本当の能力
「殲滅……?殲滅と言ったか?それは俺たちを倒すというつもりか?」
「疑問。他にどのような意味があるのでしょう?もしかすると、こちらでは別の意味があるのでしょうか。それは失礼しました。なにぶん、ここの生活には疎いもので」
怒った様子の魔族に対して、ぺこりと頭を下げるユート様。の別人格さん。紛らわしいので、別の名前を考えた方がいいのだろうか?というか、今はそんなことを考えている場合ではなかった。なにせ、怒らせれば何をするかわかったものではないのだ。
「ゆ、ユート様!今すぐ逃げましょう!そちらの方が安全です!」
「とは言いましても。この魔族が追ってこないとは限りません。そうなれば、あなたの身にも危険が迫ります。あなたを守ることこそが絶対条件。ことそのことだけに関しては、あなたのお願いと言えど聞くことはできません」
「ですが!」
「調子に乗るな!人間風情が!」
その瞬間、魔族が襲い掛かってきた。咄嗟に押し倒して、守ろうとしたが……
「……え?」
急に景色が変わっていた。先ほどまでは魔族の前にいたはずなのに、今は建物の屋根の上にいた。困惑して辺りを見回せば、ユート様が傍にいた。その様子はさっきと同じように、ぼんやりとしたままだった。
「む……?いったい、何が………」
「クロさん!」
私の後ろを見れば、ぼろぼろになったクロさんがいた。それこそ命懸けで私たちを逃がそうとしてくれたのだろう。怪我をしているけれど、ひとまず無事であることにホッとする。
「カトレア、何があった?」
「私も、よくはわかってないんです。ただ、ユート様がないとめあ、と言ったら、別の人格の方が出てきてしまったみたいで……それに、魔族を殲滅するって………」
「……なるほど、そういうことだったのか」
クロさんは息をゆっくりと吐き、その場で丸くなった。まるで、もう自分の出番は終わった、と言うかのように。
「クロさん!?早く逃げなきゃいけませんよ!ユート様を連れて、王国かバーホルトまで行けば………!」
「その必要はない。カトレア、お前は勘違いをしているようだな」
「勘違いって……何がですか!このままじゃ、ユート様が………!」
「そもそも、お前が見た主の超能力はその一端にしか過ぎん。本来の姿はもっと強力で、凄まじく、そして下手をすればバランスを崩壊せしめるものなのだ」
「本来の姿って……じゃあ、今までのものは何だったんですか!?」
「記憶を思い出すうえで、能力を使うときのための準備運動のようなものだな。言ってしまえば、本当の能力の下位交換と言ってもいい」
クロさんのその言葉に絶句してしまった。今までの能力だって、十分過ぎるほどに凄まじかったのだ。それが下位交換?じゃあ、本来は一体どれだけの力を持っているのだろう。
「……これは困りました。あと数分もしない内に、保護対象が危機に晒されるようです。あなたにあまり時間を掛けてはいられないと判断します」
「貴様……それは俺など大した脅威ではないということか!?」
「……困りました。どう答えればいいのでしょうか?」
「どうしたんですか?」
ないとめあさん……長いので、メアさんとでも呼ばせてもらおう。が、どうしたものかと考えているので、声を掛けてしまった。
「いえ、先ほどの質問の答えのことです。人間と比べれば、確かに脅威であることは判断できます。ですが、自分の脅威になるかと言われると首を傾げざるを得ません」
「……それって、脅威じゃないって言いません?」
何というか、変なことで悩んでいた。私としては、不安が残るのだけれど。
「なるほど、どうやらそういうことだそうです。答えになったでしょうか?」
「貴様ああぁぁぁぁぁ!」
次の瞬間、激昂した魔族が一直線に飛び掛かった。私は驚き、対応しようとしたが、間に合いそうにない。最悪の可能性を考えてしまい、目を閉じる。
「ぐあッ!」
だが、その後に聞こえたのは何かが貫く音ではなかった。何かが潰れるような、そんな音。それと同時に、魔族の方から苦悶の声が聞こえてきたのだ。
恐る恐る目を開く。そこには先ほどと何も変わらず、メアさんが立っていた。手を振り下ろした格好で。下に目を向けると、何故か地面に這い蹲っている魔族がいた。
「い、一体、何が………?」
「超能力を使ったのだ。あれがその一つだ」
「え……?でも、別に何も変わっていないような………」
景色が急に変化したり、火が飛び出たりといった変化はどこにも見られない。何をしたとも思えないのだ。そう説明すると、クロさんから石を一つ渡された。
「それを放り投げてみろ。あの魔族にいるところにな」
「え、でも………」
「知りたいのだろう?なら、早くしろ」
嫌々ではあるが、言われた通りに投げてみた。どうか怒りの矛先が私たちに向きませんように、と祈りながら。
「ええっ!?」
思わず、驚きの言葉が漏れていた。狙い違わず落ちていった石は、魔族のところにちゃんと落ちた。そこまではいいのだ。問題はその速度。魔族の3mくらい近くまで寄った石は、急速に速度を増して落ちた。地面に穴を作って。勿論だが、私はそこまで力を込めたつもりはない。これはどういうことなのだろう。
「見たか?」
「は、はい……急に速度が変わったんです。魔族の近くまで行ったら、突然………」
「それが能力だ。主の本来の能力は、物理法則すら簡単に捻じ曲げる。あれがその最たるものだ」
「物理法則すら、って………」
そんなことができるのなら、それは本当に人なのだろうか?メアさんの姿に軽く畏怖のようなものを覚えた。
「……情報収集完了。ご協力いただき、ありがとうございました。おかげで、極めて有用なデータを取ることができました」
「なんの……ことだ………」
「あなたには関係ないことかと推測します。情報提供のお礼です」
メアさんが目を閉じた。再び目を開いたとき、変わったことはないかのように思えた。
「なんだ?何を………」
魔族が立ち上がろうとした。そのとき、何かに気付いたようだ。魔族の視線を追うと、私も気付いた。
魔族には、胸から下の部分がなかった。




