第68話 誤解と嫉妬と嗜虐心
後半はシャル視点です。
呆然とフラウを見つめる私にフラウは首を傾げたが、すぐにその視線は別の方向へと向けられた。
それは、倒れて動けなくなっている偽騎士。
偽騎士は、フラウの杖の先が彼の顔の傍に置かれているので、逃げるに逃げられない状況になっているようだ。
そんな彼に目をやったかと思うと、フラウは話しかけた。
「先程は驚かせてしまってすまないね。そろそろ出てきてくれるかな?」
どうやら騎士に向けて話しているのではないらしい。
じっと見つめていると、偽騎士の傍から何やら黒い毛玉がにょきにょきと姿を現し、偽騎士の腹の上でころころと動き回った。
「びっくりしたにゃわんっ。怖かったにゃわんっ」
偽騎士の影の中から現れたらしき毛玉は、黒い猫の着ぐるみを着た手乗りサイズのわんこである。
裏子猫隊の一人だ。おそらく猫ではなく犬だが…。
彼女は影の中に潜んで護衛をしていたらしい。
だが、フラウに影のある場所をクレーターにされ、少なからず驚いたようでほんの少しプルプルと震えながらも、フラウに苦情を言っていた。
「…落ち着いたかな? できればこの彼をルドの所に送って欲しいのだけれど」
ひとしきり苦情を言って落ち着いたらしい小さなわんこに、偽騎士を運ぶように頼むと、わんこはくるりと偽騎士の腹の上で回転し、ちょこんっと座って尻尾をぶんっと振った。
「わかったにゃわん。でも、送るだけでいいのかにゃわん? 人格を崩壊させることもできるにゃわん」
人格崩壊って…恐ろしいな裏子猫隊。
「それは必要ないよ。必要なのは、一人でも多く敵を捕らえ、敵の大元を叩くことだからね」
フラウが小さな猫の着ぐるみ犬を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた後、そのままポンッと跳ね、男の体を影に沈め、自分も影の中へと入って行った。
影渡りと呼ばれる魔法だろうか。闇の魔法の一種だ。
珍しい魔法に感心しつつ、顔を上げると、にこやかに微笑むフラウと視線が合い、私はドキリとして慌てて目を逸らした。
彼の瑠璃色の目は真実を見抜くようで、昔から苦手である。
「さぁ、今度はルゼの番だね。神殿に帰ろうか」
逸らした顔の目の前に手を差し出され、私はその手を見つめた後、それを差し出すフラウに目をやり、微笑まれておずおずとその手を取った。
にっこりと微笑まれると、よくできましたと言われているようで気恥ずかしい。
「あの…」
「シャルが探しているだろう」
シャル!
そうだった。私はシャルをぼこぼこに殴って飛び出したのだった!
思い出してしゅんとしょげる。
「どうしよう、シャル…怒ってるかな」
酔いが醒めると、しでかしたことを思い出して血の気が下がる。しかし、それと同時に思い出してしまうのは、失恋の記憶。
「いやっ、怒っていても知るものですかっっ。シャルは求婚して私を惑わしておいて、本当は竜王陛下の名代でしかなかったんだもの!」
憤然と告げると、横で「なるほど」と告げる声。
私はその声にギクッとしてゆっくりと振り向き、そこに仁王立ちし、目を吊り上げるシャルと目を合わせてびしりと固まったのだった。
____________________
ルゼが走り去った後、我は地面に突っ伏してガクリと項垂れた。
「一体何が起きたんだ…」
途中まではいい雰囲気で、心通わせる口付けも交わせる寸前であったと言うのに、何故か全ておかしくなった。
一体何が原因だ?
考えるが、答えは出ず、周りに促されてゆっくりと体を起こした。
「止められずに申し訳ありません。ご無事で何よりです」
オリビアがすまなさそうに手を差し伸べてくる。
我よりもずっとルゼのことを理解している彼女は、ルゼがなぜあんな暴走をしたのかわかるだろうか・・?
「オリビア、ルゼは…」
「我が君は、竜一体ぐらいならばあっさり打ちのめす体技を持っておりますので、殺されずにすみ、よろしゅうございました」
いや…それは聞いてない。
ルゼの意外な危険人物ぶりに、本能的にびくりと体が反応したが、それは首を横に振ることで忘れ、なんとか気を持ちなおした。
「そのルゼだが…どこに行ったかわかるか?」
オリビアがあわてていないということは、ある程度行き先の検討を付けているのだろう。
その点にほんの少し安心し、冷静になれる。
「どこかはわかりませんが、救護院辺りに運び込まれるでしょう」
「「なるほど」」
背後で声を合わせ頷いたのはカイザーとカレンだ。
確かになるほどだ。ルゼの事だから、どこかで体力が尽きて倒れるということなのだろう。
だが・・。
「感心している場合か、すぐに捜索を頼む」
我の言葉に兵士がバタバタと走り出し、我も立ち上がった。
倒れている間に何者かに襲われるようなことがあったらと思うと、気が気でない。
すぐに思い当たる近くの救護院へと足を向けた瞬間、オリビアの声が後を追ってきた。
「ところで、シャル様は竜王陛下なのですか?」
「「「はぁっ?」」」
おかしな質問に我とカイザーとカレンが何をたわけたことをと言った表情を向け、オリビアはそんな我等に、純粋に首を傾げて尋ねた。
「先程そのようなことを言っている方々がいたのですが…。私も我が君も、竜王陛下とシャル様は別のお方だと思っておりましたので…」
つまり、何だ。
ルゼもオリビアも、我の他に竜王がいると思っていたと・・?
「と言うことは、ルゼ…ひょっとして、他の男と結婚させられると思ったのかしら?」
カレンの言葉に、ルゼが立ち去る寸前のセリフが思い出される。
確か…竜王陛下の婚約者になるのか、と尋ねていなかったか?
そして我はそれに不満かと尋ねた…。
つまり、
「我がルゼに他の男をあてがうと誤解されたのか?」
「おそらく」
オリビアが頷き、我はガクリと項垂れた。
そして、その言葉は、ルゼを見つけ出した時、はっきりと裏付けされることになる。
「シャルは求婚して私を惑わしておいて、本当は竜王陛下の名代でしかなかったんだもの!」
「なるほど」
誤解があったとはいえ、我が我が番を他の男に託すなど、考えただけで空想の中の相手を八つ裂きにできる。
ギギギと壊れたからくりの様にこちらを振り返るルゼに、我は極上の笑みを浮かべた。
さて、誤解があったとはいえ、我の心を疑ったこの番には、どんなお仕置きをしてくれようか…?
我は、ルゼが男の手を取って立ち竦むその姿に、竜族特有の嗜虐心がむくむくと膨れ上がるのを感じ、そこに立つ男が何者なのか気づくより先に、ルゼを腕の中に閉じ込め、逃げられぬよう、深く深く口づけていたのだった。




