《悪夢》起動
「あーあ、今頃どうしてるかしらねー、ユートちゃんとカトレアちゃん」
「……また誰かを引っ掛けたのか?相手方には同情せざるをえんな」
「うっさいわね。大体、あんたが招集なんざ掛けなければ、まだ一緒にいられたのよ!どうしてくれるのよ!」
「そうは言っても、流石に看過はできなくなってきただろう。八魔将が二人もやられたとなってはな」
「別にいいじゃない。あいつら弱かったし」
二人の人物が話している。一人は妖艶な姿の美女であり、もう一人は貴公子然とした男である。美女の方は言うまでもなく、ユートたちが出会ったアメリアである。
「……ボルグを殺したのはお前だろう、レイン。何故殺した?」
「あら、ばれてたの?いいじゃない、あいつ気持ち悪かったのよね。で、決定的なことをしたから殺したの」
「そのユートとかいうやつのことか?」
「そうよ。あいつったら、あの子を傷つけたのよ。だから殺した。何か文句ある?」
「あり過ぎて困るな……どうするのだ?」
「ま、いざとなれば、私がなんとかするわよ。勇者はそんなに強くないしね」
「会ったのか?」
「ええ。実力はそれほどじゃないわ。力をつければどうかはわからないけど……今はそんなでもないわね。他のやつでも十分じゃない?」
「そうか」
男の方は目を閉じ、しばし何かを考えているようだった。数秒もしない内に目を開き、後方に目を向けた。
「これからも情報を集め続けろ。危険と判断すれば、即処分させる」
「わかりました。監視を続けましょう」
「あ、あんたちょうどいいわ。勇者の近くに黒髪の男の子と茶髪の獣人の女の子がいたら、その様子も報告してちょうだい。気になるしね」
「珍しいな、お前が男に興味を持つなどと」
「あの子は例外なのよ。それと、あの子たちに手を出したら殺すわよ」
男の後ろに立っていた影は少し迷っていた様子だったが、一つ頷くと気配を消した。従っておくことにしたらしい。
「少しは自覚を持ってほしいものなのだがな、レイン」
「別に私はなりたくてなったわけじゃないし。これからも奔放にやらせてもらうわよ」
そう言って、アメリアは……否、八魔将次席であるレインは部屋から姿を消した。
※ ※ ※
「ないと、めあ………?」
ユート様は何を言っているのだろう?そう思った。ないとめあ、という言葉の意味がよくわからない。それに、どうしていきなり空気が変質したようになったのだろう。何もかもわからないことだらけだ。
「全感覚、機能確認……確認完了、オールグリーン。運動機能確認……確認完了。少々上昇したようです。計算に含めます……完了。能力確認……確認完了。問題がないことを確認しました。命令を確認します」
急にユート様が話し始める。なのに、その声は無機質めいていて、私が知っているはずの人のものとは異なっていた。まるで、違う人が話しているかのような、そんな感じだった。
「命令内容を確認します。命令は『個体名カトレア、並びにシルヴィア、クロ、凛花、ジリアン、コルネリア、アルヴァの保護』。個体名カトレア、シルヴィア、ジリアンからの指示には従うことをインプット……完了。邪魔をするものは排除することをインプット……完了。優先順位をインプット……完了」
「あ、あの、ユート様………?」
魔族は不審に思ったのか、飛び込んでくることはなかった。それだけは救いだった。ユート様の運動能力は高いとは言えない。《テレポート》を使う前に攻撃されては終わりなのだ。
けれど、そんなことよりもこの人の変化の方が気になった。どうしてしまったのかと不安になる。
「全行程確認完了。Hello,World。偽りの名《悪夢》起動します」
「ユート様!どうなされたのですか!」
まったく答えてくれない勇者様の様子に、思わず叫んでいた。ユート様が、私を救ってくれたあの人が、いなくなってしまったのかと不安になったから。
「質問。それは命令でしょうか?」
「え……?その、それはどういう………?」
「個体名カトレアの命令には、従うようにインプットされています。あなたの命令ならば、従います」
「命令……そんなの、私はしたくありません……戻ってきてください、ユート様………」
目の前にいる人は私の好きな人のはずなのに、そうじゃない。それが悲しくて、涙が零れそうになった。
「それは不可能です。この任務が終わるまでは、個体名優人が戻ることはありません」
「戻る……?戻るって、どういうことですか!?」
「それは命令でしょうか?」
「命令じゃありません!お願いです!」
私はこの人に命令なんてしたくなかった。目の前のユート様ではない誰か。その人は少し考え込むと、顔を上げた。
「お願いも命令と似たようなものでしょうか?強制力は下のようですが」
「……そう、かもしれません」
このままでは答えてくれないかもしれない。そう思った私は、その言葉に頷いていた。
「了解いたしました。個体名カトレアのお願いを聞き入れます。戻る、というのは私が今は表に出ているからです」
「それは、どういう………?」
「例えるならば、二重人格に近いでしょうか?私は戦闘時にのみ現れる、戦闘用の人格です」
「つまり………?」
「任務を終えれば、自動的に個体名優人。あなたが共に暮らしてきた、通常時の人格に戻ります」
「そう、なんですか………」
ホッと胸を撫で下ろしていた。ユート様が消えてしまったわけではないのだ。それがひどく心配だった。
「じゃあ、任務って何なんですか?」
「それもお願いでしょうか?」
「そうです」
「回答します。それは先ほどの命令のことです。あなたとクロ、及び別行動の5人の安全を確保したとき、初めて戻れます」
「それって、避難させるってことですか?」
「最悪の可能性はそうです。ですが、この場合は万が一の可能性もあります」
「万が一?」
「肯定です。逃げた先に魔族が来ないとも限りませんので」
「それは………」
ないとは言い切れなかった。確かに誰かが怪我をしていれば追うだろうし、その場合逃げ切れるかどうかはわからない。それに、これ以上に被害が広がることだってあり得るのだ。
「じゃあ、どうするんですか?」
「簡単です。邪魔をするものすべてを排除します」
「排除?」
「はい。殲滅すれば、わざわざ逃げるときに怯えることもありません」
「殲滅、って……こんなにたくさんいるんですよ!?」
どう見ても、個人が勝てる数じゃないはずだ。やっぱり、私がこの人を逃がさないと……!
「問題ありません。確認したところ、敵の数はたかだか数百体程度です。それならば、私が負けることはまずないとみてもいいでしょう」
「数百もいるじゃないですか!無理ですよ!」
「無理ではありません。戦略級の超能力を保有した私ならば、その程度の数はどうにでもできます」
この人が淡々と私の心配に返す。そして、魔族の方へと歩みを進めた。
「これ以上の時間を掛けては、別行動中の保護対象が危険に晒されると判断。殲滅を開始します」
次回、ユートが暴れまわります。ようやくチートらしいチート状態になった………




