第7話 人間成分どこいった!?
「す、すまん! 怪我はないかっ!?」
暴れる馬を必死に落ち着かせようとしている細身の騎士は、女性騎士のようだ。
道理で体の線が細いんだねー。
なんて、現在地面に突っ伏している私にはどうでもいい。
怪我はないかと聞かれれば、一目瞭然だろう。
再起不能だ!
「ないよー」
サーシャがパタパタと走り寄ってきてそう答えた。
こっちには大ありなんだけど、サーシャ…。
「ルゼってとろいよねー」
「シニヨンに言われたくない!」
がばっと身を起こすと、背中に痛みが走って再び突っ伏した。
「おうぅ…」
「ところであれ、なんであんなに暴れてるんだ?」
エヴァンもこちらに寄ってくると、ちらりと暴れる馬に視線を向ける。
私達もそちらへと目を向け、馬がカツカツと地面を蹴る姿に全員で眉根を寄せた。
「あー。足に何か刺さってるとか、そう言うお約束かなぁ」
後は蹄が割れて痛みがあるとか、ぼへっと見つめていると、その馬にブリオッシュが近づく。
「危ないぞ! この子は興奮しているんだ、近づいては」
ブリオッシュは馬上の女性騎士の声も気にせず馬に近づくと、そのままガッと強く蹴りつける馬の足を掴み、もう一方の手で馬の首筋に触れた。
一見しただけでは彼は馬にただ触れただけに見えるが、あれは以前私が教えたアマゾネスの技である。
もっとも、あの技は動き回る動物を威圧して動けなくする狩り用の技だけど。
「止まった?」
ピタリと動きを止めた馬に女性騎士は目を丸くしながらブリオッシュを見下ろせば、彼は馬の蹄の辺りに手をやり、何かを引きはがしたように見えた。
その後すぐ馬を開放すれば、馬は先程までの興奮状態が嘘のように大人しくなった。
「おぉ、これじゃないか?」
ブリオッシュは周りの驚きなど全く意に介せず、手にしたものを指で挟んでちらつかせながら私達の元へ駆けてくる。
その手に持っているのは、小ぶりの涙石の付いたピアスのようだ。
「ひょっとして」
「うん。これが蹄のくぼみにはまっていた」
なるほど。子爵令嬢の耳飾りは馬が踏んづけていたようだ。
確認すれば、ピアスのハリの部分だけひしゃげていたが、それ以外は壊れていないのでほっと息を吐く。
「へぇ、こんなのがはまることってあるんだー」
感心しながら皆で耳飾りを見つめていると、馬を人に預けた女性騎士がこちらへ興奮した表情を浮かべて駆けてきた。
その目はキラキラと輝き、頬を紅潮させてブリオッシュを見つめている。
「すまなかった! そしてあの子を助けてくれてありがとう」
「あぁ、いや…。いえ、私は何も」
ブリオッシュは赤茶色のショートヘアに青い瞳をした女性騎士を見て一瞬ぎょっとしたように一歩下がり、かしこまる。
この世界でショートヘアの女性というのはまず見かけないのでぎょっとするのもわかるが、ブリオッシュがぎょっとしたのはきっと彼女の青い瞳を見てだろう。
その瞳は猫のような少し縦長の瞳孔をしており、人でないことを示している。
「竜人か」
地面に突っ伏す私がぼそりと呟けば、女性騎士はこれまたキラキラした目をこちらに向けて頷く。
「賢いな! えぇと…そう言う君はゾンビと人の混血だろうか?」
「誰がゾンビと人の混血か!」
首を傾げる女性騎士に否定を返すと、シニヨン達が「ぶっ」と吹き出す。
「混血、混血かもね…ゾンビとの。ぶくくくくっ」
「結婚できるの~?」
「できるわけないだろ」
シニヨン、サーシャ、エヴァンが好き勝手なことを言っている。
後でオボエテロ。
「ルーゼー。アンフィスってなぁに?」
サーシャが思い出したようにアンフィスという言葉に喰いつき、ツンツンと倒れ伏す私をつついた為、私は少々舌打ちしたい気分になった。
孤児院の子供がアンフィスなんて言葉知っているはずないのに、彼女の瞳を見て思わず口走ってたよ。
ちょっとまずった…。
「あー、アンフィスって言うのは、竜と人が結婚してできた子供の事。長寿で、力や魔力が強い。特徴は竜と同じ目だね」
もう今更なので応えれば、シニヨンが続ける。
「ほら、この国の一番偉い王様は竜だろう? その人に一番近い権力者ってことさ」
「へー」
サーシャに権力者という言葉はわからないと思うが、権力者が大嫌いなシニヨンは微笑みながらもその瞳に暗いものを灯して告げた。
多かれ少なかれ、孤児の子供は権力者を憎んでるからなぁ。
そこへブリオッシュが慌てて話を逸らすかのようにミニ知識を披露する。
「アンフィスって言うのは両方を意味するんだ。人間と竜、両方ってことだよサーシャ」
「じゃあルゼもアンフィスね!」
全員が首を傾げる。
私は今世…いやいや、その前も一応人だったけれど??
「ちなみに何の?」
シニヨンがにやにやしながら尋ねれば、サーシャは無邪気に答えた。
「お化けとミイラよ!」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
「人間成分どこ行った!」
私の叫びにサーシャはきょとんとし、他の皆は腹を抱えて笑うのだった。