第85話 アマゾネス…?
「うちの館の使用人は皆年老いてしまって、掃除は使う部屋だけしかしていないんだ。だから、人が増えた分、客間をお願いしてもいいかな?」
そう告げたフラウに、一部幼女、一部動物の裏子猫隊は胸をぽふんっと叩いてコックリ頷いた。
「「「まかされよー!」」」
全員同じ動きであったのがまた可愛らしい…。
こうして見ると幼女だが、戦闘になると間違いなく別物になるので油断できない…。
とはいえ、体や背丈は幼女なのだから、そんなに一気に部屋は綺麗にはならないだろうなぁ、とぼんやり思いつつフラウに付いて応接室に向かう途中、なぜかガンッゴンッと大きな音が響き渡ってきた。
「きゃああっ。高級家具が外に!」
「天日干しですよ」
「外は曇りです! そしてその鋏で何を掃除するんですか!」
「えぇと…ナニです」
何やら館に元々いるお年を召したメイドと、例の白熊パンダさんのコントらしき声が聞こえてくるけれど…聞かなかったことにする。
意外と違う意味で部屋が一掃されるかもしれない…。
と恐ろしい考えを浮かべてしまった。
そんな館の様子に、シャルはこめかみを揉みながら、「頭が痛い…」と呟いた。
「この館がこんなに賑やかなのは久しぶりですね」
「賑やか…」
にこにこと微笑ながら先を歩くフラウに、呆れた様な目を向ける彼の友人イグニス。
『これが賑やかで済まされるか?』と叫び出したそうな表情から、その心理に私達は大いに同意して、うんとひとつ大きく肯いた。
そんな私達は、館に着いてすぐにアマゾネスの村に行くのだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
フラウの話によれば、アマゾネスの村は森の奥深くにあり、この館から歩いて半日はかかる場所なのだそうだ。
「準備無しに出かけられませんね」
幼い頃から私に会うまで冒険者をしていたオリビアは心得たもので、必要そうな物を館のメイドさんに行って取り揃えてもらいに只今別行動だ。
余計なものを揃えないことをひたすら祈る…。
私はと言えば、鼻水がいまだ止まらず、だんだん熱っぽくなってきている。
それでも気合を入れてフラウに着いて行っていたが、数分で限界が来て、床ではなく、壁に激突した。
「ふご!」
「ルゼ!?」
驚いたシャルが私を軽々と抱き上げ、フラウが額に手を当てて熱を測り、そこからは黒猫さんが呼ばれ、フラウの行先は急遽客室へと変わったのだった。
「風邪ですな」
館付きの医師の判断に、シャルはほぅっと胸を撫でおろした。
「落ち着きましたかシャル?」
フラウがあえてシャルに尋ねるのは、熱でぼへーとし始める私を見たシャルが、やれ感染症だの、やれアンデッドに変身するだの、やれゾンビになってしまうだのと叫んで慌てたせいだ。
アンデッドとは失礼な!
「あ ぁ、落ち着いた」
シャルは息を吐いた。
ちょっと待て…。
この状況で、私は落ち着きませんよ!
落ち着いたと告げるシャルは、私の横に寝そべって私の頭を撫で続けている。
こんな美形に隣で色気駄々漏れに添い寝され、隙あらば顔中にキスの嵐を降らせようとする、こ…ここここ婚約者を横にして、落ち着ける乙女がいるか!?
いないだろう!
この時の私は、興奮と熱で顔から湯気を出していたと断言できるとも!
「陛下。病人を襲ってはいけません」
冷静な声がシャルを諌める。
おかゆを作り、その横に薬と水を置いたトレイを持って黒猫さんが入室すると、ベッドの横の小さな椅子に腰かけ、食事台を用意してにっこり微笑んだ。
「少しでも何かお腹に入れましょうね。食べさせてあげますから」
私を座らせると、「あ~ん」を始める。
いや…食べられますよ。自分で…。
そう訴えようとしたが、黒猫さんの目が喜びに満ちすぎていて…断れませんでした。
おかゆは体調に合わせて少量で作られていたが、おかゆを食べているのか、黒猫さんと見つめあっているのか、わからないうちに全て食べる事が出来た。
問題はその次である。
「次はお薬です」
お水と、怪しい緑色の、草を丸くしたような丸薬を見て私は顔をしかめた。
これでも昔から病気がちだったため、あらゆる薬を飲んできた。
だが、それらの薬は、今目の前にある丸薬の様におどろおどろしい緑ではないし、鼻が詰まっていても、つんと鼻を刺激する匂いを放ったりはしていなかった。
これは絶対ヘル爺作だ!
断言できる。
「の・・飲めません!」
「では口移しで」
なんか凄まじいこと言われた!
「飲みます!」
黒猫さんはその瞬間にっこりとほほ笑み、私に薬を差し出した。
罠だった!
私がじっと掌の丸薬を見つめていると、遠慮がちに部屋の扉が叩かれ、そろりと品の良さそうな細身のおばあさんが顔を出した。
だが、私はじっと丸薬を見つめ続けて集中しているために気が付かなかった。
「イグニスちゃんに言われてきたの。フラちゃんの捜していた人が見つかったって。どちらのお嬢さん?」
「あぁ、イグニスが伝えに行ってしまったんだね。僕の口から話そうと思っていたのに・・・」
何やら親密な雰囲気の二人は、にこにこと微笑み、フラウはいまだ薬を手に持って格闘している私の元まで、その品のいいおばあさんを連れてきた。
私はその瞬間、ついに覚悟を決めて薬を口に入れ、コップの水ではなく、水差しの水をそのまま飲んで薬を押し流していた。
「こちらがルゼ。私が探していたイリューゼだよ。ルゼ、こちらはアンナ。私の妻で…」
突然始まった紹介にようやく気が付いた私は、水差しから口を離そうとして・・。
「アマゾネスだよ」
「アマっ…うごふぅ!」
その瞬間、胃からせり上がってきた強烈な香りと、ヘル爺の薬特有の『病気は寝て(気絶して)治せ!』の効果が発動し、私は挨拶する間もなく、水を吹き出し、そのままガクリとベッドに白目を剥いて倒れたのだった。
「あらあら、風邪がひどいのね。氷嚢を造らなくちゃ。旦那様、氷を持ってくださる? 最近めっきり重い物が持てなくて…」
そんな会話を、気絶する瞬間耳にした…。
アマゾネスよ…筋肉はどこへ行った…。
と言う突込みは、発することなく胸の中に沈んでいったのだった。




