因縁の相手
目の前に立つシドさんは、前に会ったときよりもずっと禍々しかった。灰色の髪は周囲の色も呑み込むような漆黒へと変わっていて、風も吹いていないのに揺らいでいる。まるで力を抑え切れていないかのように。目もどこか焦点を結んでいたり、いなかったりと安定していない。赤く染まったその瞳は、何を見ているのかもわからない。そして……隠しようのない殺気。それが今までとは段違いなまでに凄まじかった。
「……なあ、てめえよお。カトレアはどこにいるんだ?」
「口を開いたら、いきなりそれかい?あんまりしつこいと嫌われるよ?」
少なくとも、さっちゃんたち全員はその意見を推しているし。それに、カトレアもシドさんの名前が会話に上がるだけで、表情が曇るぐらいだし。どう考えたって、シドさんの方が悪いとしか思えない。
ただ、シドさんは歯をむき出しにして、僕を睨んできた。うーん、あんまり怖くないなあ。あっちの世界だともっと怖い人がいたし……もっと凄い殺気を出す人がいた。
あの人とはもう会いたくはないかなあ。もしかしたら、次は負けちゃうかもしれないから。人間の中で、あそこまで強い人がいるなんて意外だったし。しかも、装備に頼っていなかったのがさらに凄いと思う。今はどこにいるんだか。
※ ※ ※
『………えくしっ!』
『大丈夫ですか?風邪でも引いちゃったんでしょうか……熱を測りましょうよ』
『体温計ないからいい……それに、大方誰かが俺の噂でもしてんだろ』
『噂ですか?』
『ほら、俺ってろくでなしに分類されるだろ?恨みを持つやつが陰口でも叩いてるんだろうさ』
『……ろくでなしなんかじゃないです』
『お前がそう言ってくれれば、それだけで十分さ。っと、うるせえやつらが来たし、そろそろ逃げねえとな。ほら、乗れ』
『はい!』
※ ※ ※
「無視してんじゃねえ!」
シドさんが大声を上げたから、ようやく彼に意識を戻す。今、不思議な声を聞いたような……?それも、前に戦ったあの人のような気がする。おかしいと思うのは、会ったときよりもずっと声が高かったことだけど。まあ、いいか。あんまり無視し過ぎて、シルヴィに何かしようと思われても困るしね。
ぼんやりとしていると、影が揺らめく。見れば、今にも飛び掛かって行きそうなクロがシドさんに牙をむいている。こちらもこちらで殺気を隠そうともしていなかった。
「生きていたか……ちょうどいい。貴様はここで八つ裂きにしてくれる!」
「調子に乗るなよ、犬如きが。俺は力を得た。カトレアを取り戻すための力を!そこの男を殺し、カトレアを魔の手から取り戻す!お前も殺してやるよ……大好きなご主人様と一緒になあ!」
「ハッ、よくもまあ吠えるものだ。他者からの力で強くなった上に、現実を受け入れることもできない畜生未満がな。そこまで言うのであれば、我が引導を渡してくれる!」
まさに一触即発、という言葉が合うような状況。でも、僕はクロを手で止めて、再びシドさんと向き合った。殺す前に聞いておきたかったことがあるからだ。
「そういえば、なんだけど。魔族たちはどうして人間を虐げているのかな。それが知りたいのだけど」
「知るか、そんなもの。知りたければ、あいつにでも聞けよ」
「あいつ?ヴィシュアグニのこと?」
「まあ……そうは言っても、すぐにお前たちは死ぬんだがな!」
シドさんは僕たちに向かって飛び掛かってくる。今度は僕も止めることはせず、クロを解放した。クロは鎖を取り払われたかのように急加速し、シドさんへと襲い掛かった。けれど、そのどちらの攻撃もどちらにも当たることはなかった。なぜなら………
「……案外、早くに出てきたね」
「おお、おお。当たり前のことよ。汝らには伝えることがあるのだからな」
ヴィシュアグニが両者の攻撃を止めていた。クロはすぐさま飛びずさり、僕のところまで下がってきたけれど、シドさんは怒りが抑えられないようでヴィシュアグニに吠えた。
「何故邪魔をした!?」
「おお、おお。簡単なことよ。今の汝では勝てないからだ」
「ふざけるな!俺は強くなった!もう、あの男には負けない!あいつを殺して、カトレアを取り戻す!」
シドさんは尚も僕たちに向かおうとしたけれど、ヴィシュアグニから触手が生え、絡め取られた。
「おお、おお。冷静になるがよい。ここで勝ったところで、あの娘がここにはいない。となれば、救い出すのも無理だというものだろう?後日、連れてきてもらったところを倒せばよい」
「それは……そう、だな」
カトレアの名前が聞いたのか、シドさんは力を抜いた。それを確認したヴィシュアグニは拘束を解き、ゆっくりと地面に戻す。
「おお、おお。そういうことだ。我らは明後日の夜にて、この国の『ブラティア遺跡』にて勇者たちを待とう。4人の勇者とそこの少年。そして、獣人の少女を必ず揃えて訪れるがよい」
「……そう都合よく向かうと思いますか?」
「おお、おお。それにはこう返そう。もしも条件を呑まなければ、どうなるかわかっているのだろうな、とな」
ヴィシュアグニの言葉に、シルヴィは表情を歪めた。条件を呑まなければ、この国の人間を襲う、ということを仄めかしているんだと思う。それを無視できるシルヴィじゃない。
「おお、おお。そういうことだ。また会うときを楽しみにしているぞ」
「……カトレアを必ず連れてこい。いいな?」
1体と一人はそんな台詞を残して、虚空へと消えていった。僕は立ち尽くすシルヴィを見守ることしかできなかった。
元死神の方よりレオンとニーナのゲスト出演でした。この章が完結したら、レオンVSユートの話を書くかもです。




