第72話 夜会の始まりは…
衣装を着て、腕のカフスボタンを留め、あの頃はマントも着せられて、従者を付き従えながら颯爽と登場する…。
それがリュークの時の夜会の始まりだった。
しかし…。
よもや…よもや女性の準備がここまで大変だったとは…。
厚化粧はしてはいかんぞ、なんて冗談を言っていた自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。
ごめんよおちびさん…。
アンセルの奥さんであるお姫様を思い出し、ちょっと反省してみる。
そんな私は現在黒猫さんの手によって化粧を施されていた。
優花時代にも化粧をしていたので大丈夫…なんて高をくくっていた自分が恥ずかしい。
こんなに化粧って難しかったのか! というくらい私の化粧は下手。対して黒猫さんの腕はプロであった。
サーシャが白塗りを究極だという気持ちがよくわかった。
白塗りは最高の化粧だ!
「はい、動いちゃだめですよ~。そしておかしな考えを持ってもダメですよ」
白塗り推奨がばれた!?
ドキドキしながらガチッと動きを止める。
最後に淡いピンクの口紅を塗られ、ようやく『完成です』という言葉を聞いた。
その瞬間はぁっとため息が出てしまう。
化粧だけでぐったりと疲れ、椅子にだらりと寄りかかった。
「女性は大変ですね」
オリビアは昔とほとんど変わらず、華やかな騎士服に身を包んでいる。
もちろん化粧も無しだ。羨ましい。
「他人事みたいに…。いつか婿を取ったら同じことをするのだからな」
「しませんよ。私のドレスは騎士服ですから」
にこりと微笑むオリビアに、神殿の少女達がキラキラと目を輝かせる。
彼女達は私と同じくドレスに身を包んでいるが、オリビアに向けて目を輝かせる姿を見ると、ドレスよりも騎士服を選ぶようになるかもしれない・・と一抹の不安を覚えてしまう。
育て方間違ったかな…。
いろいろ考えながらもぐったりとしていると、部屋の扉がノックされ、グラハムが一瞬苦虫を潰したかのような表情で現れたが、部屋の中の女性達を見てすぐに孫を見るような好々爺の表情に変わった。
何かあったのだろうか…。
聞きたいが聞けなかった。
「お時間です。皆様会場へ移動してください」
扉を開いたままスッと腰を折るグラハムの横を、着飾った少女達が歩いていく。
彼女達は、今日初めて自分達を馬鹿にしてきた貴族や親兄弟達に、引き締まったボディと、磨き上げた美貌を披露するのだ。
カレンは当然の様に自信満々で堂々と胸を張っているが、一番最後に神殿にやってきたティナは不安そうに目を泳がせ、アリスは緊張と不安からか、黒猫さんのスカートをぎゅっと握った。
そんな姿に黒猫さんは微笑み、膝をついてアリスの手を取って言い聞かせた。
「大丈夫ですよ。たとえご家族でもアリス様を虐めるような人がいたら、私達が仕返しして差し上げますからね」
「にゃん」
「にゃわん」
アリスの肩と頭には茶色の猫と黒い猫ぐるみのわんこが陣取り、共に尻尾を振る。
そして、黒猫さんの大きな胸の谷間からは小さなパンダが顔を見せ、にぱぱぱぱっとアリスと共に笑顔合戦を繰り広げて癒していた。
これなら大丈夫そうだ。
視線を向ければ、二股尻尾の猫が大丈夫と言うような視線を向けているし、部屋の隅をねずみが走っていく。
「まるでシンデレラだね」
私の肩の力も抜け、動物達に見守られながら会場に近づくと、エスコートの男性達が待っていた。
私のエスコートは当然シャルだ。
私のドレスは深い青。対してシャルの衣装は濃い青だ。
髪が紅いので色が濃いのは仕方がないのか…。
白なら確実に似合うよなぁ、と考えたところで、白はウェディングの色だと気が付き、シャルの手を取った瞬間に、ぼっと顔を赤くして俯いた。
それを勘違いしたのか、シャルは嬉しそうに微笑んで耳元で囁く。
「ルゼ、とても似合っている」
低く色っぽい声はもはや凶器だ。
さらに顔が熱くなった。
「ありがとう」
うぅ、かつてはいかに女性を綺麗に見せるかに情熱を傾けていた私が、逆に手玉に取られてどうするよっっ。
いや、これは自ら手玉に乗ってるのか…。
ここからは譲らんぞ!
ぐっと顏を上げ、私はリューク張りの色男モードを発動させて乗り切ることを心に誓った。
会場入りすると、とても仕事が滞っていたとは思えないほど、会場は見事にセッティングされていた。
「生き残った男達のおかげです」
すかさず疑問に答えてくれたのはグラハムだ。
「「「なるほど」」」
私、シャル、オリビアが頷く。
部屋の中央にはダンス用のスペースが開き、部屋の周囲には立食できるスペースがある。
今はまだ夜会が始まったばかりなので、踊る者も食べる者もいないようだ。
シャルは私を連れ、ダンススペースを抜けて部屋の正面。王族のために用意された一段高い席の前まで来ると、注目する参加者に手を上げて静かにするように合図し、開会を宣言した。
「皆、我等の儀式と即位式のために集まっていただき感謝する。このような時ゆえ、質素にさせてもらったが、存分に楽しんでくれ」
シャルのよく通る声がホールに響き、私は竜王然とした表情のシャルを見上げて、ぽっと頬を染めた。
カッコイイかも…。
「我が君、顔が崩れております」
オリビアに指摘され、はっと我に返る。
「ちょ、ちょっと疲れてるだけよ」
スッとボーイの持ってきたドリンクを手にし、私はそれをグイッと飲み干した。
どんなものだったか見もせずに…。
「あ」
「あ」
あ? あって何?
オリビア達がボーイを指さす姿に、私はごくりとドリンクを飲み込み、ボーイとドリンクの味に固まった。
「疲れた時には健康ドリンクが一番」
うんうんと肯いたボーイは、ヘルムンドその人でありました。
もちろんドリンクは…健康ドリンクで…。
「んぐほぉぉぉぉぉ!」
「ぐあああ!」
あちこちで上がる叫び声と悲鳴…。
夜会は、阿鼻叫喚で始まったのだった…。




