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虚弱巫女の健康日誌  作者: のな
エルフ暗躍? 編
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第93話 異変の始まり

「アマゾネスの村に温泉があるとは」


 食事の後はお風呂にでも…と、一応敵地かも知れない場所で進められ、風邪にも良いからと温泉に浸かって部屋に戻れば、暖炉の火で暖かくなったリビングで皆思い思いにくつろいでいる所だった。


 油断しすぎじゃないか?


 思わず遠い目になったが、ご飯の味はともかく、お腹もいっぱいになったし、体もいい具合に暖まって、すっかり和みムードなのは私も同じである。


「ルゼ、おいで」


 ロングソファに座るシャルに呼ばれて駆け寄ると、シャルは私の濡れた髪に両手を差し込み、ふわりと柔らかな風を吹き出し、一瞬で乾かす。

 さすがは紅竜。何の呪文も魔力の出力もほとんど感じさせず、息をするかのようにやってのけてしまった。しかも、その後触れてくるシャルの掌が、魔法を使った影響かぬくぬくと温かい。

 

 天然湯たんぽ~。


 ほわほわする手に頬を当て、猫のようにすり寄ると、そのまますっぽりとシャルの腕の中に包まれる。その腕の中も先程の魔力のせいでほわほわと温かい。

 思わず自分から抱き着き、ぬくぬくしているうちにそのままうとうとしてしまう。そんな姿を見かねたのか、本を読んでいたフラウが立ち上がり、近づいてきた。


「かつてはアマゾネスであったと言っても、今は旅慣れぬ一人の娘だったね。疲れたんだろう。シャル、ルゼはもう休ませてあげて、我々で少し話をまとめよう」


 頭を撫でるフラウの声をぼんやりと聞きながら、ふわりと体が浮き上がったのを最後に、私の意識はそのまま夢の中へと落ちて行った。


 このまま何事も無く帰れればいいなぁ…などと、甘いことを考えながら。

 こんな平和で暖かな時間が、この時を境に失われるとは思いもよらずに――――








 真夜中――――


『小さい体と言うのも便利なもんだな。花瓶にも隠れられるのか』


 ぼそぼそと人の声がする。


「ちゅー」


 いや…人じゃないかもしれない。


 それはともかく、ほんの少し寒気を覚え、もぞりと体を動かせば、暖かな毛布でぐるぐると巻かれる感触がする。

 何が起きているのかはわからないが、体は毛布でぐるぐる巻きにされているのか縮こまり、あまり身動きが取れずに自然と眉間に皺が寄った。


『まだ起きるなよルゼ。オネェ、他はどうだ?』

「もうっ、オネエさんと呼んで頂戴っ。シニヨンちゃんが動いてるみたいね。フラウとイグニスは酒盛り中。あの二人に手を出そうと言う人はいないでしょうから心配ないわ。あぁ、陛下は現在外で走り込みかしら?」

『なんでだ…』

「夕飯の強壮効果じゃないかしら? 男って悲しいわねぇ」

『…哀れな』


 男達(・・)の声に私の眉間はさらに深まる。

 一人は聞き慣れた声だ。間違いなければリュークであろうと思われるが、もう一人の男性は…口調がオネエだ。 誰かわからず、気になってしまって目を開けようと思ったのだが、なぜか瞼が開かず、体も少ししか動かせず、さらに眉間に皺が寄る。


『オリビア、ルゼは任せる』

「お任せください我が君」


 オリビアが傍にいたらしい。彼女に何が起きているのかと問いかけたいのだが、なぜか声も出ない。

 どうやら何らかの魔法をかけられているらしく、私は感覚でしか状況を知ることができないようである。


 オリビアはそんな私を抱き上げると、そのまま歩き出し、狭苦しい場所に二人で詰めるように入り込み、そのまま息をひそめた。

 狭さと顔に当たる布の感触から言うと…クローゼットだろうか?

 

「ちゅっ」


 ねずみの声に部屋の気配が動く。

 

 バタバタと言う足音は聞こえないまでも、大勢の人間…らしきものが部屋に入り込んだ気配がする。隣では、オリビアが私をがっちりと抱き込み、息を殺して様子を窺っているようだ。

 

 一体何が起きてる…?


「この魂によって、世界樹の傷は修復されるっ!」


 膨れ上がる殺気に私達は息を呑む。




 ガシャアアアン!!




 次の瞬間、部屋の窓ガラスの割れる音と、外の冷気が入り込み、私はブルリと震えた。


「ルゼ!」


 叫んだのはシャルだ。

 先程の声から、おそらく相対しているのは例の自称エルフ達であろう。


「遅かったな火トカゲ! 我等はこの魂の力を持って我等が為した罪を償い、さらには我等が悲願であるお前達をただの獣に変えてくれる!」


 自称エルフの叫び声と共に竜の咆哮が耳を襲い、オリビアが慌てて私の耳を毛布で抑える。しかし、その瞬間、私は息ができずに口を開き、「かはっ」と小さく声を上げた。


 胸が…苦しい!? 


 絶叫を上げ、胸を掻き毟りたくても声は出ず、体は動かず、さらにはそれを押さえるようにオリビアがきつくきつく私を抱きしめる。

 


 グオオオオオオォォォォ――――――!!



 竜体であるシャルの咆哮が空に響き、部屋中に破砕音が響く。それと共に聞こえる自称エルフの哄笑(こうしょう)は、子供のような少し高いモノから、次第に大人の男の声に変化し、再び叫んだ。


「これでトカゲどもはもう人には戻れまい! 我等エルフこそがこの世界を支える要となるのだ!」


 エルフ達の足音が遠ざかると、暴れる竜の何かが当たったのか、私達の隠れる場所の扉が破壊され、私はここでようやく胸の痛みと、体の不自由から解放され、息を吸い込んだ。


「ごほっごほっごほっ!」


 突然の空気に咽こみながらも、にじむ涙をぬぐって目の前の状況を確認することを優先する。そんな私の目に飛び込んできたのは、暴れる巨大な竜だ。

 

 私達はやはり小さなクローゼットの中にいたらしく、咳き込んだ私に気が付いたオリビアが腕の力を抜いてすぐに毛布を取り去った。


「我が君、急いで脱出しましょう」

「先に、何が起きたのか説明せよっ!」


 クローゼットを飛び出し、私達は暴れる竜の尾や爪にやられないよう避けながら動く。

 シャルは私達を認識していない…。

 なぜ!?


「正確にはわかりませんっ。ですが、エルフが仕掛けてくるならば夜のうちかもしれないとリューク様が現れ、我が君は救われたのです」


 オリビアの言葉に、私ははっとして胸元をバシバシと叩く。

 実は例の宝物庫の目録を胸元に隠し持ってきていたのだ。だが、今胸元に隠していた本の感触はない。


「本はっ?」


 慌てて辺りを見回せば、私が眠っていたベッドから、オリビアが剣の突き刺さった本を持ってくる。


「リューク様が念のためにと魂をさらに分割されてルゼ様のふりをなさり、先程刺された姿は確認しました。リューク様はエルフが立ち去るまでは姿を保っておいででしたが、その後は光の粒となって消えております」


 光の粒となって消えた…と言うことは、分割した魂が消滅したということだ。あの胸の痛みは、魂が繋がっているゆえの痛みかも知れない。

 

 オリビアが差し出す本を受けとり、私は剣を思い切り引き抜く。


「…この剣」

「魔剣ですね。この時代にもあったことが驚きですが」


 なるほど、魂が消滅するわけである。


 オリビアの言葉に私は頷き、不用心に捨てられたそれをオリビアに渡した。今の私では剣を振り回すことは不可能だが、こういった武器はいざという時に必要になる。

 今は何より緊急事態だ。


 私は振り返り、暴れて咆哮を上げるシャルを見上げた。


「シャルを元に…」


 しかし、シャルは私達を見るなり、口を開けて噛みつくような動きを見せた。


「!」

「我が君っ!」


 魔法で盾をっ!


 手を前方に差し出すと、まるでそれを遮るように肩を掴まれ、後方に思い切り引っ張られて私は勢いよく尻餅をつく。

 何事かと顔を上げれば、目の前にはフラウの背があり、彼は掌底でシャルの顎を打ち、巨大な竜を仰け反らせた。


「…ここは私が引き受けよう。オリビア、ルゼをお願いしていいかな? エルフにはばれないよう魔法は禁止でね」


 フラウはほんの少し振り返ってにこりと微笑み、私はシャルと彼を見つめ、ぐっと拳を握った。

 どうやら今は私の存在を秘して撤退すべき時らしい。

 

「…フラウ」

「はい」


 これだけは伝えねば!


「…玉括りはしないでね!」

「善処しましょう」


 頷く彼に私は大きく頷き返し、オリビアと顔を合わせると、私達は互いにコクリと頷き合う。


「脱出はこっちよっ!」


 部屋を飛び出すなり響く野太い声。その声のした方向を見れば、ネズミ達がちゅーちゅーと鳴きながら私達を誘導する。


 裏子猫隊だ。いや…猫じゃないけども。

 なんにせよ、彼等は私達が掴んでいない情報を持っている。

 

 今重要なのは、敵であるエルフの動きや、シャルを倒せるであろう技術を持ったアマゾネスの動きだ。

 エルフはシャルを放って行ったところを見ると、こちらは重要じゃないのだろう。今は構わなくていいはずだ。

 だが、アマゾネスは?


「アマゾネスは動いてるっ!?」

「それはユメトラちゃんが止めてる」


 隊長ねずみさんの言葉に私はほんの少しホッとすると、自分のできることをっ! と気合を入れなおす。

 体力はないが、逃げ切って見せるっ。

 

「今は撤退あるのみっ!」


 ぐっと拳を握って駆け出そうとした私に、オリビアがトントンと肩を叩いた。 

 気合を入れたところなのに何? と振り向けば…。


「と言うことで…」

「これに乗ってください」


 私の目の前には…準備万端、台車が用意されておりました。

 

 し…シリアス総崩れかっっ。

 私の気合はどこへ…。


 まぁ、走りきる自信は無いので乗りますが…。

 乗るけども! 


「しまらないっっ」


 ねずみ隊に運ばれながら、私はガクリと項垂れるのであった。 

 

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