第74話 1万年目の真実
とりあえず恋愛については横に置いておこう。まだ私にはハードルが高すぎる。
こちらの体は13歳。これからじっくり駆け引きを覚えていくのでもいいだろう。うん、そうしよう!
余計な事を考えたせいか、知恵熱を出しそうな雰囲気になり、私は恋愛思考を止めた。
今現在、夜会会場のホールの奥王族達用の壇上では、シャルがルドヴィークをこの国の人間の王として据えることを宣言している。
その間の私は暇なので、オリビアと共に風に当たりにバルコニーに出ることにした。
城の中は平和だ。
反魔法勢力にしてみれば格好の獲物である竜族。
今夜、これほどの竜族が集まっているのにもかかわらず、厳重な警備のおかげか、何者かがもぐりこんでくる様子もない。
「ふぅ」
肩の力を抜いてバルコニーの手すりにもたれる様にして立てば、その傍で歓談していた客と目が合った。
「ん? ・・あれ? フラウ?」
客もいるにはいるが、その横にいるのはフラウだ。
そして、暗闇の中よくよく見れば、客の着ている服は例の偽騎士達の衣装にそっくりで…。
まさか反魔法勢力!?
慌てて身構えると、私の声に反応して振り返ったフラウは、昔の様に柔らかく、にこりと微笑んだ。
「ルゼ、こちらはレノス教会の神父でイグニス。リュークの研究もしている私の友人だよ」
フラウの紹介で振り返ったのは、60は過ぎているであろう白髪に碧眼の背の高い老人だ。
「初めましてリューク王の記憶を持つ稀有な巫女姫。私はイグニス・ファルコ。とある特定の人間について追っている…歴史好きの老人です」
にこりと微笑んだイグニスと握手を交わすと、骨ばって大きな手の平に、剣だこがあるのがわかる。
身体つきも大きく、服の下の胸板や肩幅を見るに、鍛えているのであろう。
手を取ったままじっと彼を見上げていると、イグニスは面白そうに笑みを浮かべた。
「昔とある方の護衛を自称しておりましてね、今も衰えぬ彼に、負けぬように鍛えておるのです」
そう言って視線をすぐ横に向けたので、私はあぁと納得した。
どうやら彼はフラウの弟子であり、彼の騎士なのだ。
私で言うところのオリビアのような存在だ。まぁ、フラウはそう言うのを嫌うので自称護衛と付くのだろう。
偽騎士とは違うと思い、イグニス達にはわからない様、ほっと息を吐いて体の力を抜いた。
「ルゼ・フェアルラータです。あの、レノス教会とおっしゃいました?」
「えぇ。わかりますか? アンセル様の奥方様が創設した、貧しい者達の為の教会。そのレノス教会です」
レノスは、我が騎士アンセル・レノックスのレノックスを縮めた名前だ。
昔、アンセルの妻のおちびさんが、貧しい者達を貧困から救い、学問を教える寺子屋のようなものを開設し、その施設に愛しい旦那様の名を付け、さらにバランスをとるために『教会』とつけたのだ。
敬うべき神のない教会だが、おちびさんは教え子達に旦那様の素晴らしさを叩きこんだため、当時はアンセル教とも言われていた。
「あ…あれが続いていたのですか」
呆然と呟いたのは、飲み物を持って現れたオリビアだ。
「えぇ、あのレノス教ですよ」
いたずらっ子のような表情を浮かべるイグニスを見れば、彼がオリビアの『記憶』の事も聞いているのだとわかる。
横でにこやかに微笑んでいるフラウも、楽しそうな表情を浮かべている。
「おちびさんなら、ここまで残るのは旦那様への愛が深いからです! と言いそうだよね」
「やめてください我が君…」
私が止めを刺す様に言えば、オリビアはがっくりと項垂れ、私とフラウ、イグニスの間に笑いが起こった。
いたたまれないオリビアは話を逸らす為、私達に飲み物を押し付け、バルコニーにある椅子を指し示した。
「皆様座ってお話なさったらいかがです。中ではまだルド様のお話が続きますでしょうから」
「おぉ、そうですな。女性を立たせておくとは男として失格です」
イグニスはそう言うとドリンクをテーブルに置き、椅子を引いて私に座るよう進める。
オリビアにも勧められたが、彼女は「護衛なので」と断り、私達は席についた。
「若い娘さんに囲まれると年甲斐も無くワクワクしますな」
嬉しそうに微笑むイグニスさんには悪いが、私達の気分は老人の集まりだ。
何しろ私もオリビアもそれなりに年数を過ごした元爺さんなのだから。
とりあえず微笑むに留めておいた。
「それでね、ルゼ。イグニスはリュークの事も調べているけれど、その前の事も調べているんだ」
おもむろにフラウが切り出す。
何のことを言っているのだろう? と私が首を傾げると、フラウは嬉しそうに微笑みながら、大切な宝物の事を語るような、自分の子供か孫を自慢するような表情で一つの名を告げた。
「アマゾネス・イリューゼ。私の初恋で、一番愛した人のことだよ」
まるで今も心に思っているかのような口ぶりに、私はぽかんと口を開けてフラウを見やると、彼はにこりと微笑む。
しかし、次の瞬間には真剣な表情を浮かべて続けた。
「ただ…彼女は、彼女の死と共に世界から消滅してしまった」
「「は?」」
私とオリビアは謎の言葉に首を傾げ、フラウを見つめた。
フラウは深く深くため息をつくと、遠い月日を思い出すかのように星の瞬く夜空を見上げ、ぼそりと呟いた。
「彼女の死後、アマゾネス達は彼女の事を全て忘れてしまっていて…。私は、怒りのあまり…アマゾネスの村を一つ破壊してしまったんだ…」
私の動きがピタリと止まり、オリビアはぱちぱちと瞬きを繰り返し、イグニスはふぅとため息を吐いた。
あの…
何をしてらっしゃるの、フラウさん!?
ドバっと冷や汗が噴出し、1万年目にして、私は、私の村のアマゾネス達が滅んでいたという真実を知ったのだった。
我が元夫は…最強であったようです…。




