第78話 感動は砕け散るものです
「では、姫巫女を迎える儀式を始めよう」
番宣言が終わるなりそう告げられた。
告げたのは白竜か、それとも黒竜か、どちらかはわからなかったが、この国に早く辿り着いた者の役目でもあるかのように、最初に動いたのは二人である。
いろんな意味でぐったりしていた私は、突然竜達全員が動き出したことに驚き、目を丸くする。
竜達は、裸族であったことなど微塵も感じさせない真剣な表情を浮かべ、神秘性を纏い、ダンスホールの中でぐるりと円を描く位置に立って中央を向いた。
私だけでなく、人間達の多くはこれから何が起こるのかとざわついている。
そんな中、最初に聞こえてきたのは音だった。
リィィィィィィン
高音の鈴の音にも似た様な音が響き渡り、会場に広まる。
黒竜が指をパチリと鳴らすと、会場を明るく照らしていた炎がその勢いを失い、白竜が指をパチリと鳴らすと、赤く燃える炎が生きているかのように炎の帯を作って会場の中央に向けて踊りだす。
「シャル」
何が起きるのかと、隣にいるシャルを見上げれば、シャルの瞳は縦に筋の入った竜の瞳と化しており、気が付けば、彼の体からもあの高い鈴の音のような音が響きだしていた。
「大丈夫だ。何も怖くはない」
ただの儀式だから怖くないよ…と返したいところだが、さすがに盛大に燃え上がる炎の乱舞は、会場を燃やしてしまわないかとひやひやしてしまう。
じっと見つめていると、ホールの中央に竜が三人集まり、炎に手を翳すと、炎が集束し、両手で持てるくらいの水晶玉サイズの透明な殻の中に閉じ込められる。
シャルは私と共にホールの中央に出ると、その水晶のようなモノに手を翳した。
『竜の加護を与えん』
響き渡ったシャルの神語とともに、鈴の音のような音がピタリとやみ、水晶のようなモノがさらに小さく、小指の爪ほどのサイズに変わって、シャルの手から私に差し出される。
恐る恐る手を差し出し、それを持つと、流れ込んできたのは竜の力…。
人が使う魔力とは少し違う特殊な力を炎が踊る小さな水晶から感じる。
「竜の魔力?」
「わかるか?」
シャルに顔を覗きこまれ、私は頷いた。
先程炎に見えたものは、竜の魔力を具現化したものだったのだ。
燃えるかも、なんてハラハラしなくてもよかったわけだ。
見たことのない儀式と魔力であったために、内心慌てた自分が恥ずかしい。
「儀式の時はそれらしく派手にするものだからな」
私の心を読んだかのように黒の竜が呟き、白の竜が頷く。
「新しい竜族に加護を与える。これが竜族の最初の儀式だ」
頷く私達の側に、すっと影の様にグラハムが近づくと、銀の細い鎖を乗せたクッションを差し出した。
シャルはその鎖を手にすると、私の手の中にある石を取り、銀の鎖についていた銀細工の小さな籠のような飾りの中にその石をはめ込むと、私の首に、ペンダントとなったそれを付けてくれた。
「人間で言う所の婚約の証というやつだ」
ペンダントが何かを問う前に答えたのは、蒼い髪の竜である。
婚約!
竜の儀式に感動し、きゅっとペンダントトップを手の中に握りこむ。
そして、もう一度蒼い髪の竜を見上げると、シャルが声をかけた。
「蒼」
「うむ。めでたいな紅、そして新たな竜族の番」
蒼竜はシャルや黒、白とは違い、少し体のがっしりした武人のような身体つきの竜である。
彼はニカッと人好きする笑みを浮かべると、私の頭に手を置き、首がモゲそうな勢いで右へ左へと動かした。
「うああああああ。もげるもげるもげる」
頭を撫でてくれているつもりらしいが、そんな勢いではない!
止めてもらおうとシャルに助けを求めようとしたその時、私の揺れる視界の中で、黒い影が素早く動いた!
殺気!
敵の襲撃か!?
手が離れたが、視界がグワングワンと揺れている。
それでも身構えた私の目の前で、なんと! 黒い影は蒼の竜に向かって拳を繰り出し、蒼の竜は鳩尾に喰らう寸前、その拳を掌で止めていた。
「はえ?」
誰が! と襲撃者を見れば、揺れる視界がおさまって目に飛び込んできたのは、鬼の形相をした・・・。
グラハムである。
「グ、グラハムさん?」
驚く私に、シャルがため息を吐きつつ、肩を叩く。
「気にするな、いつものことだ」
「いつも? いつもって、え?」
品行方正なグラハムさんが、こんな場所で突然客を襲うなんて異常事態だ。
これがいつもの事!?
目を白黒させていると、グラハムの地の底から響くような声がする。
「彼女は元気かぁ? 蒼トカゲ」
「相変わらずな男だな。我が番を病気になどさせるとでも? 引っ付き蟲」
ごつい体型の男ががっしりと手を組み、力比べを始めながら会話している。
「シャル?」
「グラハムの…元恋人を浚っていったのが蒼なんだ」
シャルははぁと溜息を吐く。
そ、それは恨みも深いだろう…。
あの好々爺の顔が、今は仁王像だ。
「音楽を!」
シャルの淡々とした作業の横で、グラハムと蒼竜の戦いはヒートアップし、互いの体から湯気が出ているかのような錯覚を受けるだが、会場は会場で緩やかなワルツが流れ出し、私の手を取ってシャルがホールを滑り出す。
え? 良いの? あれ、ほっといて…。
踊りながらグラハムを確認した私は、両手をがっしと掴みあい、睨み合って戦う男二人が、ワルツの音楽に乗ってぐるぐるとまわりながら格闘する姿だった…。
うん・・・あれでいいらしい。
私の竜族の儀式に対する感動は、彼等の漢気溢れるダンスを見たこの瞬間、見事に砕け散ったのだった…。




