第83話 案内人
「ルゼ、アマゾネスに会いに行くかい?」
騎士や文官達の哀れすぎる惨状しか目に入らず、全く話を聞いていなかった私は、フラウにそう声をかけられて首を傾げた。
フラウはにっこりとほほ笑みながらも、瞳の中にわずかに暗い色を宿す。
「聞いていなかったのかい?」
「はいっ、すみません!」
思わず背を正して敬礼してしまうのは…生きた年月の差が生み出す威圧のせいだろうか?
それとも昔もこんな風だったかな…。
イリューゼ時代のフラウとの結婚生活はぼんやりとしか思い出せない。
いや…まさか…思い出したくない何かがあるなんてことないよね??
ドキドキしながらも考え事から顔を上げれば、フラウの瞳の中の陰りがさらに深まり、気のせいか負のオーラまでにじみ出ていた!
私、今何かしたっけ!?
「我が君、フラウ様のご質問に答えておりませんよ」
すかさずオリビアのフォローが入った。哀れな子を見るような目で見られたが、そこは気付かなかったことにしよう…。
それよりもフラウの質問だ。
「アマゾネスに会えるの? でも、あの村の人間は」
「うん、滅んでしまったけれど、違う村のアマゾネスは生きているよ。一番新しく迎えた奥さんがアマゾネスなんだよ」
「へぇ…て、アレ? エルフに合うのじゃなくて?」
私はコテリと首を傾げた。
すると、フラウはそんな私に目を細めて微笑み、手招きする。
何事か耳打ちしたいのかと思い、近くに寄ってもまだ手招きするフラウに従って近づくと、フラウはまるで罠にかかった獲物を捕まえるかのように、ギュッと私を抱きしめた。
「フラウ!」
シャルの非難する声が響き、私は目を丸くし、フラウはそんな私の頭を抱きしめながら撫でる。
「イリューゼとの子供ができたらこんな感じだったかなぁ」
イヤイヤイヤイヤ、フラウさん。イリューゼもあなたも髪色が違いますよ。
なんて頓珍漢な事を考えていると、シャルがばりりっと私とフラウを引きはがし、私を膝の上に乗せて座った。
ふんっと鼻息荒く座り、フラウを睨みつけるシャルに、フラウは「ふふっ」と声を出して笑う。
「老人のおちゃめだよシャル」
「どこがおちゃめだっ。嫌がらせ大王が」
「「「そうだそうだー」」」
意外なところからもシャルへの後押しが聞こえて振り返れば、騎士達がコクコクと肯いていた。
もちろん筆頭はルドだ。
「そこは黙りなさい」
ぴしっとフラウが言い渡すと、全員が黙り込み、何事も無かったかのように仕事を再開する。
変わり身早いな…。
「ルゼ、ルドと子猫隊は、その命を守るためにこのフラウに預けていたんだ」
シャルの説明に対し、逆に命の危機だった! と叫ぶのはルドだ。
すぐに鎌を構えたメイドに黙らされてしまったが…。
「話を戻そう。ルゼ、フラウの妻だが、もともと森に隠れ住んでいて、長老だけはエルフと交流があったらしいんだ」
「共存していたの?」
「おそらく」
フラウの領地はここよりずっと北の方にあり、そこには深い森があるという。
フラウとその奥さんはその森で出会い、逢瀬を重ねるうちに愛が芽生え、やがてアマゾネスの村に招かれるようになったそうだ。
そしてフラウは村人に認められて受け入れられ…。
まぁ、そこはもちろんフラウとアマゾネスの間で何らかの戦闘行為があったとは思うのだが、とにかく、結構な月日がかかったのではないかと思う。
説明という名の惚気を聞かされた後、砂を吐きそうになりながらも、なんとか頭の中でそんなことを考えると、私は根本的な問題を口にした。
「いきなり行ってもアマゾネスに叩き出されるか、狩られると思うのだけど」
フラウでも時間がかかったのに、突然行った私達では姿を見せてくれるかどうかも怪しい…。
「それは問題ないかな…」
フラウは告げると、にっこり微笑んだ。
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「ほらおきねぇか、ユメトラ!」
気風のいいトラの獣人がココンッという音を立て、煙管で叩いた頭の主は、眠そうに…いや、半分以上眠りながら頭をゆらゆらと揺らす同じくトラの獣人の、フラウ曰く『少年』だった。
「むにゃ…」
パチリと目が覚めた一見するに美少女な少年は、私、オリビア、そしてその後ろに控える黒猫さんを始めとする幼女メイド達を見てクワっと目を開く。
「目が覚めなかったら冷たいのをお見舞いしようと思いました」
そう言ってにこっと微笑むのは着物ベースのメイド服に身を包んだ、茶色い髪にアイスブルーの瞳の、馴染みのない幼女メイドだ。
誰だろうと首を傾げれば、少年がぎょっとさらに目を大きく見開く。
「雪だるまちゃんが人間の姿に! それに恐怖の彼女達が何でここに勢ぞろいっっ!? これ夢!? 夢だよね?」
「現実に決まってるだろうが。まぁだ寝ぼけてんのかっ」
トラの獣人が呆れたように告げる。
すると、少年は頭を抱えて叫んだ。
「ついにあれが正夢にー! 鼻血の海に沈む日は近い…」
「また変な夢でも見やがったな…」
フラウの紹介で紹介された二人のうち一人、トラの獣人さんはフラウの昔からの友人で花火師だそうだ。
「訳合ってまだ名乗れねぇが、今は花火師と呼んでおくんなさい」
夜会時に空に上がった見事な花火は、この花火師さんの手によるものだったらしい。
歳や性別が判断できにくいのは、何らかの魔法がかかっているせいだろう。
その魔法関係、もろもろの事情で名前も名乗れないのかもしれない。
私は頷いて花火師と握手を交わした。
そして、次に紹介されたユメトラは、油断すると眠りの世界に落ちる変わった体質の少年だ。
彼は花火師の義弟分で、予知夢や夢見の能力を持ち、夢の中で世の中を知る変わり種だそうだ。
そして何よりも、彼には今ここで重要になる見過ごせない能力があるという。
それは…。
「ちょびっとドキドキする」
私は胸を押さえてユメトラを見つめる。
シャルは「何!?」と眉を吊り上げ、フラウと花火師は頷いた。
「イリューゼの記憶のせいかな」
「ユメトラは何故かしらねぇが、アマゾネスに溺愛されるのよ」
「「「溺愛!?」」」
シャル、私、オリビアの声が響いた後、ユメトラがびくぅっと跳ね上がり、花火師を見てものすごい勢いで目を泳がせた。
「ま、まさか…」
花火師はにやりと微笑み、彼の頭をわっしわっしと掴んで回す。
「世界の為に奴等を陥落してきやがれってんだ」
笑う花火師に、真っ青になる少年…。
何とも正反対の姿がなぜか馴染んでいる。
いつもこうなのだとフラウはにっこり笑って頷いていた。
「終わった! 安らかな人生がここで終わった! ここから野獣達と可憐な少年の物語がっっ!」
「はいはい、さぁ、行きますよユメトラ君」
フラウが告げると、何処からかやってきた夜会で出会ったイグニスさんが、黙ってユメトラを抱き上げ、竜体に変わったシャルの背に乗り込んだ。
「ルゼとオリビアさんも行きましょうか」
フラウはそう言うと私達を導き、あれよあれよという間に…。
私達はフラウの領地、アマゾネスとエルフの住む地へと向けて旅立ったのだった。
「身売りされました・・・・」
シャルの背で、しばらく落ち込むユメトラさんを見物しながら・・・・。




