次なる魔族
「……また出たの?魔族」
昼食の席で急に言われたものだから、そう声を上げてしまった。でも、仕方ないと思うんだよね。前の八魔将を倒してから、まだ1週間と経っていないんだ。こんなにすぐに出られると、困るとしか言えないよね。疲れちゃうし。まあ、移動時間が無くなっただけ、楽なのかもしれないけれど。
王様は重々しく頷いた。
「そうだ。どうも最近の動きが早い。もしかすると半数がやられたことで、ようやく危機感を与えられたのかもしれん」
「それはないと思うけどなあ」
前に会ったあのヴィシュアグニという魔族。あの魔族は圧倒的なまでの強さだった。もし次の魔族があいつより弱いやつなのなら、それ以降からはヴィシュアグニ。もしくは、あの魔族と同格の相手と戦わなければいけないことになる。そうなったとき、勝てるのか。と言われると、首を傾げざるを得なかった。
(ただ、まあ……もしかすれば、一人は交渉できるのかもしれないけど)
思い浮かべたのはアメリアさんのこと。ボルグを瞬殺していたことを考えるに、あの人はもしかすると八魔将なのかもしれない。そりゃあ、なんで八魔将が同じ八魔将を倒しているのか。と聞かれると、困ってしまうのだけど……どうも、ヴィシュアグニの言動を見るに、古参三人と新規の五人では関係が希薄過ぎる気がするんだよね。
特に、アメリアさんはその意識が大きい気がする。同じ仲間でも気に入らないことがあれば、即座に切り捨ててそう。あくまで推測の域を出ないから、口には出さないけどね。
「で?今回はどこに出たってんだ?」
不機嫌そうなジリアンさんが、王様にフォークを向けている。凛花さんからは行儀悪いからやめなさい、って言われてるけど。
「海沿いの国であるウルカ共和国、なのだが………」
「あん?なんでそんなに歯切れ悪そうなんだよ?」
王様は困ったような顔をしていた。どうしたのだろう、と思っていると、困っている理由を教えてくれた。
「目撃情報はある。というよりも、多すぎるのだ。現在、何千人もの民が被害を被り、さらには魔族の影を見たと言っている」
「ああ?それなら早く行った方がいいじゃねえかよ」
「そうだな。最初は私もそう思った。だが、問題なのはここからだ」
王様がため息をついた。そんな王様にメイドさんが近づいて、飲み物を渡していた。
「目撃情報がまるで一致しないのだ。1日しか経っていないというのに、国の端から端までを移動したという報告もされている」
「それって、もしかして………」
「ああ。今度の敵は転移能力を持っている可能性が高い。それも、極めて強い力をな………」
テーブルが静寂に包まれる。いや、そこまでなのかな?確かに転移能力は厄介だけど……それなら、こっちにだって同じものはあるし。それに、こっちの方が強いと思うし。
『そういうことではないだろう。どこにいるかわからないのが問題なのだ。人が住む都市なのだから、『プロミネンス』で焼き払うわけにもいかんしな』
『あ、ルーちゃん。そっか、それだと厄介だね』
『だから、ルーちゃんはやめろと……もういい。いずれにせよ、面倒事にしかならんだろうな』
面倒事?んー、と唸っていると、ルーちゃんにため息をつかれた。ひどい………
『姿を見せているところから、罠か誘導か……どちらだったとしても、ろくなことにはならんだろうな』
『罠?誘導?』
『少しは自分で考えろ。罠なら自身の得意な場所に誘い込み、一気に叩くつもりだ。誘導なら時間稼ぎ。残りの八魔将で王国を襲う気なのだろうさ。また勇者を召喚されるわけにもいかないだろうからな』
『あ、そうか。そんなことにも気を付けなくちゃなのか………』
勇者って色々とめんどくさいものなんだな、としみじみ思う。まあ、シルヴィのことがあるからやめはしないのだけど。
「そういえば、どんな形をしていたかまではわかっているの?」
「ああ。だが、そちらもまた曖昧でな……何かが積み重なった形のようだとも、狼の形だったとも言われている」
ハッ、と後ろで息を呑む音が聞こえた。ああ、そうか。僕もその理由にすぐに行きつけた。なぜなら、今挙げられた魔族なら思い当たる人たちがいる。
「ヴィシュアグニとシドさん、か………」
あの魔族との戦いはすぐ近くまで迫っていたのだった。
※ ※ ※
『ねえ、チーちゃん。勝てるかな、あの魔族に』
『そうですね……はっきりとは言えませんが、勝てると思いますよ』
あの後解散して、各自荷造りを始めようということになった。とは言っても、何か忘れものがあれば戻れるのだし、ある程度必要なものなら《座標移動》の力で格納できている。手ぶらで行っても問題はないんだよね。それでも備えあれば患いなし、ということで、カトレアがせっせと荷物を造っているけど。
その間かなり暇なんだよね。だから、みんなに聞いてみたんだ。今の僕ならヴィシュアグニに勝てるのかな、って。
『強気だねえ』
『神の能力ですから。これぐらいは豪語しておかないとですね。それに、実際そこまで苦戦することはないと思いますよ。あの魔族の能力は恐らく、精神操作でしょうから』
『そっか。シーちゃんがいるから、プロテクトも掛けられるんだっけ』
シーちゃんの能力の影響で、今の僕は精神攻撃にはめっぽう強い。またあの攻撃を受けても、効果がないんだろう。
『ただもしかすると、他の八魔将が集まっているかもしれません。それが危惧する内容ですね………』
『そう……わかった、気を付けるね』
僕は素直にチーちゃんの忠告を受け取ることにした。
それから程なくして、カトレアの荷造りが終わった。




