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プロローグ

 コースト暦三0五九年七月。

 二九九九年に起こった人間と魔族の争い『第三次封魔大戦』から六十年が経過した今でも、人々に平和は訪れていない。

 人間と魔族の争いがこれ程長くなるとは、誰が予想しただろう。

 辺境の地では毎日のように魔族と人間の小競り合いが続き、その度に罪もない命が消えていった。

 魔族が作り出した人間を排除するための獣『モンスター』は、その主である魔族の命令で力を振るっていたが、いつしか魔族の支配から逃れて野生化し、町や村を襲い始めた。

 人々は魔族とモンスター、その残忍さと凶暴さに日々怯えていた。



「はぁ、はぁ……」

 木々の間から差し込む太陽の光は明るく、森を吹き抜ける初夏の風は涼しい。

 しかし口から漏れる息は荒く、砂漠の風のように熱かった。

 森の中を散歩するには丁度良い陽気なのだが、なぜか俺達は鎧やスーツなど走り難い服装で全力疾走していた。その過酷な状況のため、顔からは大粒の汗が滝のように流れ出ている。

 俺達の二十メートル程後方には、数え切れない程の凶暴なモンスターの息遣いと土煙が上がっていた。

「ぜぇ! ぜぇ!」

 俺の横では異様な剣を右手に持った体格の良い男が、今にも倒れそうな息遣いで走っていた。

 短髪のその男は青を基調とした落ち着いた感じの装備だったが、なぜか右手には他の装備とは不釣合いな、闇を象徴するかのような漆黒の剣を握っている。

「はぁ、はぁ。お、おい! カリュー! いい加減、そんな物騒な剣、捨てちまえよ!」

「ふ、ふざけるなよ! ブレイブ! 誰のせいで、こんな事になったと思ってるんだぁ〜!」

 俺の頭の上をカリューの異様な剣、魔剣ケルベラーが風を切り裂く音と共に通り過ぎ、間近に迫っていた羽を持った目玉だけのモンスター、フライアイを叩き斬った。真っ二つに切られたモンスターの返り血が、シャワーのように降り注ぐ。

 お陰で俺の上から下まで黒で統一した大事な装備品は、ドロッとしたモンスターの血で染まり、最近茶色に染めたばかりの髪の毛まで真っ赤になってしまった。

「て、てめぇ、カリュー! わざとやりやがったなぁ!」

「ぜぇ、ぜぇ。お、お前を助けてやったんだよぉ〜!」

 お互い疲れきっている割には、まだ冗談を飛ばすくらいの余裕はあるようだ。

「本気で走らないと、モンスターの群れに食われるよ〜!」

 前方でマントをたなびかせながら軽やかに走っていた女性が振り向き、二人のやりとりを冷ややかな眼で見ながら言った。その女性のピンクの髪の毛は、太陽の光を浴びてキラキラ光っている。

 言い訳をするわけではないが前を走る女性、秋留あきるの脚が速いわけではない。あくまで俺達の装備が重く、迫り来るモンスターを迎撃しながら走っているため、俺達の方が後方を走っているのだ。

 ちなみに秋留は黒のチェストアーマーに赤いミニスカートという悩殺的な装備をしているため、俺は後方のモンスターに気をつけつつ、秋留の魅惑的な生足にも注意を払っていた。

「ちっ、おい、ブレイブ! お前の飛び道具で奴らを少し追っ払ってくれよ!」

 俺は秋留の生足を見つめて現実逃避をしていたが、カリューの怒鳴り声で現実に引き戻された。

「はぁ、はぁ。ふざけるなよ、カリュー! 俺のネカー&ネマーの特性は知ってるだろう? そんな軽々と命令するんじゃねぇよ!」

 俺は現実に引き戻された事と、カリューに命令された事による不快感の両方により、不機嫌になった。

「てめぇ、金と命とどっちが大事だと思ってるんだぁ!」

 カリューは全速力で走って真っ赤になった顔を更に真っ赤にして、怒鳴った。

 俺は命令されるのは好きじゃない。勿論、金と命、どっちが大切か分っているつもりだ。

 金があっても、それを使える身体がなければ持っていても意味が無い。金は使うためにあるのだ。

 だから俺は、その辺に転がっている屍をあさって金品を頂くのなんて日常茶飯事なのだが、熱血漢のカリューや前方を走る秋留は、そんな俺の行動を非難する。

 しかし、本当に奴らを追っ払わないと金を使える身体を失いかねない。

 身ぐるみを剥がされる屍となるのは、俺かもしれないのだ。

「………(ヒュヒュン)」

 隣を走っているカリューの懐から銭袋を拝借した。これが俺の盗賊としての腕前だ。

 例え、相手が全速力で走っていようと、俺自身が汗だくになり走っていようとも、俺の盗賊としての腕は、衰える事はない……はずだ。

 俺は素早くカリューの銭袋から硬貨を取り出し、俺の愛銃であるネカー&ネマーのマガジンにセットした。マガジンを銃に差し込む時に「カシン」という乾いた気持ちのいい音が聞こえる。

「………(ヒュヒュヒュン)」

 俺は、後々面倒になる事を嫌い、カリューの懐へ銭袋を戻しておいた。

 俺以外のパーティーのメンバーはどいつも金に執着心がないらしく、自分の財布から少しくらい金がなくなっても全く気づく事はない。

 ただし、俺がパーティーのメンバーから金を拝借するのは戦闘中のみに限定していた。俺は奴らの金で奴らの命を守ってやってるのだ。金より命が大事だと言っているカリューに万が一バレたとしても、反論の余地はない。

「さ〜って、それでは、俺の腕の見せどころだな! ネカーにネマー! 貴重な硬貨を無駄にしないでくれよ!」

 俺は走りながら身体を反転させ、後方を走るモンスターの群れに向かって照準を合わし、ネカーとネマーのトリガーを連続で引いた。

 追ってくるモンスターのうち数匹が、断末魔の叫びと共に砕け散った。

 俺は盗賊の腕だけでなく射撃の腕も超一流だ。

 振り向きざまに放った硬貨の弾丸は確実に狙ったモンスターの眉間を打ち抜いていた。

 俺の愛銃のネカー&ネマーは硬貨をセットしてトリガーを引くと、硬貨を弾丸のような勢いで打ち出す事が出来る、世にも珍しい銃だ。

 しかも硬貨は高速で回転しながら的に目掛けて飛んでいくため、命中した時の破壊力は普通の弾丸以上なのだ。

 しかし欠点もある。打ち出した硬貨は、的に当たった時の衝撃で砕けたり変形したりして使い物にはならなくなってしまう。

 もしかしたら百万カリム硬貨のダイヤや千万カリム硬貨のオリハルコンなら、ネカー&ネマーで打ち出した後も拾えば使えるかもしれないが、勿体無くてぶっ放す気にはなれそうにない。

 俺は、更に連続でトリガーを引き、モンスターの群れに向かって、硬貨を発射した。

「いでぇ〜〜〜〜!」

 モンスターが巻き上げる土煙の向こう側では、変わった鳴き声のモンスターがいるようだ。

「ぜぇ、ぜぇ、ブレイブ。今日はネカー、ネマーの使い方が豪勢じゃないか。やっと、命の大事さが分ったのか?」

 相変わらずの真っ赤な顔で走っているカリューが言った。自分の金がモンスター目掛けて吹っ飛んでいるとは夢にも思わないだろうな。

 ふと前を見ると、髪を振り乱しながら走っている秋留と眼が合った。秋留は俺に意味深な笑みを投げ掛けている。

 俺がカリューの懐から銭袋を拝借した事が、秋留にはバレているのだろうか?

 自慢ではないが、俺の拝借(決してスリではない)の能力は常人の眼には映らない程の速さのはずだ。それを秋留は見抜いているのだろうか……。

 その時、後方を走るモンスターの群れから馬のひづめの音が鳴り響いてきた。

 俺達のパーティーは勇者(自称だが……)であるカリューと、幻想士の秋留と盗賊の俺、そしてあと一人、聖騎士のジェットという四人メンバーになっている。

 その聖騎士のジェットが持ち前のタフネスを生かして、俺達が逃げるための殿を務めてくれているのだ。馬のひづめは、ジェットの乗る愛馬「銀星」のものかと思われる。

 暫くするとモンスターの群れの中から、レイピアで華麗にモンスターを捌きながら、ジェットが銀星に乗って現れた。

 ジェットと銀星はモンスターの大群相手に殿をしていたため、その身体はボロボロだった。

 ジェットの見事に磨き上げられていた銀色の装備一式はモンスターの返り血で真っ赤に染まり、銀星の銀色の毛並みも今やゴミ捨て場に転がっているボロ雑巾のように汚れている。

 ジェットと銀星の身体には汚れだけではなく、モンスターの群れから受けたと思われる傷も無数にあった。

 ジェットの太腿には剣が突き刺ささり、レイピアを持っている右腕には小さなモンスターの頭が喰らいついたままとなっていた。銀星の片眼には致命傷になり兼ねない程、ナイフが深く突き刺さっている。

 ジェットが銀星で俺の隣まで、モンスターを迎撃しつつ走ってきた。馬独特の「パカラッ、パカラッ」という音が俺の真横で聞こえる。

「ブレイブ殿、いくらワシが不死の身体を持っているからといって、この仕打ちは酷いですぞ!」

 ジェットはそう言い、腹に空いた硬貨大の「穴」を俺に見せてきた。

 どうやら「いでぇ〜〜〜〜!」という悲鳴はモンスターのものではなく、ジェットの腹に硬貨が命中した時の悲鳴だったらしい。

 俺はジェットの右腕に喰らいついているモンスターの頭をネカーで殴りつけ、払い落としながら言った。

「わりぃ、わりぃ。走りながらだったから、狙いが少しズレちゃったみたいだな。あはは……」

 常人相手に対して腹に穴を空けてしまったら笑い事で済まされる事はなく、俺は殺人犯として指名手配されていたかもしれない。

 だが、腹に穴が空いているのに平然と馬を駆り、モンスターと戦っているジェット。

 そう、彼は死人なのだ。

 片眼に深くナイフが突き刺さりながら走る銀星もジェットと同じ死人、いや、死馬だ。

 そんな事よりも今は、この窮地をどうやって脱するかが最優先事項の大問題である。

「おい、秋留! お前の魔法であいつら何とかならないっ……のかっ?」

 カリューは空から攻撃してくるモンスターの攻撃をかわしつつ、剣で反撃しながら叫んだ。

 羽のあるモンスターは常に空を飛んで襲ってくるため、あっという間に追いつかれてしまう。

 俺達の走っている上空には、飛行可能なモンスターの群れが、まるで黒い雨雲のように追いかけてきており、次々と攻撃を仕掛けてきていた。

「私には、ブレイブみたく走りながら自分の仕事をするのは無理だよ。魔法の詠唱には時間がかかるし、集中力も必要なの」

 秋留の言っている「自分の仕事」とは何の事だろう。やはり秋留には、俺がカリューの銭袋を拝借したのがバレているのだろうか。

 俺達はモンスターの攻撃をかわしつつ、ひたすら全力で走り続けた。秋留の奴隷と化している銀星は、いつの間にか相棒のジェットと秋留の二人を乗せて前方を走っていた。

 赤から自分の髪の色のように青くなってきた顔のカリューと俺は、依然として己の足で大地を踏みしめながら走っている。

 俺達は自分で言うのも照れるが、それなりにレベルの高い熟練したパーティーだ。

 リーダーのカリューは勇者でレベルが四十二、幻想士である秋留は三十六、生前はチェンバー大陸の英雄と噂されていた聖騎士のジェットは五十二もある。ちなみに、俺の職業は盗賊でレベルはパーティーの中でも一番低い。盗賊という職業はレベルが上がり難いのだが、俺の実力もあってか、レベルは三十四だ。

 その熟練したパーティーの中の若い男二人だが、さすがに半日程走り続けていれば、体力も底をついてしまう。

 体力が限界に近づいた頃、周りの空気が一瞬で重くなり始めた。

 前方を見ると、幻想士の秋留が銀星に後ろ向きで座りながら、ロッドを構えて口を動かしていた。

 不安定な体勢の秋留の腰の部分をジェットが後ろから支えている。

 俺は嫉妬した。出来るなら俺がジェットと役を交代したいが、銀星はその主人と秋留以外を乗せようとはしない。あのエロ馬が……。

 思考が反れた俺は必死に現実に頭を切り替え、隣を走るカリューへ注意を促した。

「お、おい、カリュー! 秋留が魔法を使うぞ! ここを走っていたら危ない!」

「ぜぇ、ぜぇ……」

 カリューは何も答えずに首を縦に二回振った。そろそろ、カリューも限界だろう。

 俺とカリューは銀星の隣まで最後の力を振り絞って走り、秋留の放つ魔法の射程範囲に入らないようにした。

 その瞬間、秋留は眼を見開きロッドを後方のモンスターの群れにかざして叫んだ。

「業火の身体を持ち煉獄の心を抱く者よ。灼熱の息吹を知らぬ哀れな者達を、汝の舞で焼き崩せ。コロナバーニング!」

 その言葉と共に、秋留がかざしたロッドの前方の空間が歪んだ。

 ロッド前方の景色が、透明な池を覗いたようにユラユラと揺れたかと思うと、突然、眼を覆いたくなるような大量の熱風が噴出してきた。

 あまりの高温のためか赤く見えるその熱風は、轟音と共に後方から追いかけて来ていたモンスターの群れを容赦なく襲った。

 銀星の隣を走り、魔法の効果範囲からは外れているはずだが、秋留の放った魔法の威力は伝わってくる。

 後方からは熱風を浴びた大量のモンスターの叫び声が聞こえて来たが、俺はその断末魔を上げているモンスターの姿を確認する事なく走り続けた。

 コロナバーニングは、オーブンから出てくる熱気とは比べものにならない位の熱風を、広範囲の対象目掛けて放つ強力な魔法だ。

 レベルの低いモンスターなら一発で全身をドロドロのスープのように溶かしてしまう。

 強いモンスターなら熱風にもある程度耐えられるかもしれないが、その熱さで身体中焼け焦げてしまい、暫く動く事は出来なくなるだろう。

 そのモンスターが焼け崩れる姿や、その時の臭いときたら強烈で、暫くは飯が喉を通らなくなってしまう。俺がモンスターが崩れ落ちる姿を確認しなかったのは、そのためだ。

 秋留が細身なのは、焼け崩れる光景を見て食欲が湧かないためかもしれない。

 秋留は数々の魔法を使う事が出来るし、バリエーションは職業をも超えてしまう。

 そもそも幻想士は魔法を唱える事は出来ないのだが、秋留は過去に様々な職業に転職して様々な魔法を習得したため、これらの魔法を使う事が出来る。たまたま今の職業が幻想士なだけなのだ。

 俺は魔法についてはあまり詳しくないが、コロナバーニングは魔法使いが使う事が出来る魔法と聞いている。

「お二方、後少しで森を抜けますぞ!」

 ジェットが銀星に乗りながら叫んだ。

 森を抜けた所で何の解決にもならない事は分かっていたが、何かが変わる事を期待していた。

 秋留の魔法でも全てのモンスターを追っ払う事は出来ず、俺達は未だに獣の群れに追われていた。

 中には顔の半分が焼けただれ、シューシューと煙を立たせながら追っかけて来ている根性のあるモンスターも混じっており、迫力的には以前を上回っている。

 暫く走った後、ジェットが言った通りに突然、森を抜けた。

 空は変わらず雲一つ無い晴天だった。

「あ、あいつら、まだ追ってきてる! しつこいなぁ!」

 秋留が後方を見ながら悪態を吐いた。

 いよいよ体力の限界だ。カリューは最早、ジェットの死人としての肌の白さと並ぶ程の蒼白な顔をしていた。

 それから十分位走っただろうか。突然、秋留が笑い出した。

「あはははは! あんたたち、ばっかみたい!」

 俺とカリューは全速力で走りながら、必死に秋留の放つ言葉の意味を捉えようとした。

「カリュー殿、ブレイブ殿、後ろを見てみなさい」

 ジェットに言われ、尚も全速力で走りながら後方を振り返った。

 そこには、土煙を巻き上げながら追いかけて来ているモンスターの群れはなく、一面に美しい草原が広がっていた。

 どうやらモンスターの群れは森の外までは追いかけて来なかったようだ。

 そうすると、森を出てすぐに秋留が言ったあの台詞は……。

 (はめられた……)

 俺は既に声を出して悪態を吐く程の体力も残ってなく、その場に倒れた。

 薄れ行く意識の中で、カリューの魂が天に上っていくのが見えた気がした……。



 意識を失ってから、どれ位が経っただろうか。

 俺は揺れる銀星の背中で眼を覚ました。

 全速力で走り続け、酸欠状態になったためだと思うが、頭が朦朧としている。

 俺は記憶をさかのぼり、数え切れない程のモンスターに好かれ、森の中を全速力で走り抜ける事となった発端を思い出そうとした。

 あれは、今から一ヶ月程前の春の暖かな日に起きた事件だった……。

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