第84話 新たな拠点は領主館
びゅうびゅうと風が唸る。
竜の速さは現代日本の飛行機に匹敵するだろう速さなので、高度のことも考えると背中に乗る者には結界が施されるのだが、それでも…。
「ざぶい・・・」
歯の根が噛み合わず、カチカチと鳴らしながらプルプルと震えているのはなぜか私だけだ。
他の皆は私よりも体脂肪が少なそうなのに、平然としている。
何でだ?
「ぎゃう!」
突然前方で叫び声が聞こえたかと思うと、新緑の黄色の髪をしたユメトラ少年が、黄緑色の地に濃緑の縞模様のトラに変身した。
「打ち上げられた…」
ぼそりと呟き、ばたりと倒れるユメトラは、何やらダメージを受けている。
フラウの説明によると、彼の能力は夢を見て現実と過去を行き来するらしいのだが、その際もう一人の彼が現れて現実を体験するのだという。
ちなみに、そこで受けたダメージは精神ダメージになる。
今現在、彼はそのダメージを受けた状態のようだ。
が、これはこれで今の私には丁度いい。
「もふり湯たんぽ!」
がばっとユメトラを抱きしめ、暖をとった。
ふわふわ毛皮があったかい~。
「暖を取るのは構いませんが、その流れ続ける鼻水を拭かないと、彼に付きますよ」
オリビアの指摘に、気を失っていたのか眠っていたのか判断しかねるユメトラが、びくぅっと目を覚まし、そろそろと上を向いた。
その瞬間、頭にほんの少し鼻水が…。
気のせい気のせい。
一応気付かれぬようコシコシと袖で拭いておき、ユメトラとはにっこり微笑みあっておいた。
しかし、小さなユメトラを抱きしめていても、結局のところ寒さが消えないため、体力と引き換えになるが、結界を張るかどうかで悩む。
「あと少しだよ、ルゼ」
フラウに声をかけられると、私は竜の体の下の景色を覗き込む。
そう言えば少しずつ高度が下がっているようだ。
地形を空から見てもどこにいるのかは全く分からない。だが、急制動がかかると、ようやく目的の場所に付いたのだと気が付いた。
鼻水だーだーです…。
バサバサと翼を動かし、シャルができるだけゆっくりと地上に降りると、私達を降ろす前に即人型をとってしまい、私達は宙に放り出された。
「なんでだーっ」
叫び声をあげて空を見上げれば、ドスリと言う音とともに、シャルに受け止められた。
「ごふっ」
受け止められたとはいえ、背中から落ちたので衝撃があり、咳き込めば、ついでに鼻水もぶびっと出そうになって何とかこらえる。
一部出たけど…。
腕の中のユメトラちゃんは、私の腕から離れると、そのままくるくるくるっと回転し、地面に着地したようだ。
周りの皆はシャルが竜体を解くと同時に着地姿勢に入り、綺麗に着地。
イグニスも全く問題なく地面に降り立っていた。
それはともかく…。
まだ見てませんが、密着するシャルは…裸なのでは?
びくびくしながら、そろりそろりと視線をそちらへ向けて…。
「お待ちしておりました」
なんだか聞き覚えのある声にシャルがビクッと動きを止めたので、私はシャルと反対方向の、声がした方向へと目をやってさすがに唖然とした。
そこにいたのは…。
「黒猫さん!? と、裏子猫隊の皆さん!?」
驚く私に、黒猫さんはにっこりと微笑んで近づき、なぜか彼女の胸元からぴょこりと顔を出した小さなパンダが、私の鼻水を布で拭き取ってくれる。
黒猫さんの胸を足場に、プルプル震えながら手足を伸ばして拭いてくれるので、動けません・・。
そして、黒猫さんの胸の谷間がドアップです。
イリューゼの時はこれくらいあったような…?
今となっては羨ましいぜ畜生。
「あい、完了でございます」
「お疲れ様ですちびくまさん」
黒猫さんはにっこり微笑み、ちびくまと呼ばれた子パンダは、そのままずぼっと胸の谷間に消えて…黒猫さんの胸元を閉じて去った。
あの布をどこへ…。
と思ったのは私だけではないはずだ。
それはともかく!
「なぜここにいる!?」
今の質問は私ではない。
先にシャルに言われてしまった。
黒猫さんはシャルの叫びにはまだ応えず、それよりも先にズボンと服の一揃いをシャルに差し出した。
やっぱり裸族ですか…。
見ませんよ。いつか見るその日まで見ませんとも!
たとえリュークとどちらが大きいか気になっても!
「どうしても皆様が心配で…お願いいたして追ってまいりました」
視線を一生懸命黒猫さんに向ける私の前で、黒猫さんはある方向を指さした。
誰にお願いを? と黒猫さんの指し示す方向へと目をやれば、そこには竜体姿のまま、ぐったりと倒れる黒と白の竜が…。
「ヘルムンド様にお願いして、元気の出る水を飲ませながら参りましたら…陛下達よりも早く着いたようですね」
「……哀れな」
シャルはぽつりと呟き、黒と白の竜は「まったくだ」と告げた後、ガクリと意識を失ったのだった。
ドーピングのしすぎか!
悪魔の商品だね…ヘル爺の健康ジュース。
呆れていると、今度は違う場所で声が上がる。
「恐怖の団体再びっっ!」
背後ではトラ姿のユメトラが両手を頬に当てて悲鳴を上げ、それを見た幼女メイド達が、きらりと目を輝かせていた。
「スイカ柄にゃ」
「小虎だ…。スイカの小虎」
何かを期待してざわめく中、フラウは杖を突きながらそのユメトラを抱きあげ、全員ににっこり微笑んだ。
「メイドさん。せっかくなのでお掃除お願いしてもいいかな? 屋敷は結構汚れていてね」
告げると、幼女メイド達はどこからともなく掃除道具を手に、それらを掲げて頷いた。
「「「任せるにゃー!」」」
約一匹、白黒のパンダが掲げたのは、なぜか掃除道具ではなくて、巨大なハサミだったけれど…。
こうして、私達は辿り着いたフラウの領主館に入ったのだった。




