第80話 手掛かりを求めて
無事…いや、最後にはグラハムと蒼竜の真剣勝負が始まりかけて皆で止めたり、アリスの傍にいて彼女を護っていた男が実は変装した黒猫さんだというのが発覚して、(シャルが言うには)もろもろの悪事を止めたり、バタバタしたものの、夜会は終わり、私もお披露目が終了してほっと息をつくと同時に、台車で運ばれる事となった。
「最後まで締まらないのがルゼよね」
神殿で出迎えたサーシャがそう言った。
最後まで・・までってどういうことだ? いつもは締まるだろう!? と思ったものの、化粧を落として着替えた後は疲労困憊でベッドに沈んでしまい、そこは突っ込めなかったのが残念だ。
翌朝…
「まだ婚約期間なだけですから、おかしなことをしないように。世の中には破棄という言葉もありますので」
「恐ろしいことを言うな、黒猫っ」
ベッドの中で微睡んでいると、聞こえてきた声は黒猫さんと…シャル?
疲労のせいか、なかなか目が開かず、寝返りを打つと、ふんわりした枕の感触に気持ち良くなって、再び眠りに引きずり込まれそうになる。
すると、ベッドの片側がわずかに沈み込み、ふわりと優しく髪を撫でられる。
「んぬ~っ」
オリビアかと思い、起こすなとばかりにべしべしと手を叩けば、少し骨ばって大きなそれに違和感を感じて、ゆっくりと目を開いた。
「んあ?」
寝ぼけながらも一生懸命目を開けば、麗しい顔立ちの、赤い髪をした男性が私を見下ろしている…。
「おはようルゼ。体の調子はどうだ?」
ベタ甘な恋人達の朝ちゅん後のようなセリフだ…。
ぼんやりと思いながら体を上向けると、額の髪を除けられて、そっと額に口づけられる。
朝ちゅん…?
いやいやいやいや・・・そんな記憶は無いぞ。
パチッと目を覚まし、ぐっと体を起こすと、私の横に座って蕩けるように微笑むシャルを確認し、そのまま前のめりにベッドに沈み込んだ。
起き上がり小法師でなくて、沈む小法師か…?
低血圧だったよ…私。
「大丈夫か?」
そっと体を支えられて、背中に枕を置かれると、ようやく体のバランスが取れて体を起こすことができた。
まだ頭はぼうっとしているが…。
「シャル? 朝から神殿に来るのは久しぶりだね」
いつものシャルは朝から政務に忙しく、神殿に赴くのは仕事がある場合の時のみだ。
だが今日は、簡単なシャツにズボンといったほとんど見ないようなラフな姿で、私の横に腰掛けていた。
「ルドの手伝いなら少ししてきた。今日はルゼと過ごそうと思ってな」
そう言いながらシャルは私の頭を撫で、頬にキスをし、私が驚きでアワアワしているのをいいことに、おまけに首筋をちゅっと吸い上げた。
「ぎゃあああ!」
「我が君!?」
悲鳴を上げたことで、オリビアが扉を蹴破る勢いで飛び込んできた。
その後ろには、ご飯の乗ったトレイを頭に乗せて運ぶ猫耳幼女メイドが、尻尾をぼんぼんに膨らませた状態で続く。
「何事にゃっ? 敵かにゃっ?」
きょろきょろあたりを見回す彼等に、私は震える声で訴えた。
「あ…朝から吸われた…」
首筋を押さえて顔を真っ赤にして訴えると、オリビアは「あぁ」と腐ったモノでも見るかのようにこちらを見た後、それでリアクションを終えて「おはようございます」といつものように挨拶をした。
「反応薄っ!」
もっと何か言ってほしかったのにっ!
そして、その腐ったものを見るかのような目はヤメロ…。
「婚約者同士なのですから多少齧られたところでどうということも無いでしょう」
「そうにゃー。結婚したら子作りもするのにゃー」
「仔猫、子作りはまだまだ先なのだ。あまり煽るな」
シャルはにこやかに私を見つめ、仔猫と呼ばれたメイドは、呆れたようにため息をついた。
「煽ってないにゃ。それに、ルゼは幼いにゃ。まだまだ手出ししたらイカンのにゃー」
腰に手を当て、ふんっと胸を張って尻尾をぶんっと揺らす仔猫メイドはシャルのオカンのような貫禄がある。
一体彼等の本当の年齢は…?
シャルもそんな仔猫メイドを嫌がる様子は無く、まるで自分の子供を見つめるように、慈愛に満ちた和やかな目をしている。
猫の種族なだけに…猫かわいがり中??
猫メイドさんと言えば、他にも数人…。
「あ、そう言えばいつものメイドさんがいない」
周りを見れば、昨日は身の回りの手伝いをしてくれた銀色の髪と、白い髪と、おかっぱ頭の幼女の姿がない。
その代わりに、今は目の前の仔猫さんと、黒猫さんが部屋の中を出たり入ったりしている。
「いつものメイド達はルドヴィークの補佐を任せてきた。仔猫はルドに追われているからな」
「追われてる?」
私が首を傾げると、オリビアが答える。
「どうやらルドヴィーク様が嫁にと願っているのはこちらの仔猫様だそうです。姿を見るなり、ものすごい勢いで飛びついて追い回し始めたので、先程黒猫さんがルド様を執務室に縛ってきたところです」
「執務をさぼれば一本ずつ毛が抜ける呪いをかけておきました」
黒猫さんは誇らしげに答えた。
な・・なるほど、仔猫はルドの前に出しては危険ということか…。
どれほどの毛が抜けるかは考えないようにする…。
私が納得するのを見た後、仔猫は朝食の準備をし終えて、黒猫さんと壁際に控えた。
黒猫さん以外のメイド達が幼女の姿をしているのは種族的なモノだろうか? 皆獣人のように思えるけれど…。
そんなことを思いながら朝食をとっていると、オリビアが私のベッドのすぐ傍に、昨日の夜頼んだものを置いてくれる。
「ルゼ、それは…」
シャルもそれを見て訝しげに眼を細め、私は真剣な表情で頷いた。
「リュークの記憶が宿った宝物庫の目録。ちょっとした場所に隠しておいたのだけど、必要になって持ってきてもらったの」
「何故?」
シャルは首を傾げる。
この目録は、ルドの父の様にマニアが見れば喉から手が出るような代物だが、そんな彼等が手にしても、ただの薄い本でしかない。
不思議なのは、内容が小説になったり辞典になったりするぐらいの魔法の本というだけで、何の役にも立たないが、私が望めばリュークが現れる。
「シャルはフラウとその友達のイグニスさんが追っているモノを知っているでしょう?」
シャルはこの質問にしばし逡巡した後、頷いた。
「確か、フラウは消えた妻の事を探していると一度聞いたことがある。人の記憶から消えたとも」
私は頷いて本を見つめた。
「何か、手掛かりがあるかもしれないと思って」
「目録に? それともリュークの方か?」
「両方。実を言えば、オリビアの持つアンセルの記憶も、私の持つリュークの記憶も完全じゃないの。だから、ここに何かないか調べたい」
私は目録をじっと見つめた。
昔は、人が記憶から消えるなどという話は聞いたことがなかったので何もしていなかったが、ひょっとしたら、この頃のリュークの記憶の片隅に何かそう言った事件があるかもしれない。
なければ…。
「だが、雲をつかむような話だぞ。何が関わっているのかわからない」
シャルの言葉に私は頷くと、たった一つ、気になる手がかりのような物を口にした。
「だから、反魔法勢力を調べたい」
私はそう告げると、口にしたゆで卵を喉に詰まらせ、ごふぅっ! と咽た…。
サーシャ、君の言うとおりだ…せっかく格好良く決めたつもりだったのに、最後まで締まらなかったよ…。




