囚われの身
投稿が遅れてすみません。就活やら実習やらで、なかなか更新できませんでした。
その場にいる気配が、すっかりなくなってしまった。残っているのは、意地でもこの場から離れようとしなかったクロと、選択対象に選ばなかった僕とレインさんだけだろう。と言うより、どうなったのかを感知する術がなかった。
「……はぁ………はっ、はっ、はっ…………」
僕はその場に崩れ落ちて、呼吸をすることができなくなっていたからだ。正しい呼吸のリズムが刻めない。今、息を吸っているのか、吐いているのかすらわからない。ひゅうひゅうと音を立てて、必死にもがく。でも、苦しいだけで空気を体内に取り込められている、という実感がまるでない。
やがて、目の前が真っ暗になっていく感覚に陥った。周囲から音も消えていき、僕は一人ぼっちになったかのように思った。
――――あり得ないはずの声を聞くまでは。
「ユート様!?大丈夫ですか!?私の声が聞こえますか!?」
「どう、して………?」
優しく擦られ続けて、ようやく呼吸が落ち着いてきた。そうすると、段々周りのことも見えるようになってきて……自分がどういった状況にいるのかも、認識できるようになった。
僕は頭を埋められて、ずっと撫でられている。先ほどから声もずっと掛けられ続けてる。その子からの熱もしっかりと伝わって……戻ってくることができた。けれど、本来はここにいるべきじゃない子なんだ。
「カトレア……どうして逃げなかったの………?」
いまだに少しだけ残る、喉の違和感を我慢して問いかけた。でも、答えは聞くまでもなかったんだ。だって、カトレアの顔を見れば、何も言わなくたってその理由は察することはできたから。
ゆっくりと焦点が合ってきた目で、カトレアの顔を見る。そして、気付いた。カトレアは今にも泣きだしてしまいそうな、辛そうな顔をしていたんだ。理由はもうわかっている。僕が無茶をしたからだ。加えて、何より許せないと思ったであろうことは、僕が自分を犠牲にしようとしたことなんだと思う。
「ごめんね……そうだったよね。一人はもう、嫌だよね………」
「心臓が止まるかと思ったんですよ……?本当に、本当に心配したんですからね………?」
ぽたり、と溜まっていた涙が僕の頬に落ちてきた。うん、と頷き、弱々しく笑う。こんなことも忘れてるなんて、やっぱり僕は駄目駄目だなあ。
「ごめんね。ちゃんといるよ、ここに。だから、もう大丈夫だよ………?」
「はい……はい………」
もう止めることができなくなってしまったのか、とうとう僕の胸で泣き始めてしまった。今度は僕が慰める番かな、とカトレアの頭を撫でた。その間に、レインさんが何かをしてくることはなかった。そのことには、素直にありがたく思う。まあ、きっと可愛いからなんだろうなあ。レインさんは基本、それで動く人……というか、魔族だから。
ようやく落ち着いたカトレアは、キッとレインさんを睨みつける。レインさんは肩を竦めるだけで、手出しはして来なかった。
「……どうするの?」
「そうね。まずは場所を移しましょうか。ここじゃゆっくり話もできないでしょうし。あなたもそっちの方が都合がいいでしょう?」
レインさんは何かを知っているかのように、僕に問いかけて来る。僕も心当たりはあるから、抵抗する気はなかった。大人しく頷いた。
カトレアの力を借りて、立ち上がろうとする。けれど、やはり足に力が入らないのはさっきと変わらず、その場に倒れ込みそうになった。その前に、カトレアが抱き止めてくれたから、大事にはならなかった。
「大丈夫ですか……?顔が真っ青ですよ………?」
「……大丈夫、って言いたいけど………今回ばかりは、大丈夫ではないかなあ………」
なんとか笑みを浮かべるものの、いつもと比べれば力がない。立っていることも難しいし、この様子なのだから誤魔化そうとしたところでばれてしまうだろう。ただでさえ、いつも隠し事をしていると気付かれてしまうのだから。
「アメリアさん……では、なかったんですよね。ユート様は移動ができないんです。もし、移動させようと言うなら………」
カトレアが怖い顔をする。その様子に、レインさんははあ、とため息をついていた。
「やあねえ。そんなに怖い顔をしなくても、無理させようとは思ってないわよ。けど、さっさと休めるところに行く方が大事でしょう?こんな劣悪なところで、寝かせるわけにもいかないでしょ?」
「それは……そうですが」
カトレアは辺りを見渡すと、渋々といった様子で頷く。周囲の地形は先ほどの戦闘のせいで、抉れていたり踏み荒らされていたりしている。さらに空を見上げれば、今にも雨が降り出しそうだ。この季節に雨に打たれれば、かなり体力を消耗すると思う。というか、僕が保たない。あっという間に力尽きそうだ。
「そうね、ちょうどいいわ。ここを貰うとしましょう。後であの子たちにも、こっちに移動して来てもらうとして……ユートちゃんはこの城の中に運び入れちゃいましょう。話は明日以降でいいわ。その様子じゃ聞いたところで頭に残らないでしょうし、二度も同じ話をされるのも退屈でしょう?」
「……どうして、そこまでするんですか?」
カトレアは警戒を解かない。そうねえ、とレインさんはあごに手を当て、考え込んだ。
「ま、そこら辺も含めて、明日話すわ。大事なんでしょ、ユートちゃんが。運んでいる最中に攻撃なんかしないから大丈夫よ。というより、あなたたちに攻撃をする気はないわ。ほら、早く移動しましょ?」
レインさんに促され、仕方なく移動を始める。命は取り止められたけれど、カトレアを含め、僕たちは捕虜となったのだった。




