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カトレアとユート

 「勇者様、かあ………」


 今日、初めて勇者様に会った。初めて会ったときの第一印象は……


 「なんだか思ってたのと違うなあ………」


 私は勇者様のことなんて絵本の中でしか知らない。でも、絵本の中の勇者様は誰に対しても優しくて、強くて、かっこいいと憧れていた存在だった。

 それに対して、私がお世話しようとしている勇者様は何を考えてるのかよくわからないし、なんだか弱そうだし、お世辞にもかっこいいかなとは思えない。だからと言って、不満なわけではないのだけれど。


 私―――カトレアは勇者様のお世話をするメイドの中の一人だ。そして、獣人である。人間は獣人を一般的には「亜人」と呼んで蔑んでいる。なんだか私たちの先祖は獣と交わったから、不浄な存在だって言われて。だから、私たち獣人は生きにくい。誰にも知られない場所でひっそりと暮らすか……奴隷にされるかがほとんど。

 私もひっそりと暮らしていた。母と二人で。父は顔も知らなかった。たぶん、私が生まれたときにはもういなかったんだと思う。あの頃は幸せだった。贅沢はできなかったけど、いつも母と笑いながら暮らせていた。

 でも、そんな幸せは壊れてしまった。このシュレンブルク王国の隣の国は奴隷を常に欲している国だった。その国とシュレンブルク王国の間にある森に暮らしていた私たちは奴隷にしようとした兵士たちに襲われた。獣人は人間よりも身体能力が優れているけれど、相手は何十人に対して私たちはたった二人。すぐに捕まってしまうことはわかった。私が捕まらなかったのは母のおかげ。母は兵士たちに体当たりを繰り返し、私を遠くに放り投げた。最後に聞いたのは母の逃げろという声だけ。その声に従い、ただただ走り続けた。

 必死に走っているうちに着いたのがシュレンブルク王国。ここには奴隷制度なんかなくて、捕まることはなかった。ただ、亜人に対しての差別はあった。一文無しの私は食べ物も買えず、それどころか仕事すらもらえない有り様だった。

 そんなときだった。勇者様のお世話をする人―――つまり、メイドの募集をしていた。絵本の中ではあるけれど、勇者様の人柄を知っていた私はこれだと思った。

 メイドの審査は厳しいものだった。何十人もいる中でたった5人しか選ばれないのだから。しかも、5人の中に選ばれても、召喚された人数によって解雇されてしまうこともあるのだ。さらに、私が獣人であることも厳しくなった原因の一つだった。昔から母の手伝いをしていなかったらきっと駄目だったと思う。それでも、順位が決められたときは最下位だった。他の人たちにも馬鹿にされた。味方になってくれる人はいなくて、悔しくて泣いたこともあった。

 そして、勇者様が召喚された今日。順位が高い人から仕える勇者様を選ぶみたい。一番人気だったのは一番勇者らしかった筋肉質の男の人。少し年を取ってはいたけれど、いい男だかららしい。一番人気がなかったのは私が仕えることになった虚弱そうな人。他の人たちは


 「あれはないない!すぐに死んじゃいそうだもん!」

 「しかも、最弱のステータスらしいし!」

 「そうだ!あの勇者は亜人が担当すればいいんじゃない?」

 「いいね!最下位どうし仲良くすればいいんじゃない?」

 って言っていた。悔しかった。何も言えない、何もできない自分が。本当は言ってやりたかった。私だって好きで獣人に生まれたんじゃない、って。

 落ち込みながら、勇者様の部屋に向かった。


※               ※               ※

 「嫌われてる……わけではなさそうだけど」


 最初に勇者様としたやり取りは我ながら失敗だったかなと思った。失礼なところもあったと思うし、獣人であることも知られてしまった。嫌っているわけではなさそうなのがせめてもの救いだった。ここを辞めさせられたら、いよいよ行く当てがない。頑張らなきゃ。


 「ただいまー」

 「あ、お帰りなさいませ」


 考え事をしている間に勇者様は帰ってきたみたい。手にはなぜか櫛を持っている。髪でも梳かすのかな?


 「ちょっと今メイドさん時間ある?」

 「え?あ、はい」


 普通に命令すればいいのに。メイドってそういうものじゃないの?


 「あ、その前に。メイドさん名前なんて言うの?いつまでも『メイドさん』じゃあ呼びにくいし」

 「は、はい。カトレアといいます」

 「そっか。じゃあ、ちょっとカトレアさんこっちに来てくれない?」

 「はい………」


 何をされるんだろう?よくわからない。何を考えてるのかわからないからさらに不安になる。そして、ベッドの方に呼ばれた。


 (もしかして……夜の相手?)


 勿論、知識としては知っている。ただ、ここでだなんて………

 ベッドに着いた瞬間寝転がらされる。やっぱり………


 「え?」


 次の瞬間、驚いた声が出てしまう。勇者様は服には一切手を付けず、私の耳に櫛を当ててきたのだ。


 「えっと、その、何を………?」

 「ブラッシング。後、僕はユートね」

 「は、はい」


 勇者様の手つきは優しくて、心地よかったので少しだけ落ち着いてしまった。


※               ※               ※

 「その、勇者様………?」

 「ユートでいいってば。何?」

 「で、では、ユート様?なぜこのようなことを?」

 「何か思い出すかと思って。ブラッシングのことについてなんか知識あったし。駄目だったけど」

 「無駄……だったのですか?」


 私は心地よかったからよかったのだけれど。母を思い出してしまった。けど、勇者様にとってはそうじゃないんだったら………


 「いや?無駄ではなかったと思うよ。癒されたし」

 「癒される、ですか?」

 「うん、たまにさせてもらっていい?」

 「それは構いませんが……その、ユート様は気にならないのですか?」

 「何が?」

 「その、耳や尻尾が生えた人のことです………」


 何を聞いてるんだろう。聞かなくていいことなのに。出しゃばり過ぎだ。


 「別に?なんでそんなこと聞くの?」

 「い、いえ!特に理由はないです!」

 「そっか。ならいいや。もうそろそろ寝るけど、カトレアさんはどうするの?」

 「私のことなど、さんを付けなくても平気です。使用人室に戻ろうかと思っています」


 とは言っても、寝るところどころか毛布を貸してくれるだけましな方なのだけれど。


 「そこって、広いの?ベッドとかはどうなってるの?」

 「え、ええ、そこそこの広さはありますし、ベッドも普通のものがあります」

 

 使ったことはないけれど。


 「じゃあ、これ半分使っていいよ」


 と、ベッドを指した。はい?


 「あ、あの……それはどういう………」

 「こんな広いベッド一人で使うのも何かなあって思ってたところだし。カトレアも使えばってことだけど」

 「い、いえ、そんな滅相もない!私は普通のもので十分です!」

 「……実は不安だからさ。一緒に寝てくれるとうれしいかななんて」


 ……ど、どうしよう。そういうことなら、一緒に寝た方がいいのかな………?


 「お願い」

 「わ、わかりました」


 あ、頷いちゃった。つい言っちゃうくらいの破壊力だった……どう考えたって駄目だと思うんだけど………あの上目遣いはずるい。


 「そういえば枕一つしかないんだ。まあ、いいや」


 「まあ、いいや」じゃないんですけど!私が気にするんですけど!しかも、この様子だとやっぱり夜伽をしろって意味でもなさそうだし!それ以外で同じベッドに入るのって問題じゃないの!?


 「枕は半分ずつ使うってことで。じゃあ、お休みー」


 と言って、ユート様は寝ちゃった。寝るの早っ!さっき寝てたよね!?


 「もう……滅茶苦茶な勇者様だなあ………」


 ユート様は食事のときのことから弱いらしい。さらに虚弱で、何を考えてるかわからない。それにかっこいいとは思えないけれど。今日一日でわかったことがある。


 「きっと、優しい人なんだろうな………」


 耳のことを気にしなかったり、手入れをしてくれたり。他のメイドたちはこの人の担当をしなくてよかったと思っているかもしれないけれど、私はこの人でよかった。


 (明日も頑張ろう)


 そう思うことができた。

 

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