何が起こったのか
「……………え?」
目の前で起こったことが信じられなかった。だって、僕の超能力はきちんと発動していたはず。ルーちゃんにも問題はなかったはずなんだ。しかも、その未来でしっかりみんなと一緒に帰るところを見ている。そのはずなのに、どうして………
「……ん………?ユー、ト、様?」
口の端から血を流し、シルヴィが薄く目を開ける。僕は慌てて駆け寄って、地面に膝をつく。
「シルヴィ!?大丈夫?今、コルネリアさんを………!」
「……ああ、無事でしたか………よかった、です」
僕の手を取って、弱々しく微笑む。手から感じる熱は段々と冷えていっているのが、僕の焦りを加速させた。シルヴィを抱えて、コルネリアさんの姿を探す。でも………
「どう、して………」
「おお、おお。あくまで兵器として作られたがゆえに、わからなかったのか。哀れなものよ」
コルネリアさんは青白い顔をして倒れていた。シルヴィに教えてもらったMPが尽きている状態に酷似している。けど、今回コルネリアさんが魔法を使うことなんてなかったのに。
「おお、おお。どうして魔力切れを起こしているのか、不思議といったようだな。答えは簡単なことよ。我が魔力を吸い取っただけのこと。今のこやつはただの小娘に過ぎぬ」
「そん、な………」
コルネリアさんがいなかったら、シルヴィを助けられない。死んでしまう。必死に何かを探している僕の目に映ったのは、あの子の姿だった。ジリアンさんと凛花さんが育てていたあの子。どうしてここに………
「おお、おお。よくやったぞ、ディアボロス。その男も殺すのだ。さすれば、任務は終わる」
「……はい。わかりました」
「ディア……ボロス………?」
その子を見て、ようやく思い出した。初めて見たときの少しの違和感。それは一度会っていたことから来た感覚だったんだ。
「君は……僕が殺した………」
「ええ。その節はお世話になりました」
遠くでカトレアとジリアンさん、凛花さんが驚いているのがわかる。でも、今の僕にはそのことを気にしている余裕なんてなかった。
「申し遅れましたね。八魔将が一人、ディアボロス。あなたの敵ですよ」
ハッ、と誰かが息を呑んだ。そうしている間にも、シルヴィの体温は失われていく。どうにか傷口を塞いだけど、内臓にダメージがあるのだろうか。彼女の体は冷たくなっていくばかりだった。
「……いい様ですね」
「……何が………だよ………?」
胸の中に、怒りとは違う感情が芽生えた。それはどろどろとした感情で、僕の中を蝕んでいく。
「……ずっとあなたが羨ましかった。恵まれたところで育ち、恵まれた才能を持ち、あなたを知らない者はいない。だから、すべてを失ってしまえばいいと思ったんですよ。そのお姫様も、あなたの傍にいた犬も、あちらのメイドも」
「だから……殺したっていうのか………?」
「ええ。それに、命令でしたので。あなただって、同じことをしていたでしょう?」
ディアボロスは無表情で……そして、淡々としていた。殺したことをなんとも思っていなかったかのように。
ごほごほと苦しそうに咳き込む音がした。見下ろせば、シルヴィがディアボロスを見ている。
「ユート、様は……あなたとは違いますよ………多くのものを見て………自分のしてきたことが………正しいことではなかったことを、知りました…………」
「……そうですか。それが彼を憎む理由なのですけどね」
「でも……あなたは、知ろうとしましたか………?」
ディアボロスは顔を歪め、炎を放つ。それはシルヴィの胸に当たり、残っていた命を散らした。力が抜ける寸前に、微かな声が聞こえた。
――――優しさを失わないで、と。
「うあ………」
「いい気味ですね。すぐに、あなたも………」
胸の中の黒い気持ちが抑えられない。その気持ちが心を埋め尽くしていく。
「うああ………」
「どうしてだ!お前は最初からそのつもりで………!?」
「……ええ。そのつもりでした」
目の前が真っ暗になっていく。それと同時に、何かが僕に囁いてくる。
(憎め……もっと憎め………)
「うああああああああああ!」
僕の意識は暗転した。
※ ※ ※
気が付けば、いつか夢で見た黒い門が目の前にあった。その門は今にも開きそうで、閂の部分は外れ掛かっていた。
『力が欲しいか……?失った彼女を救う力が?』
「……ああ、欲しいよ………やり直せる力が。あの子を……いいや、あいつを!敵を殺せる力が!」
いつしか僕の周りには、真っ黒な何かが纏わりついていた。いつもならそれを振り払っていたのだろうけど、今の僕にはそんなことを考えるだけの余裕はなかった。握った拳から、ドロドロと何かが零れ落ちていく。
『そうか……ならば、ここを開けるといい。そのどちらも与えてやろう………お前のためにな………』
僕は何も疑わず、閂を引き抜いた。ズズズ、とゆっくり開こうとしていたが、待つことができず自分の手でそれを加速させた。門の向こう側には、何がいるのかを考えることもしないで。
『ハハハハハハハハ!おめでとう!君は力を得た!その代わり、決して変えることのできない宿命もな!』
「それは?」
「死ぬときにお前の魂をもらい受けるのさ」
遠くで聞こえていた声は、今や目の前から聞こえた。そいつは形を持っていなかったけど、直感でわかった。こいつは、やばいやつだ。
「で?」
「お前は転生することはできない。死後、我らの世界で永劫苦しむことになるからだよ」
「そう。力はくれるの?」
「それは勿論だとも。それが契約というものだ」
目の前のやつから嘘は感じられない。それなら別にいいんだよ。
「ならくれよ。魂なんて、君の好きにすればいいさ」
「ハハハ、面白いやつだ。よかろう、そんなに欲しいのならば、与えてやる」
目の前の闇が、僕の体の中へと入って来る。胸が熱い。まるで焼けた石を押し付けられているようだ。でも……強い力が宿るのがわかる。その力がどんなものなのかも。
「お前に与えた力は………」




