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その門は

6章開始です。お付き合いしていただけると幸いです………

 夢を見た。とても悲しい夢。克服したと思っていた夢。いや、克服なんてできないのかもしれない。大切な人が死んだ。その事実は変わらないものであるし、それが悲しいということもなんら変わることじゃないのだから。変わったのは、その事実に耐えられるかどうか。

 今の自分には温もりを与えてくれる人がいる。だから、その事実に耐えることができている。


 (あのときから変わることはできたんだよね)


 ふと、後ろを振り返る。何故か、そうしなければいけない気がしたから。危機を感じる勘は大事にしてきたつもりだし、わりかし当たる。今回もそうかと思ったのだ。

 その勘は当たっていた。そこにあったのは、とてつもなく危険な代物だったのだから。


 「……なに、これ………?」


 目の前には、およそ人が作ったものとは思えないような、黒い巨大な門があった。しかも、もがき苦しむ苦悩の表情を浮かべた人の顔が、無数に刻まれている。はっきりと言えば、趣味が悪いとしか言えないようなものだった。そして、超能力を。神の力を使ってきたからこそわかる。これは、絶対に開けてはいけない。そんなものだ。


 『……力が………欲しくはないか?』

 「力?」

 

 門の向こう側から、しわがれた声が聞こえてくる。それはおどろおどろしいもので、常人が聞けば腰を抜かすような声だった。ただ、内容は気になる。僕はその声に聞き返していた。


 『ああ、そうだとも……いかなる力でも与えよう。どんな力がいい?金を無限に作り出す力か?周囲の者を無条件に従える力か?それとも、女から魅力的に見える力か?』


 声はいろんな力を挙げていくけど、正直興味のないものばかりだった。お金なんて別に必要なだけあればいいし、自分に従うだけの存在なんてすごく無価値だ。女の人に好かれる、っていうのはよくわからないけど、カトレアもシルヴィも僕のことを好いているみたいだし。そこまで必要ではないかなあ。


 『ふむ、それならこれはどうだ?……時間を巻き戻す力、などは?』

 「え………?」


 ドキリ、と心臓が跳ね上がるかのようだった。だって、それがあれば………


 『ほうほう。これがよかったか。どうだ?欲しくはないか?』

 「それ、は………」


 それがあれば、先生を助けられる。姉さんも救える。カトレアのお母さんだって助けられるし、シドさんが苦しむこともなくなるかもしれない。

 ただ、それでいいのかと問いかける声があった。そうかもしれない、という可能性だけで、このわけのわからないモノと取り引きをするのか、と。


 「あ………」


 体が浮遊感に襲われる。起きる時間になったのだ。


 『……我々はいつでも待っている。賢明な判断をすることを祈っているぞ………?』


 その声は不思議と耳の奥に残っていた。やがて、黒い門は見えなくなった。


※               ※               ※

 「おはようございます、ユート様。今日は早いのですね」

 「ああ、おはよう、シルヴィ。ちょっと、ね」


 いつもなら夢の内容など、すぐに忘れているはずだった。けれど、今朝の夢は違う。鮮明なまでに覚えている。あの不気味な門も、あの声も、欲しいと思ってしまった力のことも。それが少し……おかしいと思った。どうして、あの夢だけ覚えているのだろう。


 「大丈夫ですか?もし眠いのでしたら、まだ寝ていた方が………」

 「いや、大丈夫。疲れてはいないから」


 心配そうなシルヴィの言葉に否定しておいた。実際眠かったり、辛かったりはしないからね。僕の言葉を信じてくれたのか、シルヴィは不承不承といった様子で頷いてくれた。信用ないなあ、僕………


 「ねえ、シルヴィ」

 「どうしました?」

 「シルヴィはさ、それが悪い力だとわかっていても、欲しい力ってあるかな?」


 シルヴィは目を瞬かせて、そうですね、と考え込んだ。1、2分ほど考えた後に、僕の方を向いた。


 「曖昧にはなってしまいますが……やはり、大きな力が欲しいとは思いますね。勇者様方にすべてを任せてしまうことになってしまうのは、心苦しいので………」

 「そっか」

 「でも」


 シルヴィは一度空を見た。今日の空は青く澄み渡っていた。雲一つもない。


 「それが誰かを犠牲にするものだと言うのなら……そんな力は欲しくはありません」

 「……そうだね。そうでなきゃいけない、よね………」


 僕は頷いて、あの力を受け取ろうとしていなくてよかった。改めてそう思った。あの門の向こう側にいるのは、悪い人間や魔族といった生易しい存在じゃないと思う。そうであるなら、開いてしまったが最後。カトレアやシルヴィにまで何かが及ぶ可能性があるのだ。そんなことはしたくない。

 一息ついていると、微妙な時間に起きてしまったのが悪いのか、段々と瞼が重くなってきた。気を抜けば、その場ですぐに寝てしまいそうだ。抵抗はしてみたものの、ポカポカとした陽気もあり、抗えそうもなかった。


 「ユート様?やはり眠いのですか?」

 「うん……そうみたい………ごめん、朝御飯の時間になったら起こして………?」

 「そ、それは構いませんが……ユート様!?ここで寝たら、風邪をひいてしまいますよ!?」


 シルヴィの声が聞こえたけれど……微睡みの中に誘われた僕は、何か柔らかいものが頭に触れたな、と思うと同時に、意識を失っていた。

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