時間移動
(へえ……確かにいい能力だよ。これは)
目の前の状況を確認して、契約した無形のモノにそう呟く。胸の中では嗤う声が聞こえた。僕に思うところがあるのかもしれない。おかしなやつだとか。どこかで狂っているとか。
(まあ……それでもいいよ。力をくれるならね)
そして、僕は………
「『水剣』」
魔法を発動し、それを虚空へと突き刺す。意味のないかのように思えた攻撃は、確かに敵を貫いていた。転移してきたディアボロスを。
「かはっ!」
「なっ!?どうして!」
ジリアンさんが驚いたように叫ぶ。凛花さんも声は上げてないものの、驚きの表情を隠し切れていないようだ。どうして、といった様子だった。
「な、何故……?しっかりと未来は見えていたはず………」
「そうだったよね。考えてみれば、当然のことだったんだ。君も僕と同じ超能力者。しかも、ディアボロスなのなら、《未来視》ぐらいは持ってるはず。僕が超能力を使わなくなるタイミングを見ていたんだろう?」
ディアボロスは目を見開き、諦めたように笑った。僕は振り向いて、驚いているシルヴィを見た。よかった、無事だったんだね。
「ああ、それとこっちもか」
再び炎を放ち、コルネリアさんの後ろから現れたヴィシュアグニを焼き尽くす。絶叫と共にヴィシュアグニは焼かれ続け、炭となって消えた。
「……後学のために………どうしてわかったのかをお聞きしても?」
「《過剰強化》。僕の新しい超能力さ。それで簡易時間旅行と座標移動のシンクロ率を強制的に引き上げた。その結果がこの時間軸に移動する技。時間移動ってことさ」
「なるほど。……あなたにはほとほと呆れさせられますよ。何という無茶苦茶な能力ですか」
シルヴィが助かったのはなんてことはない。僕が単に過去に戻っただけの話。もし時間をやり直せるのなら?そんな願望を力へと変えた。それこそが時間移動。そして、それを可能にしたのは、契約したモノから貰ったこの力だった。
「やはりあなたが憎い。……何もかもを持ったあなたが。恵まれたあなたが。憎くて憎くて仕方がなかった」
「……僕もさ。シルヴィを殺した君を許せなかった。いくら殺しても足りないと思ってた」
ディアボロスと話してわかったことがある。さっきまで胸の中にあったあの感情は。どろどろとしたあの感情は、憎しみという名前のものだった。これまで多くの者たちから向けられて、その度に無視してきた感情。それこそがこれだ。でも……それを、ここで見せちゃいけない。それはこの場にはふさわしくないものだから。
「……シルヴィに心配を掛けるわけにもいかないから。もう………いいや」
「そうですか。……一つお聞きしても?」
「何?」
「もし、こんなことがなければ……また、違った関係もあったのでしょうか」
「……さあね。わからないよ、そんなことは。けど………」
シルヴィを見て、次にカトレアを見た。シドさんも力を貰っていたヴィシュアグニが倒れたことで、ぐったりとしていた。ゆっくりと弱っているのがわかるし、むこうもむこうで決着がついたんだろう。
「……変わろうとすれば、今でも変われたんじゃないのかな」
「……そうですか。そう、かもしれませんね」
ディアボロスは何を考えているんだろう。どこでなら変われたのだろう、ということだろうか。あるいは、後悔の念だろうか。その思考も、二人が近づいて来るまでのものだった。
「おい!」
「ああ、お父さん。お母さんまで。すみません、今まで騙していました」
「それはどういうことだよ!?」
こちらではジリアンさんも凛花さんも事情を知らない。だから、僕のしたことを怒っているようだった。まあ、それもそうか。二人は本当の親のように振る舞ってたし、そうあろうとしていたのだから。
「僕は八魔将だったんですよ。そして、《悪夢》を殺そうとしていたんです。御覧の通り、失敗してしまいましたが」
「なんだよ、そりゃ!嘘と言ってくれ!」
「お父さんとお母さんは少し、人を疑うことを覚えた方がいいですよ?魔族はこんなことをしてきますからね」
息も絶え絶えといった様子ではあるが、平気な顔をして言葉を続けるディアボロス。これ以上ここにいるのは邪魔かな。そう思って、僕は彼に声を掛けた。
「あとは三人で過ごすといいよ。邪魔はしないから」
「ええ。ありがとうございます」
「それと、二つ。何かを持ってるってことは、何かを失う可能性があるってこと。何事も順風満帆とはいかないんだよ」
「そうですか。……あなたにも、不幸はあったんですね」
「まあ、ね」
先生を失って、姉さんも失って。せっかくできた大事なものも、二度失われそうになった。それが……凄く怖かった。
「もう一つは?」
「二人は君を思ってて……君も、二人を敵だとは思えなかった。それが負けた理由だろうね」
「……ええ。わかっていますよ、そんなことは………」
ディアボロスは目を閉じる。それでも、きっと悪くは思えなかったんだろう。二人はそれだけ彼を愛してくれたから。いまだに親だと思っているのがいい証拠だ。
「じゃあね。今度は敵にならないことを祈ってるよ」
「ええ。心からそう思います」
ディアボロスは微かに笑ったのを確認して、僕はその場から離れた。向かったのは、シドさんのところだ。
「……ああ。死ぬのか」
「だね。もう、助からないと思う」
シドさんの周りには、流した血が血溜まりとなってそこらに巻き散らかっていた。その量はどう見ても助かる量じゃない。
「……ほんとはな。わかっちゃいたのさ。馬鹿なことをしてて、迷惑掛けてんのもさ」
「うん」
「けどなあ……誰かを憎まねえと。誰かに怒りを向けねえと、やりきれなかった。それでお前に当たっちまったんだ」
「うん」
「……悪いな。受けた恩も忘れて、仇で返してよ」
「いいよ、別に。わからなくはないから」
さっきまでの僕もそうだった。だから、誰かを憎む気持ちもわかる。そうしないと、どうしようもなかったことも。
「カトレアも悪かったな……散々嫌なことしちまってよ」
「……………」
カトレアは下を向いて、何も答えない。言いたいことはたくさんあるはずだ。でも、そうしなければならなかった理由も、わかってはいるのかもしれない。
「我は許す気はないぞ」
「はは……そりゃそうだろうな。それでいいさ。恨んでくれた方がいい」
クロは威嚇するけれど、シドさんは笑うだけだった。誰かに恨まれる方が気が楽なのかもしれない。だとすると、これはクロなりの優しさなのかもね。
「じゃあな……お前たちが平和に暮らせるようになることを、祈ってるとするよ………」
それっきり、シドさんが目を覚ますことはなかった。帝国で始まった因縁は、ここで終わったんだ。
※ ※ ※
いろんな話をした。たわいのない話。どうしようもなかったこと。自分の過去のこと。どうして自分を救ってくれたのか。たくさんたくさん。
正直、まだ話し足りない。でも、時間はそれを許してはくれなかった。ここまで耐えられたのは、奇跡だと思うぐらいだ。
「それじゃあ、行かなきゃ」
「……ほんとに、こんな結末しかなかったのかよ………?」
「……もう、変えられないから。でも、一つだけ、許されるなら………」
もう一度、人生があるというのなら。また、お父さんとお母さんに育てられたいと思う。できれば……今度はこの人たちの子供で。
「……馬鹿言うんじゃねえ。誰がなんて言おうが、お前は俺たちの子供だってんだ………」
「そっか。それは……いいなあ………」
思わず、口元が緩む。愛される。それが僕が一番欲しかったものだから。
「……名前」
「え?」
「名前、考えてたんだ。いつまでもないままじゃ、味気ないからさ。帰ったら、教えようと思ってた」
「そう、なんだ」
二人がちゃんと自分のことを思っていてくれたことが嬉しくて、また笑ってしまう。ああ、《悪夢》もこんな気持ちだったんだろうか。なら……悪いことをしてしまったかもしれない。そう思った。
「リン。私たちのどっちにもあるからさ。お揃いになるかな、って思ったんだ」
「うん……ありがとう」
段々力が抜けていく。でも、寂しさは感じなかった。ここは温かいから。
「ありがとう……お父さん、お母さん………」
瞼がゆっくりと落ちてくる。今度はいい夢を見れそうだ。そう思った。




