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ディアボロスの過去

 目の前で起こったことを信じられなかった。シルヴィアがユートを庇って、たった今死んでしまった。しかも、それをやったのが保護していたあの子だなんて、信じられるはずもなかった。

 隣を見れば、ジリアンも同じような様子だった。そんな。まさか。そういった感情が顔に出ている。もっとも、私が言えたことではないのかもしれないけど。


 「それでは、あなたにも死んでもらいましょう。長年の恨みもありますが……あなたのやったことがわからないでもありません。一息に殺してあげます」

 「……ッ!待て!」


 あの子が……ディアボロスが、ユートに向けて手を振り下ろそうとする前に、ジリアンが叫ぶ。ディアボロスはゆっくりと振り向き、私たちを見た。


 「……何ですか?色々と便宜を図ってくれた礼です、少しぐらいなら聞いてあげましょう」


 今は元の姿とは似ても似つかない、まさしく魔族といった風貌だった。髪は色が抜け落ちて白くなり、目は赤くなっている。そこだけ見れば、まだ人間だと思える。けれど、肌の色はうっすらと青く、頭からは2本の角が生えている。また、筋肉が増大し、背も伸びていた。顔つきがどこか似ているな、という程度で、昨日までのあの子とはもはやわからないぐらいだろう。

 ジリアンはぐ……と歯噛みしていたが、意を決したように口を開いた。


 「本当に……本当に、嘘だったのか?俺たちと一緒にいた時間は、なんでもないものだったのか!?」

 「……………ええ。嘘でした。すべてはあなたたち、勇者を殺すため。そういう命令でしたから」

 「命令、って………?」

 「ヴィシュアグニ様の部下ですから。上官の言うことを聞くのは………当然のことです」


 ちらり、とディアボロスがヴィシュアグニの方を向いた。そちらではアルヴァさんとヴィシュアグニが戦っていた。だが、攻撃を捌くのに手一杯で、どうしようもないといった様子だった。


 「……ちょうどいいでしょう。どうして魔族となったのか。それを教えて差し上げます」


 ディアボロスは私たちを見て、そう告げるのだった。


※               ※               ※

 始まりは暗い闇の中だった。どこを見ても、闇、闇、闇。変わらない景色に、気を保つことで精一杯だった。だから、いつもの日課となっているのは外の会話を聞くことだけ。廃棄だったり、処分だったりといった言葉が聞こえ、誰かが死んでいくのがいつしかわかるようになった。それが怖くて、必死に能力を取り入れようと努力した。

 ある日、真っ暗な世界から抜け出すことができた。培養液から出た空気は、自分には痛すぎた。すぐに呼吸をすることも、心臓の音を刻むことも難しくなって、培養液の中へと戻された。そのときに少しだけ聞こえた廃棄、という声が終わらない恐怖となっていた。再び闇の中で、死の恐怖と隣り合わせになりながら、耐えなければいけなくなった。


 幸い、才能はあった。複数の能力を操れ、その数はその世界にいたどんな相手よりも上だった。研究者たちは小躍りして、次々に自分たちを称え合った。……勿論、自分が褒められることはなかった。それが悲しくはあったけれど、自分から言えるわけもない。ただ、じっとしていた。培養液の入った強化スーツを着たまま。

 

 けれど、それもすぐに終わった。自慢しに行った先で、元々最強とされていた《悪夢》に出会ってしまったからだ。能力の多さを利用して勝とうとした。でも、全く歯が立たなかった。一つ一つの能力に差があり過ぎたのだった。抵抗もむなしく、殺されてしまった。最後に聞いたのは、役立たずという言葉だけだった。


 それでも、まだチャンスがなかったわけではなかった。目が覚めると、知らない場所に立っていたのだ。どこだろう、と迷っているうちに気付く。超能力がここでも使えることに。

 転移を繰り返していると、ようやく自分以外の生物に会えた。それがヴィシュアグニ様だったのだ。


 魔王に仕えていたヴィシュアグニ様は部下を探していた。強く、それでいて自分に忠実な部下を。そして、都合のいい存在に会った。それが自分だったのだ。命令には必ず従い、ほとんど何も要求してこない。それはまさしく、自分が必要としていた者だったのだろう。迷うことなく、自分を部下にしていた。

 自分としても不満はなかった。当然だ。ここでは頑張れば、自分の価値を認めてくれた。自分がここにいていいと、確認することができた。それが自分にとってはかけがえのないものだった。


 だから、実力を認められ、八魔将となった今でもヴィシュアグニ様の部下でいるのだ。


※               ※               ※

 「そういうことです。……だから、従うんですよ。従わなければいけない」

 「……ッ、そういうことかよ………!」


 憎々し気に、ジリアンが毒づいた。そこまで関係が深くなければ、まだやり直せると思ったのかもしれない。私もそれを期待していたから。けど……現実は非情だった。


 「おお、おお。どうした?何故殺さぬ?」


 血で触手を濡らしたヴィシュアグニが、こちらへと這い寄ってくる。後ろには……倒れて、動く気配のないアルヴァさんがいた。


 「……そのことなのですが」

 「おお、おお。なんだ、言ってみよ」

 「本当に、殺さなくてはならないのでしょうか?」


 私たちは驚き、ディアボロスへと目を移した。表情は何も変わっていなかったけれど。


 「おお、おお。何故だ?」

 「この二人は勇者の中でも、あまり強くありません。それこそ、ヴィシュアグニ様ならいつでも殺せるのではないでしょうか。その程度なら、脅威とも言えないのでは?」


 少しだけ、むかっ腹が立った。いや、確かにパッとしないかもしれないけど。なんでそこまで言われなくちゃいけないわけ?


 「おお、おお。情でも移ったのか?」

 「……いえ、そういうわけでは」

 「おお、おお。却下だ。……とも言えるが、お前はよく働いてきた。こやつらを洗脳すれば、別の使い方もできよう。レインにでも頼み、我らの先兵とするのも悪くないか」


 こいつ……何を考えているの!ジリアンも黙ってはいられなかったようで、ヴィシュアグニを睨みつける。けど、何もできない。やっても意味がないから。


 「……ありがとうございます」

 「おお、おお。その代わり、その男を殺せ。速やかにな」

 「わかりました。すぐに殺します」

 「おい!お前はそれでいいのかよ!?」


 ジリアンが叫ぶけれど、ディアボロスは手を止めない。ただ、ぽつりと呟いただけだ。


 「……これしか方法はないんですよ。お父さん」


 ディアボロスが手を振り下ろす。


 「…………!?これは!?」


 辺りが眩いばかりに明るくなった。それから、私たちは何も見ることができなかった。

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