第86話 悪夢の…
余計な気絶から丸一日。
目を覚ますと、私はこれでもかというくらい重ね着して、転がる以外に動けず、ついでに言うならば腕も上がらないため、首に巻かれたネギのネックレスと、鼻に突っ込まれているネギがはずせない状況だった。
いや…昔から喉が痛くなったり、鼻が詰まったら、ネギの白い部分を軽く焼いて布で巻いて喉に当てろ…とはいうが、まさかバンパイア退治のにんにくヨロシクネックレスのように下げ、あまつさえ緑の部分のねぎを直接鼻に突っ込むとは…。
「どんな愚行だゃ」
鼻が詰まるので発音がおかしい。
まぁ…ねぎのおかげか少しは良いようだが、ネギの筒から鼻水が出やしないかと心配になって啜れば、一緒にネギも吸い込んでしまうため、危険だ。
ナンダコノ状況。
「あ、起きましたね我が君」
「起きまふたよ。でも動けない…」
ベッドの上で直立不動のまま天井を見つめ、着過ぎた服のせいで持ち上がらない腕で、パンパンとベッドの上を叩くことしかできなかった。
だが、そのおかげで部屋にいたらしいオリビアが、私が起きたことに気が付いたようだ。
部屋の状況は、首が動く範囲しか見えないため耳を頼るのだが、暖炉の火の音がするのに部屋の中が寒く、吐く息が白い。
なんで?
「さーぶーいー」
風のせいだけではなさそうなので抗議すれば、オリビアが私の頭の方へと歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「あ、昨日よりは顔色はよさそうですね。寒いのはすみません、外は雪でして」
「雪!?」
ヴァイマール王国の首都ルーヴェンから、それほど遠い北に移動した感じはなかったのだが、雪が降るくらいの北には移動していたようだ。
私は改めてこの領地の位置を知らされて唖然とする。
竜って速いな…。
「それから、部屋がなかなか暖まらないのは氷嚢のせいでしょう」
氷嚢…といえば氷枕のことだ。
だが、私の額には水の入った袋の感触は無く、頭上を仰ぎ見てもその姿は確認できない。
これで寒さが氷嚢のせいだと言われても首を傾げてしまう。
「そちらにはありませんよ」
オリビアはそう言うと、よいしょっと声を上げて私の体を起こした。
重ね着しすぎの着ぶくれ団子の体は前屈することもできないので、ほぼ直立した状態で起こされ、そのままベッドの上に仁王立ちすることになったのだが…。
部屋の状況を見て驚愕の事実を知った!
「ここは氷室かー!?」
部屋の中には、大きな金盥に、巨大なモニュメントのような氷がドンと置かれていたのだ。そして、それが計8個。
それぞれが冷ややかな冷気を出し、暖炉に近い物こそ少し溶けているものの、まだまだ分厚い巨大な塊としてそこに鎮座ましましていた。
「冷えるはずだ…」
暖炉の火でも追いつかない冷気ってどうなんだ。
呆れながら氷を見ていると、オリビアはその氷を見上げながらほぉと白い息を吐いた。
その手には手袋が装着され、コートを着、マフラーまでつけている。
私の着ぶくれ団子よりはましだが、まるで外出着だ。
こんな病人の部屋は無いだろう…。
「これらを作られたのは雪だるまさんでした。そして、これを運ばれたのはフラウ様とシャル様ですよ。お二人とも軽々と片手に一つずつ持たれて…」
片手に一つずつ。
そのせいでこんなに多いのか!?
いや…まぁ、それはともかく、私は氷嚢についてふと気絶する前の事を思い出す。
ほぼ気絶しかけだったので記憶が定かではないのだが、確か氷嚢を用意しないといけないと言っていたのは、あの時部屋に入ってきた細身のおばあさん…。
どこにでもいるような老婆で、確かフラウの奥さんで…。
「アマゾネス…?」
ぽつりと呟くと、オリビアが横でポンッと手を打った。
「そうでした! フラウ様の奥方様アンナ様が、熱が出た時は氷嚢で冷やさねばとおっしゃってご用意したのです」
「…氷嚢で冷やすのは頭ね。部屋りゃないから」
ナゼここにいる者はどいつもこいつもそこの所を訂正しなかったのだ!?
今更になって考えたところで、オリビアもフラウもシャルも、風邪を引くような体質ではないと思い当った。
そうすると、これを容認したあのアマゾネスのアンナも風邪を引く体質ではないということで…。
そう思うと、やはり彼女はアマゾネス…なんだろうか?
アマゾネスと言えば、老人になっても見事な筋肉と、鍛えているおかげかいつまでも若々しく見える体を持つのが特徴だったはずだ。
その特徴がないと判断しづらい。
ぼんやり考えていると、横からオリビアが私の額に手を当てた。
「で、お熱は下がりましたかね?」
「鼻水は出るけど…。それはともかく、この着ぶくれ団子を何とかしてくらはい。ネギも・・てどこいくの?」
鼻がネギクサくなりそうだ。
重ね着しすぎで、服を脱ぐこともできない体をよたよた動かしていると、オリビアはなぜか部屋の隅に置いてあった巨大なリュックサックを背負って近づいてきた。
オリビアの体を押し潰しそうなほどに巨大なリュックサックの脇には、鉄製のコップが2つ3つくっついてカランカランと音を立てているのを見るに、これはまさか…キャンプグッズ…いや、この世界で言うなら冒険グッズだろうか。
オリビアに出会った当初でも、こんな巨大な荷物は見た覚えはないのだけど…、本来旅にはこれぐらいの装備が必要なのだろうか。
ひょっとしたら何か別の目的のためのものかもしれないと尋ねてみる。
「オリビア、それは?」
「森に行くための装備です。どうやら迷いの森のようですので、何があっても良い様に、こうして準備を万端にいたしました。方位磁石もばっちりです」
今迷いの森と言ったばかりなのに、方位磁石は無いだろう…。
そしてこの荷物は、やはり今回の冒険グッズなのか…。
後で荷物の中身を改める必要がある。
「では、準備ができたと報告を! さぁ、ルゼ様参りますよ!」
「いや、待て、いきなり病み上がりを雪空の中に連れて行く気か!?」
「当たり前ですっ。争いの最中に病み上がりも何もなかったでしょう?」
いや…そうなんだけど…。
前世とは違うのだと諭したところで、冒険に目を輝かせるオリビアに話が通じるとは思えず、私は当面必要なことを言うことにした。
「取り敢えず、この着ぶくれを何とかして、旅立てる格好にしたいのだが」
「わかりました。確かに動きにくいと敵に襲われたときに困りますからね」
敵に襲われることが前提らしい。
まぁ、それはおいといて、今は着過ぎでガッチガチの服をようやく引きはがす手伝いを始めてくれたのでほっとする。
最初は自分が手を動かせないので任せ、だんだんと服が減ってくると自分でそれらを脱いでいく。
どうやら下着の上はネグリジェか何かで、その上は丈の長いシャツを何枚も羽織り、その上にコートなどを着ていたらしい。
バッサバッサと勢いよくシャツを脱ぎ捨て、ようやくネグリジェに辿り着いた…。
コンコン
「開いてますよ」
オリビアが答えて、私が着ていたシャツを一枚剥がした。
ガチャリ
「オリビア、ルゼは目が覚め…ぶっっ」
シャルは入室するなり鼻血を拭いて卒倒し、後ろからしずしずと入室した黒猫さんは、実に良い笑顔で服を一式私に差し出した。
その上にはなぜかパンツとブラジャー…。
「まさか…」
ばっと自分の姿を見降ろした私の目に入ったのは、下着皆無ですけすけの紫の生地に黒のレースをあしらった、小悪魔ベビードールであった!
「またかー!!」
悪夢のベビードール再び…。
しかも今回は…スケスケで、裸も見られたようです…。
「・・・・・ごちそう様でした」
黒猫さんがそう言うと、私はがっくりとその場に頽れた。
そんな私のお尻には、リスの尻尾が付いていたとか…。
どこまでやったの黒猫さん…。




