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虚弱巫女の健康日誌  作者: のな
エルフ暗躍? 編
96/97

第96話 まだ無事です。たぶん…

「シャルが私を忘れた…」


 地面に両手をつき、ガクリと項垂れる私の横では、なぜかシニヨンがばたりと倒れ、腰の辺りをさすりながら転がっている。


「私の傷心中にころがっとる場合か!」

「お前が俺の腰骨を破壊しかけたんだろうが!」


 はて、そんなことをこの非力で軟弱なこの私がしただろうか? いや、記憶にないな…。

 チラリとオリビアに確認のための視線をやれば、オリビアはただ静かにコクリと肯いた。

 うむ。どうやら何かしたらしい。


「失恋パワーとは恐ろしい物なのだな…。記憶にすら残らんとは」


 腕を組んでうんうんと頷きながら呟けば、脳天にビシリと手刀を喰らい、今度は私が頭を押さえて(うめ)く羽目になってしまった。

 もちろん手刀の犯人はシニヨンだ。いつの間に起き上がったんだ…。


「冗談はさておき」

「冗談でしたか我が君?」

「…かなり本気だったろ」


 オリビアとシニヨンの2名に突っ込まれたが、そこは聞こえなかったフリをし、私達のコントじみたやりとりを笑って見ていたアニトラに、真剣な表情で向き合った。

 今度は茶化さないで話を聞きますよ。


「竜は、知能を持っていた以前の姿には戻れないということだろうか?」


 真剣に聞く私の精神状態は、失恋かも知れないと嘆く乙女の心から、リューク時代と同じ感情に蓋をした為政者へと戻る。

 かつての記憶があるのはこういう時助かる。

 何も知らないただの小娘の様にじたばたと泣いて喚いても、先には進まない。それならば、一時感情を捨てて先を見据え、行動に移すことで生まれる道もあると知っているからだ。

 泣くのはそれからでよい。


 そんな私の心を読み取ったのか、アニトラは一瞬憐みのような視線をこちらに向けたが、本当に一瞬であった。その後は、何かを受け止めるかのように表情を変え、答えた。


「先のことはわからねぇ。戻るかどうかもな。考えるべきは、獣の状態に戻っちまった今、他の竜達も同じ状態にあるというこった。それがどういうことなのかはわかるだろう?」


 最強種に分類される竜が、その知性を無くして大暴れしている。


「王都が更地になる…てこと…」

「は!? なんで王都が!?」


 私の呟いた答えに、シニヨンがぎょっと目を見開く。

 旅に出ていた彼は、現在の王都に竜王達が集っているということを知らないのだ。そこに補足を入れたのはオリビアである。


「ルゼ様と陛下の婚約と結婚の儀式を見届ける為に、竜王の名を冠する竜族の方々が王都にお集まりだったのです」


 婚約してすぐにこの状態だけどね…。


 思わず胸の痛みがぶり返して、台車の上に乗り、体育座りで暗転スポットを浴びる。

 感情に蓋を…、なんて恰好いいことを言っても、このルゼの心はまだまだ経験値が足りないらしく、ふとしたことで感情が駄々漏れになるようだ。


「こ…婚約…。この年で婚約…」


 そして、なぜかその暗転スポットの反対側で、シニヨンが地面に両手両膝をついて項垂れ、同じく暗転スポットを浴びていた。

 

 なんでだ…。


「あ~。何だ、そこの…えぇと、妖怪兄妹?」


 アニトラが呆れながら声を掛け、それに対して私とシニヨンがクワっと目を見開いて叫んだ。


「「誰が妖怪かっ!」」

「さすがは共に育っただけありますね。息ピッタリです」


 嬉しくない。

 複雑な気持ちを抱きながらも私達が復活すると、アニトラがそれで? とばかりに私を見つめてきた。

 

 王都では集まった竜族の…それも竜王クラスの知性を失った獣が大暴れしているはずだ。本来ならば戦える者はすぐさま引き返し、彼等を眠らせるなりなんなりしなくてはならないだろう。

 

 私は空を見上げ、世界に満ちる魔力の流れを読み取る。

 

 確かに通常の人間が魔法を使えば、暴走や自爆を引き起こすような魔力の乱れだ。だが、魔道に長けたリュークの記憶と経験からいえば、かなり負担はかかるが、この状態でもなんとか魔法は使えると思う。

 

 オリビアもかつては魔道王国に住まう軍人。それも長を長年務めた記憶と経験がある。

 体の大きさや使い勝手が多少違っても、竜を相手にできるだけの魔法が使えるのではないかと思う。


「我々が王都へ引き返すべきですね」


 オリビアの出した答えに、アニトラは目を細める。間違ってはいないが、望む答えではないということか。

 そんな彼を見た後、私はすっと冷たい空気を吸い込んだ。


「世界樹の元まで案内してほしい」


 その言葉に、オリビアは驚いたようで、こちらをじっと見つめてくる。

 

「ほぅ? 俺なら案内できると? しかし、できたとしてそれでいいのかい? 今から王都に戻れば、なんとか竜王達の破壊も防げると思うんだがなぁ?」


 そう告げるアニトラの目は面白そうにキラキラと輝き、私を見つめてくる。彼の望む答えだったらしい。

 私はそんな彼ににやりと微笑んで立ち上がり、右手の親指を立てて前に突き出した。


「王都には、新しく王としてたったルドヴィークや、その騎士ナハルジーク、それに竜王とも張りあおうとする執事のグラハムさんに、フラウの孫である竜人のイマネア。さらには共に鍛え抜いたカレン、ティナ、ベアトリスにアリスという気概ある貴族の娘達。さらには孤児院の兄弟達やヘル爺と言った頼もしい仲間がいる。きっと大丈夫!」


 いい笑顔を浮かべ、決まった! と心の中でも笑みを浮かべたところで、オリビアがぼそりと告げる。


「わが君がいなくても大丈夫…、と。昔言っていた死亡フラグなるものに聞こえますね」

「不吉なこと言うな!」


 人がここぞと決めた時に!

 

「あ」

「あ」

「あぁ…」


 オリビア、シニヨン、アニトラがこちらを見て口を開け、私ははっと我に返った。

 ぐらりと傾く視界…いや、動いたのは視界の方ではなく、足元の…。


「台車の上だった! うぐほぉ!」


 私の立つ台車が動いたことにより、私の体はバランスを崩してそのまま地面へとめり込むのだった…。


 お、お約束なのか…。がくり。

 

―――――――――――――――――――



 その頃の王都では…


 竜化し、大暴れする竜達相手に奮闘する騎士団と、王としてたったルドが奮闘する。

 しかし、やはり最強種相手に苦戦し、ケガをする者が続出で、いまだ死人が出ていないのが不思議なくらいだった。


 そんな中、空から声が響き渡る。


「お怒り、リミットブレイクにゃー!」


 どこから現れたのか、空からふわりと城の中庭に降り立った黒髪のメイド『黒猫』の肩からひょいっと飛び降り、空中でくるるんっと回転した黒い体毛に翠の瞳のにゃんこが、地面に降り立つと同時に黒髪、翠の瞳の幼女メイドに変化する。


 そして、彼女が空に向かって手を翳すと、雪でも降り出しそうな空から、赤いハンマーのようなモノが降ってきた。


「な、何したの。僕のお嫁さんっ?」

「嫁じゃないニャー!」


 ピコピコピコピコピコピコピコピコ…にゃはぁん。


 城に響き渡るのは、軽快なピコハンの音…と、たまに怪しい音。

 それに打たれる竜は気絶する者、なぜかもっと暴れ出すもの、盛りが付いた猫の様にうにゃうにゃ言い出すものと効果がさまざまである。

 ちなみに、騎士にもそれらは当たり、同様の効果が出ている。

 

「助かるけど、無差別なのか…。と、それはともかくっ! 黒猫ちゃんっ。他の裏子猫隊は!? 竜を何とかしてくれるの!?」


 ピコハンを避けながら尋ねるルドに、黒猫はにっこりと微笑を浮かべる。


「大丈夫です。この国に住まう幼女には指一本触れさせません!」

「幼女限定!? しかも答えになってないような!?」

「あ、それと。今はルゼ様のお顔を拭くタオルを取りに来ただけですので、あとでもう一度参りますわ」

「後!? タオルって、フラウの屋敷にもあったよね!?」


 驚くルドに、黒猫は悲しげな表情を浮かべて呟く。


「ネムクマ様による『張り切り素適なお洗濯・バージョン1』で、全滅いたしました」

「洗濯で何が!?」

「ですので、今は…あら?」


 その時、黒猫の胸元がパカリと開き、その胸の谷間から小さなパンダがにょきにょきと生えて…ではなく、抜け出て、その厚みのある胸の上に立ち、すぅっと息を吸い込んだ。


「あえて言おう!」

「何を!?」


 小さなパンダ・ちびくまの視線の先には、ピコハンに逆上した竜の一頭が飛び掛かってこようとしている姿がある。

 竜の飛び掛かる先はルド達の立つその場所。

 はっきりって万事休すだ。


 しかし、ちびくまは腰に手を当て、お口をあんぐりと開けると、もう一度息を大きく吸い込んだ後、もう駄目だと身構えたルドの目の前で巨大な光線を口から吐き出したのだ!


「えぇぇぇぇぇ!?」


 グオォォォォォォン!


 光線に打たれ、叫び声とともに地響きを立てて地面に落ちる竜。その体からは湯気が上がり、生きているのかと思わず不安になってしまう。

 一方、全て吐き出した手のひらサイズの小さなパンダ・ちびくまは、再び黒猫の胸の谷間にぎゅむぎゅむと足から入っていく。


「以上。消化不良でした」


 にぱっと微笑んでそのまま胸の谷間へ消え、黒猫は胸元を元に戻した。


「…あれ、吐瀉(としゃ)物なの!?」

「裏子猫隊。2万の謎の一つですわ」

「2万もあるの!?」

「さぁ、どうでしょう。うふふふふふ」


 ルドの混乱は竜が暴れ出す前よりも強まったが、まだ、王都は無事なようである・・・・。


 


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