第82話 裏子猫による修行中…
「『よりによってエルフ…』」
私とリュークの声が重なる。
ともに遠い目をして溜息を吐いてしまうのは仕方がない。エルフという種族の性格を思うと、ため息だけでは足らず、できれば逃げ出したいくらいだ。
「エルフ…。幻の一族ですね。大陸統一時には、我が君がお一人で森に挨拶に行ったと思いましたが…本当に存在してたのですか?」
当時のリュークの行動を疑い、首を傾げるオリビアに、私とリュークが眉根を寄せた。
「オリビア、あの忙しい中、存在していない者に挨拶に行くことは無いと思うが…」
「我が君ですから…。あの頃は、時々消える我が君には、森で穴を掘って日頃の鬱憤を晴らすという性癖があると兵達と共に噂しておりました」
『変な噂を流すな…』
私とリュークはがっくりと項垂れた。
道理でエルフを訪ねに行った後、兵達が微妙な顔をして目を逸らすはずだ。
エルフ達の危険から兵達を護るために一人で言ったのに、よもやそのような噂を立てられていたとは…。
全員森に放り込んでやればよかった…。
それはともかく、エルフとなると…。
「この国にいる?」
私の質問にシャルは首を横に振って答えた。
まぁ、たとえいたとしても、隠れ住むのが得意な種族なので、そう簡単に見つかるようなへまはしないか…。
エルフと言えば竜嫌いだし。
『俺の知ってるエルフは、もうとっくに死んでいるだろうから紹介できないしな』
リュークも告げる。
彼の知っているエルフはもちろん私も知っている。
エルフの中でも変わり者で、人間や竜とも交流を持っていた。 それゆえにエルフからは忌避されていたが。
「あとは、いないと思うけど…可能性で言うなら彼の子孫とか」
自分で言っておいてなんだが、無いな…と首を振ってしまう。
あのエルフに子孫! 天変地異でも起きない限りないだろうという気がする。
「子孫ですか…。それなら、フラウ様に聞くのはいかがでしょう」
黒猫ちゃんの提案に、私達は目を丸くした。
そう言えば、この国には歴史そのものとも言っていい人間が一人いるではないか!
アマゾネスの嫁を取り、かつてはイリューゼの夫としてエルフに紹介もした男だ。
何かしら情報はあるはず!
「あぁ、エルフなら私の領地にいるよ」
ルドの執務室で、優雅に紅茶を飲んでいるのは白髪に瑠璃色の瞳をした細身に見えるが、その実筋肉質な男性、フレイ・ディバールことフラウである。
「本当かっ」
シャルは目を輝かせてフラウの言葉に飛びついた。
そんなマイペースなシャルとフラウを横目に、私とオリビアはひどく居心地が悪く、来客用のソファに何度も座り直してしまう。
「お二人もお茶をどうぞ。メイドや執事ほどうまくはないが…」
そう言ってお茶を煎れてくれるのは、ひらひらのペチコートを履いたミニスカートのメイド服に身を包む…。
脛毛の目立つ何ともごつい騎士だ。
筋肉の付いた太い太腿が、別の意味で艶めかしいのだが、シャル達は気にならないのだろうか…。
チラリとシャルとフラウを横目で確認するが、彼等はエルフの情報交換を淡々と続けている。
「砂糖は付けますか?」
「「いりません」」
私とオリビアは、騎士の手の大きさのせいで小さく見えるティーカップに目をやった後、首を横にぶんぶんと振り、スカートの裾がふわりと浮かんで見えそうで見えないメイド服を着た騎士の姿にだらだらと冷や汗を流した。
い、一体何があってこんなことに??
「あれは修行しているにゃわん」
突然テーブルの上から声がして下を向けば、そこには黒い猫ぐるみを着た小さなコーギー犬が、黒猫さんが用意したらしいバームクーヘンに顔を突っ込んでがふがふと食べながら状況説明をはじめてくれる。
「修行ですか? どんな?」
「ん~。メイド服を着ることでバランスのいい体の動かし方と、無駄のない動きを習得するにゃわん。その名も、銀猫ちゃんのトレイ流だにゃわん」
「トレイ流! メイド服でないと駄目でしょうか・・」
やる気かオリビア・・。
「そうなのか…。じゃあ、えぇと、ルド達が厚着なのはどうして?」
よく見れば、文官達は真冬用のコートを着て動き回っている。
今の季節は特に暑いわけでも寒いわけでもなく、快適なはずなのだが…。
「それは集中力を高める為です」
スッとテーブルの上にさらにお菓子を追加したのは、銀色の髪のミニスカートの幼女メイドさんだ。
おそらく彼女が銀猫さんだろう
「集中力の欠けた文官をあちらのシーにゃんが攻撃いたします」
そう言ってメイドさんが指し示したのは吹雪をピンポイントで吐く雪だるまだ。
さらにその隣には、ルドの首筋に死神の鎌のようなモノを突き付けて、微動だにしない白髪の少女の姿が…。
「あ、あれは?」
「あれも集中力を高めるにゃわん。任せてにゃわん。この修行で、必ずや全員使い物にして見せるにゃわん」
一体何の修行ですか!?
と聞きたくなったこの時の私の頭から、エルフという3文字が消えていたことは間違いない・・・。




