ジリアンの過去
「死んだ、って………?」
「まだ俺がガキだった頃の話だ。さして裕福でもなかった俺の家に、もう一人子供が生まれた。それが俺の弟だった」
ジリアンさんの声は何かを思い出すかのような、それでいて少し寂しげな声だった。ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「父親は貧しさに耐えられず、借金だけを残して消えた。母親は必死に借金を返そうとしていたが、とてもじゃねえが払い切れるような額じゃなかった。それでもなんとか返そうと、ずっと働いてたもんさ。それこそ自分の体まで差し出してな。
問題だったのは、生まれたガキをどうするかだ。放っておくわけにもいかねえし、かといって仕事場に連れて行けば邪魔になるのはわかりきっていた。母親は仕方なく、俺に世話をさせたのさ」
少しの静寂。いくらも間を置かないうちに、また言葉は続いた。
「俺はそんなことなんかしたくなかったからな。最初は反抗的だったさ。けど、自分以外に助けてくれるやつなんかいねえ。俺のせいで死ぬのも困るもんだから、嫌々ではあったが世話は続けた。そのうちに情も移っていった。最終的にゃあ、俺がこいつを守るなんざ、恥ずかしいことを思っちゃいたな。できるわけもねえのによ」
はっ、と自嘲するように笑った。それもどこか、辛そうに感じた。
「別に、それは悪いことじゃ………」
「確かに悪いことじゃないのかもな。けどな、その重さを知らねえのに、軽々しく言うもんじゃねえよ。それを当時の俺は何も理解しちゃいなかったのさ」
凜花さんの否定の声を、ジリアンさんは厳しい声で遮った。
「話を戻すか。成長すると、あいつは俺の後をちょこちょこついてくるようになった。それがどこか誇らしくてな。力が入ったもんだった。
さらに時が経つと、あいつは才能を現し始めたのさ」
「才能?」
「ああ。あいつは天才だった。すげえ道具をバンバン作ってな。それが貴族共に高く評価された。この国で言う電気、農工具、果ては武器に至るまで。新しい道具を作っては、大稼ぎをしたもんだった。母親もそれが誇らしかったらしくてな。やたら持ち上げてたもんさ」
一瞬の静寂。
「……俺もあいつが羨ましかったもんだが、兄貴の面子ってもんもあった。俺がこいつを育てたんだ、っていうな。だから、耐えれていたのさ。あいつがどんな目に合ってるのかも知らねえでよ」
「……何が………あったの?」
「……使い潰されてたんだよ。貴族じゃなかったからな。それも、貧しい家系だったから余計にだ。ろくに休憩も取ることができず、食事を摂ることすらも少なかった。それなのに、仕事量は通常の役人よりもずっと多かった。体を壊すまではあっという間だったさ」
はあ、とため息が聞こえた。そのため息は疲れたからではなく、自分に愛想を尽かしているかのように聞こえた。
「元々体が弱いことがあってな。俺は気付いてやれなかった。……いいや、気付こうともしなかった。あいつも期待を掛けられてたからか、無理に無理を重ねた。そして、ぶっ倒れた。そんときにゃあ、すべてが遅かったのさ」
「……それで………」
「ああ。あいつは死んだ。母親は自分を責めて後追い自殺。俺は貴族共のとこに殴り込みに行ったが……ろくに相手もされやしなかったさ。少ない手切れ金を渡されて、それでお終いだ。そんときばかりは自分を呪ったな。なんで気付いてやれなかったんだ、ってな」
またも静寂が流れる。聞こえてくるのは、二人の呼吸の音だけだった。
「そっからは荒れまくったわな。レジスタンスなんて作ってよ、貴族相手に喧嘩を売っていった。気のいいやつが集まったし、感謝も多くされたが……結局やってたこたあ、ただのやつ当たりさ。助けられなかったから、居ても立ってもいられなかった。それだけの話だ」
「ジリアン………」
「だからよ、こっちに召喚されて。あいつと会ったときは、間違えねえようにしたいと思ったのさ」
ハッと息を呑む音が聞こえた。それは近くからだったから、きっとシルヴィのものだったんだと思う。
「それって……ユートのこと?」
「ああ。……似てるんだよ、あいつはな。俺を慕ってくれてんのもそうだし、病弱なとこもそうだ。だから、あいつが無下にされてるのが許せなかった。今はそこそこ上手く生きれてるのを見て、ちっとは安心したがな」
薄い笑い声が聞こえた。そっか。だから、ジリアンさんは優しくしてくれたのか。
「あの子供もそうだな。虐げられてるとこが、あいつとそっくりだ。あいつの代わりを求めちまってんのかもな、俺はよ」
「……仕方ないよ。そんなの………上手く、整理できないでしょ」
「……そうか。………そうかもしんねえな」
会話が途切れた。どこかでリーリーという虫の声が聞こえる。ここは凄く静かだった。
『……戻りましょうか。興味本位で聞いていい話ではありませんでしたね』
『そう、だね。明日も早いだろうしね』
転移でそこから離れようとしたとき、ガチャリという音が聞こえた。耳を澄ますと、ここではないどこかのドアが開いたようだ。少しして、誰が部屋から出たのかがわかった。
「……お父さん………?お母さん………?」
「ん?どうした?」
「怖い夢でも見た?」
二人の声はもう寂しげなものでも、反省したような声でもなかった。あの子のことを思っている、優しいものだった。
「……うん………」
「そうか。じゃあ、今日は一緒に寝るとするか。それならいいだろ?」
「……ま、今日だけだからね」
「うん」
三人の気配が遠ざかっていく。それはどこか本当の家族のようで……少し羨ましかった。




