第79話 今も…
「東西とうざーい。鎮魂、祝福何でもござれの花火師ここに見参!」
城の屋根の上でトラの尻尾をゆらりと揺らし、煙管の火を花火の筒に落として花火をあげる花火師の声は、城の貴族達の元には届かないけれど、夜空に花を咲かせていく。
「無理言ってすまないね」
花火師以外は誰もいない城の屋根にひょいっと上がってきたのは、身のこなしが動物のように滑らかな男、フラウである。
全盛期にはその身体能力は神かとまで言われた男は、昔一度だけポカをやって足を引きずるようになってしまった。
とはいえ、杖をついても、足を引きずってもその強さは健在だが。
そんな彼と友人である獣人のトラは、カンッと小気味良い音を立てて筒に火を放り込むと、10連発の花火をあげてにやりと笑った。
「随分すっきりした顔をしてるじゃないか」
フラウは友人に向けてにこりと微笑む。
「探し物が見つかったからかな」
「探し物…。へぇ…まさか、イリューゼ?」
フラウの友人達は、皆夢物語のようなフラウの話を信じ、時折アマゾネス・イリューゼの行方について探してくれていた。
イグニスの様に研究まで始める者は稀だが、特異な事象に興味を持っている友人は数多くいる。
獣人のトラはどちらかと言えば長生きで、長生きゆえにフラウの本当の苦悩と、イリューゼの手掛かりを掴むことが、雲をつかむ様なモノだとよく知っている数少ない友人であった。
フラウはそんなトラの友人ににこやかに頷くと、屋根の上に座って、空の花を見上げる。
「生まれ変わっていてくれました。これほど嬉しいことはない」
ルゼには親友からイリューゼの死を聞き出したと言ったが、実際はイリューゼが落ちる瞬間を目の当たりにしたのだ。
間に合わず、助けられず…その痛みを思い出したくなくて、そのことは言えなかった。
親友に落とされたその真相も、当日は問い詰める気力も無くイリューゼを埋め、翌日になってようやく親友だった女性を問い詰めたが…記憶がなく、手遅れであった。
自分の情けなさを思い出して表情を歪めると、それを遮るようにトラが呟いた。
「よかったなぁ」
友人は静かに微笑む。
しんみりしようと、話込んでいようと、トラの手は動き、花火はあがっていく。
その花火の音が、再び深く闇に沈みそうになるフラウの心を引き戻した。
「でもお前さんの事だから、彼女が同情しないようにワザとおちゃらけたんじゃないのかい?」
「ワザと…ね。妻のことは言ったかな」
(私は大丈夫。だから、あなたは幸せになってください)
生まれ変わった彼女が自分を枷に思うようなことが無いよう、ほんの少しお茶らけた部分もあったことは認めよう。
もちろん妻は数人いたし、全員同じように愛しているのも本当だ。
(あなたも含めて…)
だが、そんな思いは、まだ幼く、フラウからすれば生まれたばかりともいえる彼女に言えば枷となるため、言わなかった。
シャルと幸せになって欲しいのも本当だから。
フラウはほんのりと笑みを浮かべる。
あの時、彼女は怒り出し、フラウの胸ぐらをつかんで揺さぶったが、あの怒り方も今では懐かしい。
「不気味な笑いだね。意外と天然なところがあるあんたのことだから、かなり怒らせて楽しんでるってとこかねぇ」
「おや、よくわかるね」
「長い付き合いだ」
「確かに…」
フラウは頷くと、がっくりと項垂れるルゼや、怒る彼女を思いだして、ほぅと息を吐いた。
「私の記憶がそのままで良かった。彼女が本当にここに存在していたんだと、実感できて…よかった」
しみじみと呟く。
トラは笑みを浮かべていたが、そこまで話を聞いたところで、とある予感にはっとした表情でフラウを止めにかかった。
「フラウ! それ以上は口に出さない方が…」
「彼女はシャルの物になってしまうけれど、悔しがる顏や怒る顏はあの頃と変わらず格別に可愛いし、またたくさん見れるからね。これからが楽しみだよ」
トラの友人は、そこでガクリと膝と手を屋根についた。
「お前はそこそこいい男だけど…。天然で残念なんだよ…」
「?」
トラの花火師は、この友人が、若い恋人達をその天然さで振り回さないよう、小さく花火に祈りを込めるのだった…。
(無駄だと思うけど…。頑張れよぉ、竜の旦那ぁ)
空には、美しい大輪の花が咲き乱れるのであった。




