新たなる動き
「なーんか終わってみると、あっという間だったなー。そんだけユートの能力がケタ違い、っつーことか」
「魔族の中では強いと言えども、神には届かなかったということだろうさ。馬鹿なやつらだ」
「相変わらず、あいつの敵にゃ辛辣だよな」
ジリアンさんが笑っている。クロの方も迷惑そうな顔をしていても、ちゃんと答えてはいるから、ジリアンさんとは仲良くなれそうなのかな?少しずつでもいいから、みんなと仲良くなってほしいと思う。
「私をあのとき助けてくれたのも、『座標移動』の異空間収納だったのですね……改めてですが、ありがとうございます」
シルヴィは頭を下げるけど、僕は手を振る。
「気にしないでいいよ。僕が勝手にやったことなんだから」
「そうですか……それでも、ありがとうございます。私は嬉しかったですから」
「そっか。それならよかったよ」
シルヴィの言葉に少しだけホッとした。迷惑じゃなかったかな、って不安だったんだよね。そんな僕の顔を見て、凛花さんが驚いたような顔をしている。
「ユート……今笑った?」
「え、そう?」
自分じゃ顔が見えないし、よくわからない。でも、前と比べたら変わってきてるし、そんなこともあり得なくはない。なにせ、涙を流すようにもなったんだから。
「そっか。ちょっと安心したよ。笑うことがなかったから、つまんないんじゃないかって思ってたし。その様子なら、シルヴィアと一緒にいるのは嬉しいってところなのかな」
「嬉しい………?」
ふと立ち止まって、考え込む。これがそうなんだろうか。カトレアと、シルヴィと。一緒にいるときはなんだかよくわからない気持ちになる。それは怒りや悲しみのように、不快なものじゃなかったからこそ、余計にわからなかった。言葉を反芻して、ようやくしっくり来た気がする。
「ユート様?」
カトレアが心配そうに覗き込んでくるけれど、僕は首を振った。
「大丈夫。ただ、戸惑ってただけだよ。そっか、これが嬉しいって気持ちなのか」
カトレアもシルヴィも、僕の言葉に微笑んで、手を伸ばす。二人は僕の左右の手を取って、歩き始めた。
この手の温もりだけは、失いたくないな。本当にそう思う。たぶん、この二人のためなら、僕は神様にだってなれるし……逆に、悪魔にだってなれるのだろう。
ふと、エリサさんの宿で見たあの悪夢を思い出す。凛花さんやジリアンさんたちが皆殺しにされていた、あの悪夢。
(……違う。できなくなんてなかった。確かにできるんだよ、僕には)
あのとき、振り返った人影は僕だった。全盛期の力を取り戻した、この超能力たちをフルに使える僕自身。そしてそれは可能なのだ。今の僕になら。
たぶんであるけれど、カトレアに、シルヴィに。少しでも危険が迫れば、僕はあの状況を作り出せてしまう。何の躊躇をすることもなく。それは果たして、正しいことなのだろうか。迷わない、それは人間からほど遠いものになってしまうのではないか。それが怖い。
「ユート様?」
「ううん、なんでもない。行こっか。早く帰らないと、食事の時間に遅れちゃうよ」
湧き出た不安を見なかったことにして、みんなの後を追う。けれど、それが正しいことなのかどうかは、今の僕が知ることはできなかった………
※ ※ ※
「八魔将の半分がやられた、というのか?」
「……残念ながら、その通りです。カルラ様、ボルグ様、ガルーダ様に加え、今回の件でリゼン様までやられました。早急に手を打つべきかと」
「そうか。そうだな。やつに手を出してもらうとするか……通信魔法を用意しろ。今すぐにだ」
「はっ、すぐに」
暗い空間で、二人の男の声だけが響く。片方はしわがれた老人の声。もう片方が40代ぐらいの渋い男の声だ。けれど、勘違いをしてはいけないのは、老人が付き従う者なのに対し、渋い男の声が命令を行っている者だ、ということだ。その証拠に、男の声は威厳に満ちた、聞けば思わず従ってしまうような重さがあった。
『……おお、おお、久しぶりであるな。同士よ』
「ああ、久しいな。ヴィシュアグニ。だが、今日は世間話をしに、通信を繋いだわけではない」
『おお、おお。お主はせっかちであるな。最強の名を持っているからには、もう少しどっしり構えればよかろうに』
「そうも言っておられぬ。勇者たちが力を付け始めた。このままいけば、我らすべての未来が危うい」
しばしの間、沈黙が流れる。沈黙を破ったのは、ヴィシュアグニの方だった。
『なるほど。確かに、厄介なことになったようであるな。ならば、我が動くしかあるまいて』
「一つ、私の方からもお話が。勇者の中で、最も強い能力を持ったものが脅威となっています」
『おお、おお。その男はどんな能力を持っているというのだ?』
「なんでも、超能力を所持しているようです。それも、規格外のものを」
ヴィシュアグニは何かを考えるかのように、静かになった。再び声が聞こえるようになったのは、誰かと話す声が聞こえた後のことだ。
『おお、おお。ならば、都合がよい。新たなる同士と。また、ここにいるものも、そ奴に興味を示しておる。必ずや、勇者の首を持って来てやろう』
「そうか……だが、大丈夫なのか?一人はこの世界の住人だろう?」
『問題ない。我が同士はその勇者を殺したいほどに憎んでおる。そのために、我の『手術』も喜んで受けたのだ』
「そこまでか」
男の方は少し驚いた様子だった。
『そうとも。だから、気にせず結果を待つとよい。何、いざとなれば『ディアボロス』もおる』
「……そうだな。頼んだ」
その言葉を境に、通信が切れた。ヴィシュアグニが最後に出した名は、奇しくもユートが倒したはずの能力者の名だった………
第5章はここまでです。次からは死神に戻ります。カードが導く異世界生活は、死神の6章終了後に戻ってきます。




