優人
「ああぁぁぁぁぁ!」
先生が撃たれた。その事実を知ったとき、目の前でそれは起こった。炎が吹き荒れ、様々なものが消えていく。辺りにはクレーターができ、ものが飛び回る。能力の暴走だ。
「ユー、ト………」
「先生!?」
過去の僕が慌てて、先生の顔を覗き込む。顔の青白さからわかる。もう先生は助からない。それに、これは過去のことなのだ。今の僕にはどうすることもできなかった。
「ユート、よく聞いて……私はもう、駄目だから………」
「そんなことない!また新しい能力が発現すれば………!」
「ユート……あなたの体はもうボロボロなの……これ以上発現させれば、あなたが死んでしまうわ………」
「それでもいいよ!先生が生きてくれるなら………」
「……ユート。親よりも先に子供が死ぬなんて……それ以上に辛いことはないわ………」
過去の僕はそれでも何とかしようとしていて、先生に腕を掴まれていた。
「ユート……あなたは生きて……もっといろんなものを見て………」
「無理だよ、そんなの………」
「無理じゃないわ……生きる理由なんて、なんでもいいものなのよ……?死にたくないでも……おいしいものを食べてみたいでも……綺麗な景色を見てみたいでも………」
「そんなの、ないよ………」
「それなら……あなたを愛してくれる人を探しなさい……大丈夫、きっと見つかるわ………」
僕は涙を流してはいなかった。流すことができないのだ。ホムンクルスであるから。
「それが私からの願いよ……ああ、そうね……ユート。これを覚えておいて………?」
先生は血で何かを書き始めた。綴られたその文字は「優人」という漢字だった。先生の国の言葉だ。
「私からの贈り物よ……優しい人になりなさい、優人……兵器じゃない……道具でもない……自分で何かを考える、そんな人に………」
先生は一度目を閉じて、僕を優しく撫でた。
「あなたに会えてよかったわ……血は繋がっていないけど……本当の息子だと思っているから………」
「先生………!」
「優人、またどこかで会いましょう……?今度も私の息子として生まれてきてくれたら……嬉しいわね………」
ぱたりと腕が落ちる。先生が息を引き取ったのだ。意味をなさない声が上がる。自身を呪い、怒り、やりきれない気持ちを爆発させているのだ。今の僕にはそれがわかった。
そして、意識が再び暗転した。
※ ※ ※
「戻ってきた?」
目の前にいるのは光の球体だった。黄色い両手で包めるくらいの大きさの球。それが僕に話しかけているのだ。いや、それと言うのは失礼かもしれない。今の僕にはこの子が誰なのかわかっているから。
「うん。……僕って何も変わってないんだな……そう思ったよ」
先生もカトレアも僕がちゃんとしていれば、死ぬことはなかったのだ。そして、記憶を取り戻したことでわかったことがある。……カトレアを生き返らせる能力なんて、僕にはなかった。僕には誰かを傷つける能力しかないのだ。
「……そんなことはないよ。あなたはあの子が死んで何をしてた?あなたはあの子に何をしてあげられた?」
「それは………」
何もできていないはずだ。そう思ったのに、目の前の球体からは怒った様子が感じられた。
「違うでしょ!あの子は笑ってたよ?最期まで。あの子の味方でいた。それはあのときのあなたにできたこと?」
「……できない、かな………」
昔の僕は自分で何かを決めることなどできなかった。それがホムンクルスの宿命だったから。けれど、あの世界に行って変わった。自分で考えて、自分なりの答えを出せるようになった。そして、大切な人が死んで悲しいと涙を流した。ここでは決してできなかったことだ。
「そうだよ。だから、あなたは変わったんだ。変われてたんだよ、マスター」
「そういうこと。あなたが変わったからこそ、私たちも変わらなきゃと思った」
「そうですねー、あなたが悲しむところを見たくないと思ったんですー」
「ま、てなわけでだ!今度こそ守ってみせろよ?男だろ?」
「元々マスターに男も何もないけどね……ああ、しらけることを言ったから、お別れになっちゃうのかな………」
「あの娘は無事だ。私の能力はわかっているな?あれを使った」
「あとはあなたの心のままに。私たちはそれに従うだけです」
黄色い球体に続いて、赤、オレンジ、緑、青、紫、白の球体が現れた。みんなばらばらに話しかけてくるが、僕が聞き逃せなかったのは紫の子の話だ。
「無事……なの?カトレアは………?」
「ああ。私の意思で能力を使った。嫌だったか?」
「ううん、ありがとう。今度は、間に合ったんだね………」
目から何かがこぼれ落ちた。拭ってみれば、それは自分の涙だった。
「……いちいち泣くな。鬱陶しい」
「こらー!マスターに何言うのさー!」
「つっても、すぐ泣くようじゃ困るしなー」
「駄目ですよー?マスターが今度は別の理由で泣いちゃいますよー?」
「マスター、私は最後まで味方。こいつらは追い出してもいい」
「僕も一応味方だよ……ああ、でも要らないかな………?」
「はあ、申し訳ありません。やはりまとまりがないようです」
球体たちは騒いでいるけれど、僕は首を振った。
「いいよ。こうして話すのも久しぶりだしね。でも、今はしたいことがあるんだ。いいかな?」
「構いませんとも。私たちはあなたに力を貸すだけです」
「そっか。じゃあ、みんな。行こうか。今度こそ助けるために」
「おー!」
「はーい」
「おうよ!」
「わかった」
「わかったよ」
「ふん」
「了解いたしました」
※ ※ ※
魔族から逃げたのはいいが、別の魔族に立ち塞がられる。そこで覚悟を決めた。私はきっと助からない。でも、せめてユート様だけは………!
いきなり目の前に背中が現れた。それは背負っていた人のもののはずで。驚いて、後ろを見れば、背負っていたはずの人はいなくなっていた。
(まさか………!?)
最悪の考えが頭をよぎる。ユート様はもしかして、ここで死ぬつもりなのでは?なんとかして阻止しなければ、と体を緊張させる。
「……え?」
いきなりのことで、頭が真っ白になる。急に振り返ったと思えば、ユート様が私を抱きしめたのだ。こんなことをされたのは初めてで、顔が真っ赤になってしまう。
「あ、あの、ユート様!?」
「……よかった。本当に間に合ったんだ」
どういうことかわからない。ただ、安心しているのはなんとなくわかった。
「ねえ、カトレア。カトレアはさ、僕のことを好きなのかな?」
「へ?は、いや、あの、そのですね!今はそんな場合じゃ………!」
「お願い。聞きたいんだ」
珍しく真剣な表情だった。はっきりと表情がわかる。そんな顔を見るのもまた初めてで。気付けば、答えを口にしていた。
「は、はい……その、好き……です………」
こんなときなのに、なんでこんなことを言っているのだろうと思う。早く逃げなければ、ユート様が危ないというのに。それに、ユート様は生きることを放棄して……
そこで違和感を覚えた。この人は生きることを諦めているのではなかっただろうか?何故こんなことを聞くのだろう?そう思ったのだ。
「そう……それなら、生きなきゃだね」
「……!本当ですか!?」
何故いきなりそうしてくれる気になったのか。それはわからないけれど、生きると決めてくれたのは嬉しかった。思わず、自分からも抱きしめていた。すぐに冷静になって、なんてことをしてしまったんだと思ったが。
「うん。先生のこともあるし……それに、カトレアはもう大事な存在なんだ。いなくなっちゃうのは嫌なんだよ」
ユート様の言葉にまた赤くなる。でも、大事な存在と言われて、赤くならない方が難しい。だって、私はこの人が好きなのだから。
「だから……君には消えてもらう。もう、カトレアを殺させはしない。大事な人を何度も失いたくはないんだ」
突然、ユート様の声色が変わった。暖かく、優しかった声が。冷たく、何も感じさせないものへと。
「目を覚ませ、《悪夢》。お前に命令する」
そして、知っているはずの人は知らない人へと変化した。




