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第一章 狂った鍛冶屋

 エアリードの町に滞在し始めてから一週間が経過した。

 俺達パーティの一員になったばかりのジェットもしっかりと仕事をこなしている。

 今は町にある雑貨屋に、秋留と一緒に非常食などの食料を調達しに行っていた。

 パーティのリーダーであるカリューも、武器屋や防具屋を巡って必要な装備を揃えている最中だろう。

 俺は一人、滞在中に世話になっている宿屋のベッドの上で横になっていた。

 本来、冒険に出発しようとしている時の俺の役割は、魔族討伐組合に冒険の登録をしに行く事なのだが、今回は必要なかった。

 昨日魔族討伐組合から直接依頼を受けたからだ。

 大炎山に住む魔族お抱えの鍛冶屋サイバーを倒し、魔族の戦力を削ぐ事が今回の冒険の目的だ。

 チェンバー大陸の西の方に位置する大炎山は上質な鉱物が採れる鉱山で、数多くの鍛冶屋が存在する。サイバーも豊富な鉱物を利用している一人なのだろう。

 ペチンッ!

 俺は突然、何者かに額を叩かれて眼を開けた。

 目の前に秋留の手がある。

「皆がそれぞれ冒険の準備をしている時に一人のん気に昼寝?」

 どうやら目を瞑って考え事をしている姿が、寝ているように見えたらしい。

 目の前では秋留が口を膨らませて怒っている。

「今回の冒険について色々作戦を練ってたんだよぉ」

「へ〜、どんな作戦か聞かせて欲しいよね? ジェット?」

 俺は黙ってしまった。

 秋留の後ろでジェットが哀れみの眼で俺を見ていた。まるで「口では勝てないですぞ、ブレイブ殿」と言っているようだ。

 それにしても、盗賊の俺に気付かれる事なく近づく秋留は何者なのだろう。実は魔法を使って近づいてきてるんじゃないだろうか。

「ちゃんと仕事はしたぞ。魔族討伐組合へ行ってインスペクターを借りてきた」

 俺はそう言うと、キャビネットの上に乗っているカメラに羽が生えたような妖精のインスペクターを指差した。

 インスペクターは、魔族討伐組合で冒険を登録すると必ず受け取る事になる妖精で、元は静かな森で生活していた妖精を人間が捕獲し、都合の良いように変種させたものだ。

 そのカメラのような眼を通して、別のカメラへ映像を出力する事が出来る。

 魔族討伐組合で手渡しているインスペクターの映像の出力先は、全て魔族討伐組合本部のモニターへと繋がっており、常にミッション内容を監視している。

 万が一、冒険に失敗して全滅してしまった場合でも、インスペクターを通して敵の親玉などの映像を入手する事が出来る優れものである。

 インスペクターを連れた冒険で一番気をつけなければならないのは、モンスターの攻撃などでインスペクターが死んでしまうことだ。

 その時は、仮に親玉を倒した場合でも証拠になる映像が本部へ届かなくなってしまうため、報奨金を貰う事は出来ない。

 今回のようにミッションの目的が魔族の討伐なら、仮にサイバーとの戦闘中にインスペクターが殺されてしまった場合、「インスペクターが死んだから、一回村に帰らせて」という訳にはいかない。

 金にならないし戦闘自体が無駄になってしまう。

 ちなみにサイバーを倒した時の報奨金は八百万カリム。魔族とは言えただの鍛冶屋にこの報奨金額は高いほうだろう。

 秋留はキャビネットの上からインスペクターを持ち上げると、「よろしくね」という風にカメラのようなインスペクターの頭へキスをしていた。俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 魔族討伐組合から借りたインスペクターは、いつも秋留が持つ事になっていた。

 秋留は自分の右肩にインスペクターを置くと、後ろに向かって言った。

「ブラドー、いざという時はインスペクターを守ってね」

 その声を聞いて、秋留の装備している真紅のマントが風のない部屋の中で大きく揺れた。

 秋留はジェットの他にもう一匹、不気味なモンスターを手懐けていた。

 ダンジョンにある宝箱の中で、普通のマントを装って冒険者が装備した瞬間に首を絞め殺してしまうモンスター、ブラッドマントだ。

 ブラドーと名づけられたブラッドマントは、秋留の事を絶対の神のようにあがめ、敵の攻撃から秋留の身を守り、敵が秋留に近づいてくるとそのマントとしての形状を変え鋭い牙となり敵を襲う。

 敵に刺さった牙は、その名前の由来通り血を吸うのだ。

 秋留がブラドーを装備してから間もない頃は、俺やカリューが近づいただけで鋭い牙になって威嚇して来たが、最近ではやっと俺とカリューを認めてくれたようだ。

 ちなみに最近パーティーに加わった血のないジェットに対しては、ブラドーも相手にするだけ無駄だと思ったのか、威嚇すらしなかった。

「じゃ〜ん!」

 突然、秋留が俺の目の前に手の平サイズの奇妙な人形を差し出した。

「この町に来ていた露天商から買ったんだよ、いいでしょ?」

 秋留が手にぶら下げているのは、全身真っ黒の人形だった。人形の背中には白い翼が生えている。

「なんだ? これ?」

「堕天使のお守りだって。露天商が言うには実際に地上で暮らす堕天使が、一つずつ手作りでこれを作っているらしいよ?」

 随分と地域密着型の堕天使がいたもんだ。

 どこかの教会では、堕天使は悪魔とされていると聞いた事があるが……。そもそも堕天使など存在するのだろうか。

 目の前では、秋留が嬉しそうに自分のロッドに堕天使のお守りをくくりつけていた。

 暫くするとカリューが部屋に戻ってきた。

「大した物はなかったが、予備の剣や短剣を買ったぞ。外の銀星の背中にくくりつけてある」

 カリューは部屋の中に俺達全員の姿を確認すると続けて言った。

「ジェットは俺達のパーティに加わってから初の冒険だな」

 カリューの言う通り、チェンバー大陸の英雄ジェットが、俺達のパーティに加わって冒険するのはこれが初めてだった。

 ジェットは俺達が今いるエアリードで仲間になったのだ。

 この地で縛られていたジェットの魂を解放したのが俺達だった。

「ワシの命に代えてでも皆さんの命はお守りしますぞ」

 不死身のジェットの命、と言われてもあまり信用出来ないが、チェンバー大陸の英雄としての腕には期待が持てる。

「期待してるぞ、ジェット。よろしく頼む」

 その日、俺達は翌日の出発に備えて、早めに眠りについた。



 翌日、エアリードは濃い霧に包まれていた。

 この地で生涯を終えたジェットが出て行くのを、拒んでいるかのようだ。

 俺達はここから馬車で四日程の距離にある、大炎山に向かって進む。


 ちなみに俺たち冒険者の移動手段は基本的に馬車だ。どの大陸も、とてもではないが歩いて横断等出来るような広さではないからだ。

 そりゃ、駆け出しの新米冒険者は馬車を借りる金も無いから徒歩が主流になる。

 俺も冒険者になったばかりの頃は沢山歩いた。

 冒険者は依頼をこなす為に街と街を移動する事が多くなる。新米冒険者は最初の移動でそれなりに足腰を鍛えられ体力も付くという訳だ。

「よろしくね、銀星」

 秋留が銀星の頭を撫でた。

 銀星の身体には馬車が取り付けてある。俺たちは銀星が引っ張る馬車に揺られながら大炎山を目指すという訳だ。勿論、銀星だけで俺たち四人が乗る馬車を引っ張る事など出来ないため、銀星の隣には栗色の毛並みをした雄馬も繋がれている。

「アルフレッドもよろしくね」

 このエアリードの町で借りた馬に秋留が名前を付けたのだ。アルフレッドは嬉しそうに口をブルブルと鳴らした。

「忘れ物は無いか?」

 カリューが自分の荷物を馬車に詰め込んで聞いてきた。カリューの荷物は武器や防具が多い。まるで武器防具マニアのようだ。

「ああ、全部詰め込んだぞ」

 再びエアリードに戻ってくるかは分からないため宿屋に預けておいた俺たちパーティーの荷物は全て馬車に積んでいる所だ。

「ん? ジェットはどうした?」

 そういえばジェットがいない。

 キョロキョロしていると町の裏から小走りに近づいてくるジェットの姿が見えた。

「すまんですじゃ」

「どうしたんだ?」

 俺は荷物の最終点検をしながら話しかけた。

「婆さんの墓参りをしていたんですじゃ。当分、戻れそうもないからのぉ……」

 そっか。

 ジェットの奥さんもこの地で眠っていたのか。ジェットの姿が少し寂しそうに見える。

「ワシと婆さんは同じ墓に入っているはずなんじゃがな。自分の墓参りをするとは予想にもしていなかったですじゃ」

 ジェットは白い髭を触り苦笑いをしている。

「ジェット、良かったの?」

 秋留が近づいてきて優しくジェットに声をかけた。

「ふぉっふぉっふぉ。こうして生き返ったからには世界の平和のためにこの力、震わせてもらいますぞ」

 厳密に言うと生き返ってはいないのだが、死人生活が始まったばかりのジェットにそれを言うのは酷だろう。

「婆さんが生きていれば『死ぬ気で世界を平和にしてきな!』と檄を飛ばされていたはずですじゃ」

 パワフルな奥さんだったんだなぁ。しかし今回の檄はそれでは何かが変だろうな。

「それでは出発しますぞ」

 ジェットが御者席に腰を下ろして手綱を握った。

『おー!』

 俺たちは同時に声を上げると深い霧の中、新しい仲間を加え、真新しい馬車に乗って走り始めた。


 視力の良い俺は度々馬車の幌に付いたビニールで出来た簡易窓から辺りを伺う。霧は相変わらず濃いがモンスターは近づいてきていないようだ。

 馬の持久力と安全のため街道を走っているが、この辺りは町もないためモンスターも出現し易い筈だ。油断は出来ない。

 上方の霧の間から太陽の光が差し込んできたのを確認して、俺達は大きな木のある丘で昼食を取った。

「今のところ順調だな」

 昼食のジャガイモのスープを飲みながらカリューが言った。

 ジャガイモはエアリードの名産で、このスープの粉末もジェットと秋留が買ってきたものだ。

 この昼食は物足りなかったが、ジャガイモ好きな俺にとっては嬉しい。

「濃い霧に包まれていて、辺りが確認出来ないから少し不安だけどね」

「大丈夫だぞ。俺が常に辺りの気配を窺いながら進んでいるんだから、安心しろ」

 俺は秋留を安心させるために言ったつもりだったが、秋留には俺が自慢しているように聞こえたらしい。

「はいはい、さすがブレイブだね」

 秋留はこういう事については鈍感だった。いつもは何事も的確に判断して行動しているのだが、俺の秋留に対する気持ちは全然伝わっていないように思える。

 俺は黙ってスープを飲み干した。

 丁度その時、俺達から少し離れた所で草の揺れる音を聞いた。この草の擦れ方は風のせいではない。何者かが近づいてきている!

「俺の左方二十メートル程の距離に気配を感じる……」

 俺は円を作って食事をしていたメンバーに向かって言った。

 今までリラックスしていたメンバーの顔が一気に強張っていくのが分かる。

 咄嗟にカリューとジェットが剣を手に持ち、俺が指摘した方に向かって立ち上がった。

 カリューは両手でセイントソードという聖なる力が篭った剣を構えた。

 ジェットは秋留からプレゼントされた、魔力を込める事で威力がアップするマジックレイピアという細い剣を構えている。

「敵は一体。足音から判断するとかなりの大型のようだぞ」

 俺は辺りの気配を慎重に窺いながら言った。

 その何者かの気配は俺達の十メートル程前方で突然、地面を大きく一度踏んだ。

 俺はそれがどういう意味か理解していた。

「跳躍したぞ! 上だ!」

 俺が叫んだと同時に俺の後ろでロッドを構えていた秋留が叫んだ。

「大地の精霊と風の精霊の宴は地底を走り虚空を舞う、アースブロー!」

 呪文と共にかざしたロッドから強風が吹き荒れた。

 その強風に、秋留のミニスカートが揺れている。まるで俺を誘っているかのようだ。

 秋留のロッドから吹き荒れる風は、辺りの霧を一気に吹き飛ばした。

 ついでに秋留のスカートも吹き飛ばしてくれ。

 霧が晴れ上がったため、俺は秋留の肢体から眼を逸らして上方を確認した。

 俺達の頭上に迫っていたのは大型の昆虫型モンスター、ブラックヘラクレスだった。その姿は巨大なカブト虫そのものだ。

 その大きさに、剣を構えていたカリューもジェットもその場を離れ、衝撃から逃れようとした。

 ズズゥゥゥゥゥン………。

 辺りはモンスターの巻き上げた土煙と霧でほとんど視界がゼロになってしまった。

 俺は、はぐれてしまった仲間の位置を耳だけで確認した。

「秋留! 目の前にモンスターが迫っているぞ!」

 俺はパーティとモンスターの位置を把握し終わり、判明した事実を急いで叫んだ。

「きゃあああああ〜! 虫ぃぃぃぃ!」

 秋留は虫が苦手だった。俺はネカーとネマーに手を伸ばしたが、弾丸となる硬貨をセットしていなかった。硬貨は馬車の中だ!

「ジェ、ジェット! お前の左前方、十歩行った所にブラックヘラクレスが身を潜めている!」

「了解!」

 ジェットはそう言うと、大地を蹴り、ブラックヘラクレスに向かって飛び掛った。

 視界がほぼゼロの状態では、敵の急所をつく事は難しく、ジェットの剣はブラックヘラクレスの巨大な背中に突き刺さっただけのようだ。

 しかし次の瞬間、体長五メートルはある巨大なカブト虫の身体が気持ちの悪い音と共に吹き飛んだ。

 少し離れた所にいた俺の所までモンスターの破片が飛んでくる。

 俺は辺りに散らばったモンスターの肉片を踏まないように、慎重に歩きながらジェットと秋留の元へ辿り着いた。

 秋留はブラドーに全身を覆われていた。どうやら、ブラドーが秋留を守ったようだ。

 もし、昆虫モンスターの肉片が秋留に直接降り注いでいたら、悲鳴どころでは済まなかっただろう。

「凄い威力だな」

 俺はジェットに近づいて言った。

「秋留殿に貰ったこの剣のお陰じゃ。この剣は魔力を込める事が出来ると聞いていたのでな」

「それにしても凄い威力だったぞ?」

「ふぉふぉふぉ、ありったけの魔力を込めたからのぉ」

 ジェットと話していると横でブラドーに守られていた秋留がマントの中から姿を現した。

「ありがとう、ジェット。助かったよ」

「これからは、虫除けスプレーでも身体にかけておいた方が良いんじゃないか?」

 俺が秋留をからかうと、秋留は口を膨らませて言った。

「じゃあ、ブレイブも近づけなくなるね」

 その後、霧の中ではぐれてあらぬ方向へ行ってしまったカリューと合流して、再び大炎山目指して進み始めた。

 ブラックヘラクレスを倒してからは、たいしたモンスターとも出会わずに一日が終わろうとしている。そろそろ野宿出来そうな見晴らしの良い場所を探さないといけない。視界の悪い場所ではモンスターの接近に気付くのが遅くなってしまうためだ。

「今日はあの辺で野宿しよう」

 俺は見晴らしの良さそうな小高い丘を指差してカリューを見た。俺たちパーティーのリーダーはカリューだから基本的な決定権はカリューにある。

「ああ、そうするか〜。今日も疲れたな」

 カリューが大きく伸びをした。

 馬車での移動は座っている時間がほとんどだが、乗り心地はあまり良くないため結構疲れる。金のあるパーティーなら振動の少ない高級馬車等もあるのだが、俺たちはそこまで裕福なパーティーではない。

 もっと長距離の移動なら魔動列車という魔力で走る乗り物があるのだが、馬車で四日程の距離なら列車を使うまでもない。そもそも俺たちが向かう偏狭の山に列車の線路は通っていない、という問題もあるのだが……。

「へ〜、落ち着けそうな良い場所だね」

 秋留が馬車から降りて言った。

 近くには泉もあるため簡単に汗ばんだ身体を水で流すことが出来る。

「暗くなる前に野営の準備をするぞ」

 カリューに促されて俺達はキャンプの準備を始めた。

 俺はテントを建て始めた。器用な俺はテント設置等がキャンプ時の主な仕事だ。野郎共が寝る大きめのテントと秋留専用の少し小さめのテントの二つ。何気なく秋留のテントの方を綺麗に設置していることを秋留は気付いていないんだろうなぁ。

 そして秋留は食事担当。

 あり合せの材料で作っているとは思えない程に秋留の作る食事は美味い。俺がテントを設置している後ろで秋留は鼻歌を歌いながらジャガイモの皮をむいている。

 暫くして食材集め担当のカリューが新鮮な肉を袋に入れて持ってきた。狩った場所で解体してきたのだろう。

「楽勝、楽勝」

 秋留の傍に新鮮な肉を下ろした。

 暫くすると近くの川に釣りをしに行っていたジェットも銀星に乗って戻ってきた。

「久しぶりでしたが、沢山釣れましたぞ」

 久しぶりのレベルが違うんだろうな、と頭に浮かんだが、勿論声に出しては言わない。

「うっわ〜。今日は大量だね。たっぷり食べないとね」

 俺たち冒険者はいつどこで危険な目に合うか分からない。食事は取れる時に取る、睡眠は取れる時に取る、が鉄則だ。神経質でベッドじゃないと寝れない、レストランの食事じゃないと食べれない、などの我がままをいつまでも言っているような奴では立派な冒険者にはなれない。

 俺たちはボリュームたっぷり、何よりも美味い料理を平らげると二時間ごとに交代しながら見張りを行い、眠りについた。



 翌日、その次の日も特に問題もなく馬車の旅は続いた。

 エアリードを出発して三日目の夕方には遠くに大炎山のシルエットが見え始めた。

 山の向こう側へ消えようとしている太陽が大炎山を揺れる炎のように見せている。

 俺は大炎山の名前の由来が分かった気がした。

「今日はこの辺で野宿しよう」

 カリューに促されて俺達はキャンプの準備を始めた。

 昨日に引き続き近くに川はないため、ジェットは近くの木から薪に出来そうな枝を拾ってきていた。

 俺は早々にテントを設置し終え、秋留の手伝いをしている。

「コショウ取って」

「ほい」

「塩〜」

「はい」

 手伝いと言っても野菜の皮むきもロクに出来ない俺は秋留の傍に立って言われるままに材料などを取ったりするだけだ。それだけだが、俺は秋留の傍にいられて幸せだ。

「今日はこれだけしか取れなかった」

 カリューが小さな肉を持って帰ってきた。まぁ、しょうがない。この辺は獣の気配もほとんど感じないからな。

「じゃあ、干し肉を加えてボリュームを付けよっかね」

 秋留が近くの樽から干し肉を取り出してフライパンに放り込んだ。

 今日はスパイシーな味の炒め物だ。相変わらず美味いな。

「秋留殿は料理が美味いですなぁ」

 ジェットが感嘆して言う。

「あはは。ありがと。うちは家に両親がいないから毎日料理は私が作っていたんだ」

 秋留の境遇は前に少し聞いていた。

 父親は行方不明、母親はどっかの教会に勤めているらしい。秋留には妹が一人いて一緒に暮らしていたという事だ。俺には両親がいたからそういう苦労はした事が無い。

 食事を終えた俺たちは焚き火の灯りで暫くトランプ遊びをした後に眠りに付いた。



 昨日まではどちらかというと曇の多い天気だった。しかし今日は、どこまでも見渡せるような空の青さに恵まれた。

「今日中に大炎山の麓まで辿り着けるかな」

 カリューは荷物をまとめながら言い、それを馬車に放り込んだ。


 冒険四日目は特にモンスターに襲われる事なく、大炎山の麓まで到着した。辺りは薄暗くなり始めている。

「ここら辺に小さな村があるはずなんだけど……」

 マップを見ながら秋留が言った。

 しかし俺の耳には俺達以外の人の気配は近くに感じられない。

「出来ればそろそろベッドで寝たいからなぁ」

 カリューが肩を抑えて言った。

 確かに馬車移動とテント生活が長くて身体のあちこちが痛くなっている。風呂にも入りたい。

「確かにこの辺りに村がありそうじゃな。どれ、ワシがひとっ走りして、辺りを探索して来よう」

 マップを覗いたジェットは言うと、銀星に跨り、薄暗くなった林の中へ走っていった。

「ジェットが戻るまではこの辺で焚き火でもしていようよ」

 秋留の提案に俺達は焚き火を囲み、その場に腰を下ろした。いつの間にか辺りは真っ暗になっている。こうなってしまっては野宿の準備も出来そうにない。

 まぁ、最悪は馬車の中で眠れば良いか……。

「ちょっと用を足しに行ってくる」

 俺はそう言うとその場を立ち去り、林に向かって歩き出した。

 適当な茂みと大き目の木を見つけると俺は木に向かって立ち、ズボンのチャックを下ろす。

「…………ふぅ」

 用を足し終え、少し離れた所に見える焚き火まで戻ろうとした時、俺の真後ろで声が聞こえた。

 こんな林の中に誰かがいるのだろうか。

「……を……して」

 俺は恐る恐る後ろを振り返った。

「骨を返して……」

 目の前にいたのは、透明のビニール袋のような身体をしたゴーストだった。

 ゴーストは魔族に作られたモンスターではなく、魔族により惨殺された人間の魂がなってしまう場合が多い。どうやら、この辺りにもそういう場所がありそうだ。

「ちっ」

 俺は舌打ちと同時にチャックを引き上げ、秋留のいる焚き火まで走ろうとした。秋留の魔法ならこの手の敵も倒す事が出来るが、俺やカリューの攻撃ではゴーストを倒す事は出来ない。

「骨を返せ〜〜!」

 俺の真後ろのゴーストは今やその形相を変え、俺に襲い掛かってきた。

「ま、間に合いそうにないか」

 俺はベルトの後ろ側に取りつけている小さな鞄から、聖水の入ったビンを取り出した。

 聖水には銀で出来ている一万カリム硬貨を漬けている。

「対ゴースト用の硬貨をお見舞いしてやるぜ!」

 俺はビンから貴重な一万カリム硬貨を一枚だけ取り出すと、右手に構えたネマーのマガジンにセットした。

「お前の死体を見つけたら金目の物は預かってやるから、成仏しな!」

 トリガを引いたと同時に発射音が鳴り響き、聖水を含んだ銀硬貨の弾丸は、ゴースト目掛けて飛んで行った。

 硬貨の軌跡には、硬貨から零れ落ちた聖水が月に照らされてキラキラと光っている。

 弾丸は音もなくゴーストの透明の身体を貫いた。物理攻撃ではない銀の弾丸は、敵に命中して破裂する事もなく奥の林の闇に消えていった。

「ぬおぉぉぉん」

 聖水に漬けてあった銀硬貨の聖なる攻撃を受けたゴーストは、指のない手で頭を抱えながら悲痛な叫び声を上げ、やがて霧が晴れるようにその姿を消した。

 俺の愛銃の発射音を聞いた秋留とカリューが駆けつけてきたが、俺は暗闇に消えていった銀の硬貨を諦めきれずに、眼を凝らしていた。

 しかし俺の盗賊の眼を持ってしても、暗闇に消えた硬貨一枚を探す事は無理そうだ。

「ど、どうした? ブレイブ?」

「ゴーストに襲われたんだ。この辺りには魔族に滅ぼされた村があるのかもしれない」

 カリューの問いかけに対して俺は上の空で答えた。諦めきれずに、まだ硬貨を探していたからだ。

「マップでこの辺りに記されていた村が滅ぼされたのかな」

 秋留が言った。

 そういう事はよくある。特に偏狭の地にあるような町では。警備にもそれ程力もいれられないような町は魔族やモンスターのかっこうの餌食となってしまうのだ。

 その後、三人で焚き火の元に戻ると、ジェットが既に戻ってきていた。

「何かあったのですかな?」

「近くに村はあった?」

 秋留はジェットの質問には答えずに聞いた。

「ある事にはあるんだが、滅ぼされていたんじゃよ……」

『やっぱり……』

 俺たち三人は声を合わせてうめいた。


 俺達はジェットが見つけた村の前までやってきた。村には大抵馬車が通れる程の街道があるため馬車も引っ張ってきている。

「うっ」

 俺は思わず鼻を腕で覆った。辺りには悪臭が漂っている。

「ひでぇ……」

 カリューは村の入り口にある半ば崩れたアーチを潜りながら言った。

 カリューの持っている松明が辺りを照らしている。

 そこは秋留の持っていたマップにドルと書かれた、小さな村だった。

 木で出来た家屋は崩れ、広場の中央にある井戸はとうに干上がっているようだ。住人のいなくなった村は、雑草が伸び放題となっていた。

「とりあえず、寝泊りが出来そうな場所を探そう。物理攻撃の効かないゴーストが現れる可能性もあるから、二人一組で行動した方が良さそうだな」

 俺はカリューが最良のチーム分けをしてくれる事を祈った。

「魔法が使える秋留と神聖魔法が使えるジェットは別のチームになった方がいいな」

 俺は続きを待った。

「剣の使える俺とジェットも別になった方がいいな……。そうすると……」

 残念ながら、チーム分けはカリューと秋留、ジェットと俺になった。敵に襲われた時の事を考えると納得せざるを得ない。

「銀星はアルフレッドと共にここで待っているんじゃぞ」

 ジェットは念のため銀星とアルフレッドから馬車から解放した。これで何かがあった時は銀星もアルフレッドも逃げる事が出来る。

「ヒヒヒーン」

 銀星がいななく。まるで「モンスターが現れても撃退してやるさ! 安心しろ!」と言っているようだ。

 俺とジェットは村の南側を探索する事になった。この村の至る所で悪臭が漂っている。

「この匂いは死臭じゃな……」

 死臭を放ち続けている死人のジェットが言った。

 俺は辺りを見回した。左前方の屋根が崩れて壁だけになってしまった家に、人の死体らしきものが寄りかかっているのを見つけた。

 俺は傍まで行き、その屍を調べた。

 普通、ある程度日数の経過した死体は、肉が腐り骨が露出するのだが、この屍に骨は見当たらない。身体の中は空洞だったのだ。

 林の中で遭遇したゴーストの言っていた「骨を返せ」とはこの事なのだろうか。

 俺は隅々までその屍を調べたが金目になるような物は何も見つからなかった。

「ブレイブ殿、何か分りましたかな?」

「死体の骨がなくなっている。他にも調べたけど、原因が分かるような物は何もなさそうだな」

 俺達は、その屍がもたれ掛かっていた、壁だけになってしまった家の中に入った。上を見上げると夜空が見える。

 俺は家の中にあるタンスなどを松明で照らしながら、目ぼしい物がないかどうか確認した。

 素早い手の動きでタンスの中で見つけた金や短剣を音もなく拾い、上着の内側へ放り込む。ジェットは勿論気付いていない。

 どうやらこれ以上、この家に金目の物は無さそうだ。

「この家にはもう、手がかりになりそうな物はないな。屋根がないんじゃあ泊まる事も出来ないし」

 俺はジェットに言うと、夜空の見える家を後にして、少し離れた所にある建物へと近づいた。

「この家は割としっかりしてそうじゃな」

 ジェットがレンガで出来た少し頑丈そうな家を見ながら言った。

 確かに他の家に比べると、屋根もあるし、泊まる事は出来そうだ。

 俺はその家のドアに手をかけた。

 しかしドアには鍵が掛けられていて開かない。

「ジェット、このドアをブチ破ってくれ」

 少し時間をかければ、俺の盗賊としてのスキルを駆使して鍵の掛かったドアを開ける事は出来たが、面倒くさかった。

 ジェットは力任せにドアノブを引っ張った。「バキッ」という音と共にドアノブの部分だけが外れ、木で出来たドアが音もなく開いた。

「!」

 静かな町の中に低い銃声の音が響く。

 突然の発砲音と共にジェットが吹き飛ばされた。開きかけた木製のドアの陰からは銃身が覗いている。その銃身は今にも俺の方に向きを変えそうだ。

 俺はホルスターから素早くネマーを取り出すと、目の前の銃身目掛けて硬貨を発射させた。

 「ガキュンッ」という金属同士が当たった音が響き渡り、レンガで出来た建物の中で何者かが床に倒れた音が聞こえた。

 俺は素早く扉を開け放つと建物の中に入り込み、床に倒れている老人の目の前にネマーを突きつけた。

「動いたら殺す」

 俺は脅して目の前の老人が動かないようにした。

 老人は、銃が吹き飛ばされた時に痛めたと思われる右手を押さえながら、俺の顔を睨みつけている。

 歳は七十位だろうか。頭は禿げ上がり、口から顎にかけて、白くてフサフサな髭が生えている。

 部屋の中を見回すと、それなりに掃除がされており、屋根のない部屋や崩れ落ちた小屋に比べると快適そうだ。

 部屋の反対側には、俺が老人の手から吹っ飛ばしたショットガンが転がっている。

「痛たた……」

 ジェットが腹を擦りながら部屋に入ってきた。腹の穴を通して向こう側の景色を確認する事が出来る程、大きな穴が空いている。

「その御老人はいかがなされた?」

 見ると老人は泡を吹き白目を剥いていた。どうやら、腹に風穴が空いたまま歩くジェットを見て、気絶してしまったらしい。

「お〜い」

 遠くでカリューの声が聞こえた。ジェットの腹の穴から、カリューと秋留がこの建物に走ってくるのが見えた。

 老人のいた建物は元は宿屋だったらしい。ベッドが一階に四つ、二階にも四つあった。

 どの部屋も蜘蛛の巣が張られていたが、寝れない事は無さそうだ。

 俺達は老人を一階のベッドに寝かせると、残りのベッドに腰を下ろして老人が気付くのを待った。

 部屋の中は、宿屋に備えつけてあったオイルランプで明るくなっている。

「俺と秋留の方は何もなかったな」

 カリューが言った。何かあってたまるか。

「骨のない屍を見つけた。やはり、さっき俺が遭遇したゴーストはここの村の出身みたいだな」

「御老人が気がついたようじゃ」

 俺の台詞を遮るようにして、老人を監視していたジェットが隣の部屋から言った。俺達はゾロゾロと隣の部屋へ移動した。

「あ、あんたらは何者だ!」

 老人は先程の光景が頭に残っているのか、ジェットを見て、後ずさっている。

 一方ジェットの腹には先程の傷がなくなっており、一層、老人の気を動転させているようだ。

 死人のジェットはどんな傷でもあっという間に治ってしまう。

「落ち着いて下さい、おじいさん……」

 秋留が老人に近づいていった。始めは「来るな!」と拒んでいた老人も、秋留が近づくにつれて静かになっていった。秋留は老人に対して心が落ち着くような術をかけているのだろう。

「あなたは誰?」

 秋留の優しい問いかけに対して、老人は静かに答えた。

「この村の長です……ダイツと申します……」

 老人は朦朧とした眼で答えた。秋留は何か危険な魔法を唱えたんじゃないだろうかと不安になってきた。

「この村に何が起こったのですか?」

「魔族です……」

 俺達の予想は的中した。という事は、今回の冒険の目的である鍛冶屋のサイバーに襲われたのだろうか。

「その魔族は人の骨を集めていたの?」

 秋留は尚も優しい問いかけでダイツに話し掛けた。

「私達住人を直接殺したのは、全身を真っ赤な鎧で覆っている剣士でした……」

 どうやら、今回の依頼は一筋縄ではいかないようだ。

 金にならない戦闘はしたくないが、その真っ赤な鎧の剣士も倒さなくてはいけなくなりそうだ。

「剣士に殺された住人は、もう一人のドワーフ風の男に骨を抜かれた……」

 ドワーフ族は昔から手先が器用で有名だが、魔族お抱えの鍛冶屋サイバーもドワーフ族なのだろうか。

 ダイツは言い終えると、ベッドに再び倒れこんでしまった。

「これ以上、この老人から情報を聞くのは無理そうだね。明日はもう少し山の中に入り込んでみようよ」

 秋留は俺達の方に振り返って言った。

 それから、この家にあった保存食で簡単に空腹を満たすと、老人の隣の部屋で眠りについた。


 翌日眼を覚ますと、部屋の中に香ばしい匂いが立ち込めているのに気がついた。

 俺は部屋を出て食堂に向かった。食堂にある薄汚れたテーブルの上に、焼いたパンや目玉焼きなどの簡単な朝食が用意されている。

「貴方はブレイブさんでしたかな? おはようございます」

 食事を用意していたのは、ダイツだった。

 俺が不思議そうに食事の準備をしているダイツを眺めていると、後から秋留が話し掛けてきた。

「私達の事は、さっきダイツさんに言ったよ」

 事情を理解した俺に、ダイツは食事の準備の手を休めて言った。

「話は秋留さんから聞きました。あなた方はこの村を襲った奴らを倒すために来てくれたんですね。昨日は大変な失礼をしました」

「昨日は危うく殺されかけたからな」

 俺はダイツを睨みながら言った。

「またあいつらが戻ってきたのかと思ったんです……。申し訳ない……」

 急に小さくなってしまったダイツを見て、悪い事をしたと思った。

 暫くすると、食事の匂いにつられたのか、カリューとジェットも起きてきた。

 食事の準備をしているダイツの姿を見て唖然としている二人に対して、秋留は俺にした説明と同じ事を繰り返し言っていた。

「そういえば……」

 俺は秋留の姿を見て思った。やけに綺麗になっている気がする。シャンプーの良い匂いもする。

「ふふ。気付いたの? ダイツさんにお風呂を借りたのよ。ちゃんとお湯も出るのよ」

 それはグッドニュースだ。

 朝起きてから頭が痒くてどうしようもなかったのだ。

「食事を終えましたら皆さんご一緒に入って下さいな。宿屋の風呂なので皆さん一緒に入れますよ」

 俺たち男三人は朝食を終えると一目散に風呂へと向かった。

 ゴシゴシと頭や身体を洗う俺たち。

 今はシャンプーの匂いが浴場に立ち込めているためジェットの死臭も気にならない。

「はぁ〜……良い湯だな」

 カリューが湯船に浸かって伸びをした。ベッドも風呂も久しぶりだ。

「これは生き返りますなぁ」

 う〜ん……。とりあえずジェットに突っ込むのは止めておこう。

 俺たちは久しぶりの風呂を堪能すると、鍛冶屋と謎の剣士に滅ぼされてしまったドル村を出発する事にした。あまりゆっくりはしていられないからだ。

 去り際にダイツから聞いた情報では、村を襲った鍛冶屋と赤い剣士は北の林に向かって歩いて行ったという事だ。

 俺達はダイツに礼を言うと、大炎山の麓に広がる林の奥に向かって歩き始めた。

 ちなみに山を登るのに馬車は使用出来ないためドル村に置いて来ている。アルフレッドの面倒もダイツにお願いしてきている。

 銀星はというと、元気にジェットと秋留の間を交互に移動して媚を売っている。死馬でも無ければ山登りなど出来ない。

「街道沿いには住んでないよね、きっと」

「そうだな」

 魔族お抱えの鍛冶屋が人通りの多い所にあるとは考えられないと判断した俺達は、林の中の道なき道を歩き続け、太陽が真上に昇る頃に運よく一軒の小屋を見つけた。

 小屋と言うには少し大きめの建物だ。壁は全て石を組み合わせて作っていて、屋根からは巨大な煙突が覗いている。

 小屋のすぐ後ろは断崖絶壁になっていて、その崖の一部に大きな洞窟が口を開けていた。恐らくあの洞窟から鉱物を運び出しているのだろう。

「どうだ? ブレイブ。何か分かりそうか?」

 隣で息を潜めていたカリューが言った。

 サイバーがいると思われる小屋に窓はなかったため、中の様子を確認する事は出来なかったが、何者かの気配は察知する事が出来た。

「小屋の中に誰かいるな……気配を感じるのは一人だけだ」

「どうする?」

 カリューは作戦担当の秋留に聞いた。

「ダイツさんの話ではサイバーの他にもう一人剣士がいるらしいから、慎重に行った方がいいね。それに、ここがサイバーのいる小屋とは限らないし……」

 暫く小屋を観察していると、小屋の後方にある洞窟から何かが歩いてくる足音が聞こえた。

「洞窟から何か出てくる。でかいぞ」

 暫くすると、俺達が隠れている茂みの地面が揺れ始めた。

 洞窟から顔を出したのは、見た事もないモンスターだった。

 体長は三メートル。リスのような身体つきをしているが、その顔は愛くるしくはない。眼は白目の部分がなく真っ黒で、口は大きく裂けていた。全身は気持ちの悪い緑色だ。

 その身体には似合わない小さな手には、巨大な鉱石が抱えられていた。

「よし、そこに置いとくれ」

 リスの化け物の陰から現れたドワーフ風の男が言った。恐らく奴がサイバーに違いない。

 背は子供位で良い体格をしている。服装はいたって普通で、皮で出来た黒いベストと、薄汚れたクリーム色のハーフパンツを穿いていた。いかにも鍛冶屋らしいスタイルだと思った。

 その時、リスの化け物の鼻がクンクンと何かを探すように動いた。

「どうした? ダグ?」

 ダグと呼ばれたそのモンスターは明らかに俺達の存在に気付いているようだ。

 暫くダグの様子を見ていたサイバーは「その鉱石は喰って良いぞ」と言うと、一人で小屋の中に入っていった。

「あのデカイのには、俺達の存在がバレたみたいだな」

 俺はそういうと、ベルトの左右に下げたホルスターからネカーとネマーと取り出して構えた。

 俺が銃を抜いたのとほぼ同時に、ダグはその大きな口に大きな鉱石を放り込んだ。

 そして、口の中でガリガリと鉱石を噛み砕き始めた。

「な、何を考えてるんだ?」

 カリューは剣を構え、茂みから半身を出しながら言った。

「食事かなぁ?」

 秋留は言った。しかし誰の眼にもダグが食事をしているようには見えない。

 ダグは真っ直ぐこちらを向いたかと思うと、膨らませた口から、鉱石を弾丸の様に飛ばしてきた。

 一発目は俺達のすぐ横に立っていた木に命中した。木は後方へ「バキバキバキ」と大きな音を立てながら倒れていく。

「は、早いぞ!」

 俺は言った。

 ダグが口から発射する鉱石の弾丸は、俺の銃から放つ硬貨より、スピードも威力も高そうだ。

 間を空けずにダグは口から二発目の鉱石を放った。一発目で障害物となっていた木が倒され、姿があらわになったカリュー目掛けて真っ直ぐと飛んできている。

 茂みから半身を出していただけのカリューは体勢が悪く避ける事は出来そうにない。

 カリューはセイントソードを目の前に構え、飛んでくる鉱石をその剣で受け止めようとした。

 だが、俺の目の前でカリューが吹き飛ばされた。

 飛んできた鉱石はカリューの構えていたセイントソードを打ち砕き、そのままカリューの身につけていたブルーアーマーの胸部に鈍い音と共にぶち当たった。

「ぐはぁっ」

 カリューが口から血を吐いた。胸を強打したためだろう。

「私がカリューに回復魔法かけるから、ブレイブとジェットはこっちに攻撃されないようにして!」

 秋留はカリューに駈け寄り、地面に膝を立てると呪文を唱え始めた。

「俺が援護する! ジェットは奴に向かって攻撃をしかけてくれ!」

 俺は比較的動きやすい場所に転がり出て、ダグに向かってネカーとネマーを構えた。

 ダグの真っ黒な眼が俺を見つめている。

「頼みましたぞ、ブレイブ殿!」

 ジェットはそう言うとカリューの傍に銀星を置いたまま、ダグの左側に回り込むために走り出した。距離はゆうに五十メートルはある。

 俺はダグに向かって連続でトリガを引き、硬貨を発射した。

 しかし硬貨があたる瞬間、ダグの身体の色が銀色に変わり、俺が放った硬貨の弾丸を全て弾いた。

「な、何だ?」

 その光景を見ていたジェットもダグに向かって走る足を止めたようだ。

 一体何が起こったんだろう。

 気付くと、ダグの身体が元の緑色に戻り、口がジェットの方を向いていた。

 その眼の近くまで避けた大きな口は、常に不気味に微笑んでいるように見える。

 危険を察知したジェットが素早く後方へ飛び去った瞬間に、ダグの口から鉱石が発射され、ジェットがいた場所の地面を爆音と共にえぐった。

 その土煙に混じり、ジェットはダグとの距離を一気に詰め、マジックレイピアをダグの腹に突き刺そうとする。

 だが、またしてもダグの身体が銀色に変わり、ジェットの攻撃を弾いてしまった。

 ダグの身体に弾かれたジェットは体勢を崩し、地面に方膝をついた。その瞬間を待っていたかのようにダグは再び緑色の身体に戻ると、ジェット目掛けて鉱石を放とうとした。

「ちっ、間に合わない!」

 俺はジェット目掛けて硬貨を発射した。硬貨はジェットが左手に身につけているシルバーシールドに当たり、ジェットの身体を吹き飛ばした。

 ダグが発射した鉱石は、またしてもジェットを外れ、地面をえぐる結果となった。

 攻撃を邪魔されたダグは俺の方へ向き、息を荒立て睨みつけてきた。

「気持ち悪い眼で見るな」

 俺は奴の眼目掛けて硬貨を発射した。身体の色が変わった時でも眼に当たる攻撃は防げないと判断したからだ。

 しかし俺の予想とは裏腹に、銀色に姿を変えたダグは眼に当たった硬貨すら弾いてしまった。

 奴が銀色になっている時は、弱点はないのだろうか?

 もしかしたら秋留の魔法ならダメージを与えられるかもしれないが、今はカリューの回復をしているし、秋留に戦闘に関して助けを求めるのは少し格好悪い。

 再び防御を解いたダグは大きく深呼吸をすると、口から鉱石を放ってきた。

 俺は盗賊としての能力を最大限に発揮して、すさまじい勢いで進んでくる鉱石を見つめ、寸前のところで身をかわした。それと同時に俺は硬貨を放った。

 何度やっても結果は同じだった。硬貨が当たる瞬間に奴は銀色になり、硬貨を弾き返す。

「あんまり硬貨を無駄にさせるなよな」

 俺は愚痴ったが内心では焦っていた。こいつの能力を把握しなくてはならない。

 俺は五感全てを研ぎ澄まし、奴を観察した。

 ダグは銀色の防御体勢を解くと、同じ事の繰り返しだと言わんばかりに息を吸い込み、鉱石を発射してきた。

 俺は同時にネマーで硬貨を発射した。俺とダグとの間で鉱石と硬貨がすれ違い、目の前に鉱石が迫ってきたが落ち着いて上体を屈めて避けた。

 一方俺が放った硬貨は、ダグの銀色の身体に弾き返された。

 ダグの身体の周りには俺の放った硬貨が虚しく散らばっている。

 と、俺はある事に気づいた。

 銀色になっている時のダグは呼吸をしていない。緑色の身体で俺を睨みつけている時の奴の呼吸は荒いのに、銀色になっている時はその呼吸が止まるのだ。

「試してみる価値はありそうだな」

 俺はダグの身体を正面に捕らえ、ネカーとネマーのトリガを引いた。

 いつもの繰り返しで奴は銀色に姿を変え俺の硬貨の弾丸を弾き返したが、銀色になった奴の身体目掛けて俺はそのまま連続でトリガを引いた。

 俺の予想が正しければ、あいつは銀色になって防御体勢を取っている間は息を止めているはずだ。

 息を止める事で身体を硬質化出来るのではないだろうか。だとすると連続で長い間銀色になる事は出来ないはず。

 俺の予想は正しかった。三十秒程硬貨を放ち続けたところで、突然ダグの色が元の緑色に戻った。硬貨が大分無駄になったが成果はあった。

 俺は目の前で酸欠のためか、真っ黒な眼を白黒させているように見えるモンスター目掛けて、連続でネカーとネマーのトリガを引く。

 今度は奴の身体に次々と硬貨が当たり、ダグの上げた奇声と共に辺りに肉片が散らばった。

「ジェット! とどめだ!」

 俺は状況を見守りマジックレイピアを構えていたジェットに向かって言った。ジェットは既に魔力を込めているのか、マジックレイピアが淡く光っている。

 ジェットは走り出し、倒れかけていたダグの眉間に剣を突き刺した。

 断末魔の叫び声と共に頭の無くなったダグはその場に倒れた。

「ふぅ」

 俺は今まで五感を研ぎ澄ませていた事もあり疲労していた。しかし俺達の相手は休ませる暇を与えてはくれなかった。

「パチパチパチパチ……」

 小屋の中からドワーフ風の男が出てきた。

「まさかダグが倒されるとはなぁ。見事だ」

 小屋の比較的近くにいたジェットが言った。

「お主がサイバーじゃな?」

「いかにも。私がサイバーだ。大勢で何のようかな?」

 後の茂みから、秋留に回復してもらっていたカリューが出てきた。

 顔には若干脂汗が浮かんでいたが、なんとか大丈夫そうだ。

「魔族討伐組合からお前を倒すように依頼された。おとなしくしろ」

 秋留が遠くでインスペクターを肩に乗せているのを確認する。これで依頼内容の記録はバッチリなはずだ。

 カリューはサイバーを睨み付けると銀星に取りつけてあった布の包みから、予備の剣を一本取り出した。

 エアリードで買った鋼の剣だ。

「随分とチャチな剣を装備しているなぁ。そんなのでよく今まで戦ってこれたもんだ」

 サイバーは右手に持った身長程もある鋼鉄のハンマーを軽々担いで言った。

「お前のペットに破壊されたんだよ。また新しいのを買わないとな」

「はっはっは。なんならお前の剣、俺が作ってやろうか?」

 魔族お抱えの鍛冶屋の作る剣には興味があるが、頼んで作ってもらえる訳がない。

 カリューが言い返そうとした時に小屋の中からもう一人姿を表した。

 俺が小屋の中で初めに気配を感じたのは、こいつらしい。

 全身を真っ赤な鎧で包んでいた。こいつがダイツの言っていた剣士に違いない。

「サイバー、お前は急いで武具を作らないといけないんだ。客人の相手は俺がしよう」

 真っ赤な剣士が言った。剣士が現れた途端に辺りの空気が重くなった気がした。

 サイバーも今までの皮肉を言っていた顔とは変わり、どこか赤い剣士を恐れているようだ。

「じゃあ頼んだぞ、ガゾル。私は武具の製作を続けるとしよう」

 赤い剣士はガゾルという名前らしい。

 サイバーはそう言うと建物の中に入ってしまった。

「さて、まずは自己紹介をさせてもらおう。俺の名前はガゾル。魔族だ」

 ガゾルは名乗ったが、その顔は確認出来ない。ガゾルが身につけている真っ赤な兜は頭全体が隠れるタイプで、見えているのは魔族独特の赤に黒の瞳だけだ。

 その隙間から覗く怪しげな眼は秋留の肩に乗っているインスペクターのカメラを見ているようだ。余裕をかましていられるのも今のうちだぞ。

 盾は装備していないが全身を覆うタイプの鎧なので全身が盾と言ってもいいかもしれない。右手には赤くて異様なオーラを放った剣を装備している。

「わざわざ自己紹介とは律儀だな」

 カリューは続けて言った。

「俺はカリュー。勇者だ。お前らを倒すためにここまで来た」

 ガゾルに対抗して自己紹介をしているのか、自身の律儀さなのか分からないが、カリューも自己紹介をしていた。

 カリューの事を見つめていたガゾルが言った。

「はっはっは。勇者だと? とんだまがい物だな」

「な、なんだと?」

 カリューはガゾルを睨みつけながら言った。

「勇者に選ばれた者は、その瞳が黄金色に輝くと聞いているが、お前の眼の色は黒じゃないか!」

 カリューは自称勇者だった。

 だから瞳の色が黄金に輝いていたり、聖なる魔法が唱えられるわけではなかった。

「偽物勇者のいるパーティなど恐れるに足らん! 全員でかかってこい……相手になってやる」

 ガゾルは剣を構えた。その堂々とした姿に、この魔族の強さが窺えた。こいつは強い。

 俺がネカーとネマーを構えたところでカリューが言った。

「俺一人で十分だ。ここまで馬鹿にされて黙っている訳にはいかない」

 そう言うと、カリューはガゾルの前まで歩いていった。いくらカリューでも戦闘派の魔族と一対一で勝てるのだろうか。

 魔族はモンスターとは比べ物にならない程に力がある。特にガゾルのような剣士を装っているタイプと剣術で勝負しようとするのは危険な事だ。大丈夫だろうか。

 二人は手を伸ばせば届く距離で睨み合った。

「勝負だ、ガゾル!」

 熱血漢のカリューが言った。あいつはこういうシチュエーションが好きに違いない。

「いいだろう。一対一も悪くない」

 そう言うと、ガゾルは真っ赤な剣をカリュー目掛けて振り下ろした。

 一瞬、持っていた剣でその攻撃を受けようとしたカリューだったが、寸前のところで後方に飛んでガゾルの攻撃をかわす。

「ほぅ……その剣では受けきれないと判断して避けたか」

 そう言うとガゾルはカリューに詰め寄り、突きの一撃を放った。

 それを左手に装備したオリハルコンの盾で弾いたカリューは、鋼の剣をガゾルの真っ赤な鎧の、脇の隙間目掛けて突き出した。

「甘い!」

 ガゾルは身体を交わしながらカリューに更に一歩踏み込んだ。

 そしてそのまま膝蹴りをカリューに食らわす。

「ぐっ」

 カリューは痛みを堪え突き出していた剣を勢いよく引き戻した。再びカリューの剣がガゾルの鎧の隙間を狙う。

「ちぃっ」

 ガゾルは舌打ちし、身体を半分反らしてカリューの攻撃を避ける。

「根性は座っているようだな」

 お互い間合いを開けて再び対峙した。カリューが下段で、ガゾルが上段で剣を構えている。

 地面を蹴って再び攻撃を繰り出す。

 しかし武器をかばいながら戦っているカリューの方が分が悪いようだ。丈夫そうな剣などは荷物になると思ってドル村に置いてきたからなぁ。まさかセイントソードが折られるとはカリューも思っていなかったに違いない。

 その後もカリューもガゾルもお互いに攻撃を繰り出したが、決定的なダメージを与える事は出来なかった。カリューが良い武器を装備しているなら既に勝負はついていたかもしれない。

「ふぅ、ふぅ……中々やるな……」

 ガゾルは肩で息をしながら言った。

「カリューと言ったな? 俺の鎧の肩の部分を見てみろ」

 俺はガゾルの言った通り、真っ赤な鎧の肩当ての部分を確認した。

 塗料が剥げているのか分からないが、一部分だけ白かった。

 その事をカリューも確認したようだ。

「この肩当ての部分が血で染まれば、この鎧の塗装は完了するんだ」

 ガゾルは言った。どうやら奴の装備の色は全て血によるものらしい。

 その事に気付いたカリューは歯を食いしばり、鋼の剣の柄を力強く握り直した。

 ガゾルはカリューの事を挑発したようだが、カリューは冷静だった。

「何の血で染めたんだ? 鶏か? 豚か? そのナマクラ刀じゃあ、大した物は捌けないだろ?」

 カリューは逆にガゾルを挑発した。

 ガゾルの顔色は窺えないが、その肩が少し震え始めている。

「ナ、ナマクラだと! この剣はサイバーに作ってもらった特注品だ!」

 それを聞いたカリューは溜息をついて、ガゾルに言い放った。

「いい加減その特注品の威力を見せて欲しいもんだな」

 カリューの痛恨の一言で逆上したガゾルは、カリュー目掛けて剣を振り上げて来たが、その大きなモーションをカリューは見逃さなかった。

 腕を上に振り上げた事により、鎧の腰の部分に隙間が出来ている。それを見つけたカリューは、鋼の剣をガゾルの腹に突き刺した。

「がぁああ!」

 頭に装備した兜の隙間から魔族独特の青い血が霧のように噴出した。

 しかし後少しの所でカリューの装備している鋼の剣が折れてしまった。魔族の強靭な肉体に剣が勝てなかったらしい。

 苦し紛れのガゾルの拳がカリューを殴りつけた。真っ赤な手甲の付いた拳によりカリューの額から血が飛び散った。カリューの片目が塞がる。

「カリュー!」

 秋留が叫び近づこうとした所をカリューは手を挙げて静止させた。

「まだだ。こいつをぶっ殺すまでもう少し待っててくれ」

 傷だらけのくせして無茶しやがる。

 正義感の強いカリューは途中で諦めたりする事もしない。少しは妥協も必要だと思うのだが。

「貴様、許さんぞ……」

 ガゾルは荒い息をしながら脇腹の傷口に手を持っていった。まさか……。

「ぐおおおおおお」

 ガゾルは傷口に手を突っ込むと折れた剣を引き抜いた。見ているだけで痛い。

「はぁ……はぁ……」

 ガゾルの息も荒いがカリューもだいぶヤバそうだ。額から垂れる血を腕で拭って視界を取り戻そうとしている。

「しかし……武器が無くなってしまっては最早勝つ見込みは無くなったな」

 ガゾルが剣を構えながらカリューに近づく。

 一方のカリューは折れた鋼の剣を見つめながら動こうとしない。

「死ねええ!」

 ガゾルが剣を振り下ろした。それを身体まわしてカリューが交わす。しかし視界が狭まっているせいかカリューは背中を斬られた。

 痛みを我慢しカリューは装備していた盾でガゾルの兜を殴りつけようとする。

「苦し紛れだなぁ!」

 それをガゾルは難なく交わすと剣をカリューの首目掛けて振り上げた。

「きゃああ」

 秋留が叫ぶ。俺は思わずネカーとネマーを構えた。

 再び金属と金属がぶつかり合う音。

 カリューが盾でガゾルの攻撃を防いでいた。その盾に体重をかけてガゾルの剣を押し出す。

「うおっ」

 ガゾルは思わず体勢を崩しそうになるのを踏ん張って耐えた。

「その剣……本当に特注品か? そんなによく斬れるのか?」

 ここへ来てカリューがガゾルの耳元で囁いた。

「貴様! まだ言うかっ」

 ガゾルが激怒したと同時にカリューの持っていた折れた鋼の剣がガゾルの手首を狙った。盾の圧力により押し広げられた手甲の隙間だ。

「ぐあぅっ」

 ガゾルの特注品の赤い剣が手から落ちた。

 その剣が地面に落ちるより早く、カリューがその剣を握り締めた。

 ガゾルが喋るより早く。

 カリューが握った真っ赤な剣がガゾルの胴を下から薙いだ。青い血が辺りに吹き飛んでガゾルの上半身だけが宙を舞った。

「確かによく斬れる……」

 その真っ赤な剣を汚れ物にでも触るようにカリューは地面に突き刺した。

「どんなに立派な装備を身につけようとも、弱者相手にしか振るった事のないような剣じゃあ、俺に勝つ事は出来ない……」

 ガゾルの鎧は最後にその持ち主の青い血で染まった。赤と青のまばらな趣味の悪い鎧が出来上ったようだ。

 最近目立つ活躍をしていなかったため忘れていたが、カリューの剣士としての腕は一流だ。

 だが戦闘が終わると、カリューもその場に倒れこんだ。

「さっきのダメージも回復しきってないのに動き回るからだよ」

 今まで茂みの近くで見守っていた秋留が俺の傍まで来て言った。

「ブレイブとジェットでサイバーを始末してきて」

 そう言うと秋留はカリューの傍で片膝を付き、回復魔法をかけるために集中し始めた。

 秋留から受け取ったインスペクターを肩に乗せネカーとネマーにセットされている硬貨を確認する。

 俺は隣にいるジェットを見て溜息をついた。

「また一緒ですな」

 俺の心の中を見透かしたようにジェットが言った。

 俺は諦めてジェットと仲良くサイバーの小屋の扉に向かって歩き出した。



 カーン、カーン!

 サイバーの小屋の中から鉄を叩いている音が聞こえる。あの巨大な鉄のハンマーで叩いているのだろうか。

「どうしますかな? ブレイブ殿?」

 俺はジェットに答える事なく、そのままドアを開けた。

 ドアを開けると、部屋の中から熱気が飛び出してきた。俺は思わず顔を背けた。

 部屋の中ではサイバーが背中を向け、炉から取り出した真っ赤に燃える鉄を叩いている最中だった。

 部屋の隅には、おそらくドル村の住人の物と思われる骨が積み上げられている。

「ガゾル、もう終わったのか?」

 サイバーは背中を向けながら言った。

「ああ、終わったぞ。奴は外で最後の塗料を塗り終えたところだ」

 俺はサイバーに銃を突きつけながら答えた。

 サイバーは一瞬止まると、身を屈めながら巨大な鉄のハンマーを振り回した。

 反撃する事を予想していた俺は、落ち着いてサイバーの右肩を銃で撃ち抜いた。

「ぎゃああ」

 サイバーは鉄のハンマーを放り投げ、右肩を押さえながら転げまわった。

「う、後からとは卑怯だぞ……」

 顔中から冷や汗を垂らしながらサイバーは言ったが、俺は答えない。

「お前、大炎山の麓の林の中にあるドルの村って知ってるか?」

 俺は聞いた。

「ドル? あ、ああ、あの村か……」

 右肩から流れ出る青い血を必死で押さえながらサイバーが言った。

 どうやら外見はドワーフだが、中身は立派な魔族のようだ。

「あの村の住人の死体には骨がなかったんだが、あんた何か知ってるか?」

 今や恐怖で声も出せなくなっているサイバーは、振り絞るように言った。

「に、人間の骨を燃やして、その火で鉄を打つと、強度が何倍にもなって美しい仕上がりになるんだ……」

「そうか……」

 俺はそう言うと、暫くサイバーの眼を見つめていた。

 サイバーの怯えきった眼を見ていると、こいつを殺そうとする意思がなくなりそうで怖かった。

 奴の激しい呼吸が聞こえてくる。

「これからは人間と関わらないと誓うなら許してやろう」

 俺は言ったが、勿論許すつもりはなかった。

 こいつら魔族の習性は知っている。口では「誓う」と言っても、背中を見せた瞬間に襲ってくるのだ。

「わ、分かった。誓う。許してくれ……」

 予想通りサイバーは言った。俺は奴の台詞を聞くと黙って後ろを振り返り、ジェットに言った。

「行くぞ、ジェット」

 ジェットは困惑していたが、サイバーを一度睨みつけると俺の後をついて外に出ようとした。

 俺とジェットが背中を見せた瞬間、今まで激しかったサイバーの呼吸が、何かを決心したように一気に落ち着いた。

 俺は気配でサイバーの動きを追った。

 今まで真っ赤に燃えていた剣を左手に構え、今にも飛び出そうとしている気配を感じる。

 俺は振り返るとネマーを構え、予想通り剣を振り上げていたサイバーの左腕も吹っ飛ばした。

「ぐおおおお……」

 両腕を撃たれ、身動きの出来なくなったサイバーの頭上には、俺が吹き飛ばした左腕に握られている剣が迫ってきていた。

「人間の骨で打った剣の威力を、一度自分で味わってみるんだな」

 剣はサイバーの眉間に突き刺さった。

 依頼達成だ。サイバーの最期を肩に乗ったインスペクターがしっかりと映像に収めている。

「サイバーは?」

 外に出ると、カリューの傍に腰を下ろしていた秋留が言った。

「退治したぞ。やっぱり魔族は信用出来ないな」

 俺は大抵、自分で魔族にとどめを刺す時は魔族の非道さを再確認していた。

 そうしないと姿形が人間に似た魔族を殺す時にためらってしまうからだ。

「痛ててて」

 暫くすると、カリューが胸を押さえながら立ち上がった。

 俺からサイバーを倒した事を聞くと、村に帰る準備をしようと提案してきた。

「その前に、小屋の裏側にあった洞窟に行った方がいいかな。さっきサイバーの小屋へ行ってみたけど、サイバーが製造したと思われる武具が見当たらなかったの」

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