秘密の話
まだ早い、誰も起きていないような時間。夜、って言うには遅いけれど、朝、って言うには早い、そんな時間。宵って言えばいいのかな。どうしても眠ることができず、僕はお城の中を歩き回ってた。だいぶ冷え込んできたから、羽織るものは必要だったけど。その重ささえも今の僕には十分な負担で、よたよたと覚束ない足取りで歩かざるを得なかった。
(《座標移動》が普通に使えれば、こんなことをしないでもいいんだけど………)
身体がゆっくりと衰えていく。そのこと自体はそこまで怖くない。前の世界ではいつ死ぬとも限らなかったし、廃棄される可能性だって十分にあった。いつでも死ぬ覚悟はできていた、というのとは少し違うかもしれないけど。そう遠くない未来に、命が潰えることと。そんな現実はいつ起こるかわからないことと、諦めていたんだと思う。
だけど、今は違う。今は心残りができてしまった。
(まだ……死にたくはないなあ………こんな世界じゃ、カトレアもシルヴィも安心して生きていけないよ………)
魔族が人を殺すのが当たり前の世界。いつ死ぬかはわからないし、特に最前線で戦っているシルヴィは一番危ないと言って過言じゃないと思う。だから。だからせめて、魔王を倒すまでは……命が保って欲しいんだ。
お城の庭へと辿り着いて、近くにあった柱の出っ張りに腰掛ける。息はすっかり上がって、汗は止まることなく流れ落ち続けてる。情けないなあ、と少しだけ笑って、その場で休む。
(あと3回……3回で決めないとな………)
ひんやりとした空気。揺れる草木。ひゅうひゅうと風の吹く音。今の僕に感じられるのはこれぐらい。ここに来たばっかりのときは、草の匂いや柱の感触を感じていたのにね。どんどん悪化していくなあ、と思う。
不意に、足音が聞こえた気がした。振り返れば、驚いた様子のコルネリアさんがいる。
「ユート君?どうしてここに………?」
「ちょっと眠れなくて。コルネリアさんこそ、どうしてここに?」
「私も同じですよ。どうしても眠れなくて……少し話しててもいいですか?」
「うん、いいよ」
コルネリアさんを促して、空いている部分に座ってもらった。柱は一つ一つが大きいから、二人ぐらい座っても大丈夫だった。かと言って、すぐに話し始めたわけじゃなく。何を話したものかな、と考えあぐねているって感じになってしまった。むう、ジリアンさんならすぐに言葉が出そうなものだけど。
うーん、と悩んでいると、先に口を開いたのはコルネリアさんだった。
「あと、もう2体なんですね………」
「………?」
口から放たれた言葉に首を傾げる。何のことだろう、と思っていると、クスクスと笑われてしまった。心外だなあ。
「魔族のことですよ。八魔将はあと2体しかいないじゃないですか」
「ああ、そのことか。もう終わりが見えてきたよね」
ヴィシュアグニと同レベルの相手が2体。言葉から見たら、厳しいのかもしれないけれど、何もなければどうにかなるんじゃないかな。杞憂なのは、僕の体調のこと。もし戦いの最中に崩れてしまえば、一気に崩壊してしまうのは想像するに易い。だから、頑張らないとね。
「……怖いんですよね、やっぱり」
「え?」
「死ぬことが怖いです。前の八魔将と戦ったとき、より強くそれを意識しちゃって……もう、戦いたくなんてないぐらいに………」
コルネリアさんは震えていた。でも、当然なのかもしれない。死ぬことは怖い。それはもう、どうしようもなく。僕みたいなのが特殊なだけなんだ。
「それに……もう一つ、怖いことがあるんです」
「何?」
「八魔将を全部倒して、魔王も倒したら……皆さんとも、お別れなんですよね………?」
あ、とつい声が漏れてしまう。そうだ、そのことを考えていなかった。僕はこの世界に残るつもりだけど……みんなはそれぞれ、自分の世界に戻っていくんだ。待っている人がいるから。
(それは………)
怖い、とは少し違う気がする。悲しい。そんな言葉の方が合う気がするんだ。
でも、何を言えばいいのかわからなくて……何も言えなかった。ただ、口を開いて、また閉じて、の繰り返し。コルネリアさんは気を遣ってくれたのか、いいんですよ、と笑ってくれた。
「他のお話をしましょうか。そうですねえ、恋の話とかどうでしょう?ユート君には好きな人がいますか?」
「うーん……好きな人、とは違うかもしれないけど………気になる人ならいるよ?」
「それでもいいんですよ。誰なんですか?」
「カトレアとシルヴィ」
間髪入れずに答えていた。それが当然だと思ってたし、別に疑問に思うようなこともなかったから。コルネリアさんは困ったような顔をして、僕の額を軽く小突いた。
「ユート君、悪いとは言いませんけど……ちゃんと覚えていてくださいね?二人とも、っていう選択肢はとても優しいですけど、ひどい答えでもあるんですから」
「……?どうして?」
「自分だけを見てほしいから、ですよ。そういうものなんです。他の人も見てると、なんで自分じゃないんだ、って思っちゃいますから」
まるで、自分が体験してきたかのような……ううん、実際に体験したのかもしれない。コルネリアさんの言葉には重みがあって、不思議と心に刻まれていた。
「うん。ちゃんと覚えておくよ」
「ありがとうございます」
「コルネリアさんはいるの?好きな人」
もしかしたら話したいかもな、と思って口にしたのだけど……コルネリアさんは目に見えて動揺していた。
「え!?あ、ああ、はい、そうですね……いないわけじゃあないんですけど………」
「そうなの?誰?」
「え、ええっと、ですね………」
これは秘密にしてくださいね、と念を押された。あまり知られたくない人なのかな、と思いつつ、こっそり教えてくれたその名前に驚く。
なるほど、それは……大変そうだなあ。そう思うのだった。




