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ウルカ共和国での開戦

 大きく開けた空間に出た。そこには二つの影があり、どちらも見知った顔だった。いや、片方に関して言えば、見知った顔というのは間違っているのかもしれないけど。

 二つのうちの一人。シドさんがにこやかに口を開く。


 「カトレア。来てくれたんだな。待っていてくれ、すぐにでもそいつの呪縛から解放してやるから」

 「……囚われているのはあなたの方です。母の死から立ち直れず、似ているからというだけで私を求める。………はっきり言います。もう私に関わらないでください!」

 「ああ、わかっているよ。そいつに言わされてるんだろう?大丈夫、俺は力を得たんだ。そいつを殺すための力を」


 シドさんはカトレアの叫びをまったく聞こうともせず、僕を睨みつけてきた。別にそこまで睨まなくてもいいんじゃないかと思うんだけど。あんまり敵意を向けていると、収まりがつかなくなっちゃう子がいるからなあ。


 「……クロ。飛び掛かりたいのはわかるけど、状況がわかるまでは駄目だよ?危ないからね」

 「わかっているが……むこうが手を出してきたのなら、抑えられそうもないな。それに、これ以上馬鹿にされるのも面白くない。さっさと殺したいところだ」


 影からクロが現れ、牙をむいている。体重は前に傾いていて、今にも飛び出して行きそうだった。一応止めてはいるものの、どこまで効果があることやら。

 それと、今回に限ってはもう二人ほど、怒っている人が存在した。とてもじゃないけど、怖くて振り返れそうもない。でも、他の人からつつかれたので、仕方なくそちらを向いた。


 「あ、あの……カトレア?シルヴィ?どうしたの?」


 カトレアはもはや無表情だった。能面みたいな感じだから、近寄り難さが一層増している。というか、今まで散々叱られてきたけど、ここまで怒っているのを見るのは初めてだ。正直に言って、刺激したくないっていうのが本音だよ。

 もう一人はシルヴィ。こっちは笑っている。笑っている、のだけど……なんだか絶対零度といったような様子が正しい。その様子は吹雪が吹いているという言葉も生易しい。カトレアにはよく叱られてたけど、シルヴィが怒っているのを見るのはあんまりないから……尚更怖い。


 「いいえ、ユート様。なんでもありませんよ?ただ、誰かさんはここまで馬鹿なのかと本気で呆れているだけです」


 ……嘘だ。いくら僕が鈍いだの、鈍感だの言われても、これだけはわかる。カトレア、シドさんを許す気はまったくなさそうだ。

 一方で、シルヴィはさっきから何も言葉を発していない。ただ、シドさんを見ているだけだった。普段ならなんだかもやっとするのだけど、今だけは違う。見られてるのが僕じゃなくて、本当によかったと思ってる。それぐらいには怖かった。


 「あ、あのさ……シルヴィ?」


 おずおずと声を掛けてみるものの、シルヴィはただ笑うだけ。それが凄く怖かった。僕に対してはちょっと冷たさが抜けるけど、僕から目を逸らすとまた冷たさが戻る。

 シルヴィはゆっくりとクロに近づくと、いつもであれば耳を疑うような言葉を掛けた。


 「1つ、提案があるのですが」

 「なんだ。手短に済ませろ」

 「あの男を徹底的に痛めつけるために、一時的に手を組みませんか。いい魔法もありますし」

 「ほう………?」


 クロが興味を惹かれたように、シルヴィの言葉に耳を傾けた。でもね、クロ。それは傾けていい言葉じゃないと思うんだ。シルヴィも落ち着こう?


 「どんな魔法だ?」

 「ユート様から学んだ魔法ですよ。重力を操作して、徐々に負荷を増やしていきます。そこに………」

 「我が痛みを加えていくということだな。いいだろう、この件に関してはやつに恨みもある。その提案を呑んでやろう」

 「二人とも、落ち着いて?どう考えても、勇者側の台詞じゃないよ?」


 僕が止めようとしたけれど、二人は聞く耳を持たなかった。それどころか、エスカレートする始末だよ。クロの唸り声はだんだんと低く、ボリュームアップをしていくし。シルヴィは何かを取り出すし。確か強力な魔法を使うための霊媒ってやつだよね?覚えてるからね?


 「主よ、やつは言ってはならないことを口にしたのだ。ここで痛い目を見せてやるのが優しさというものだろう」

 「そんなの優しさじゃないような………」

 「ユート様。自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけないのです。それをわからせるためにも、今はこうするしかないのですよ」

 「いや、少なくとも今からしようとしてるのは過剰だよね?」


 どうしよう、このままじゃシドさんがとんでもないことになっちゃう。いくら敵とはいえ、死体に石を投げつけて、引き回した後に、晒し者にするような感じにしなくても………

 そんな間にも事態は動いていた。ヴィシュアグニがジリアンさんに向けて、触手の一つを向けた。


 「おお、おお。今のうちに命乞いをするならば、命だけは見逃してやらんこともないぞ?」

 「そう言って、もう襲い掛かってきてんじゃねえよ!」


 ジリアンさんが後ろから迫ってきた魔族に矢を放つ。急所に当てられた魔族は、その場にもんどりうって倒れた。

 それと同時に、一斉に僕たち目掛けて魔族が攻撃を仕掛けてくる。


 「来るぞ!油断するなよ!?」


 戦いの火蓋が切って落とされた。

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