには、ユート様の下へと辿り着いていた。再びユート様に触れる。だが、今度はさっきよりも長い。そんな隙を怪物が見逃すはずもなく。
「ぐっ!」
背中を武器で貫かれていた。けれど、彼女の手はユート様から離れることはなく。瘴気をどんどんと弱めていった。
「……レイン、さん………?」
「……ふふ、やっと戻った、わね………」
ユート様がいつもの雰囲気に戻ると同時に、その場に倒れ込むのだった。




