第67話 行き倒れ
筋力増強をかけて思うままに町中を走り回り、ここどこだ? という場所に出た瞬間、体力が底を尽きて糸が切れた様にワンクッションも無くばったりと倒れた。
おかげさまで顔も腹も体の前面が痛い・・。
意識はあるが、まったく動けず、周りがざわめきだした頃、通りがかりの馬車の停まる音がして誰かが近づいてきたのがわかった。
「旦那様いけませんっ」と誰かが止める声もしたので、きっと私と竜王陛下の婚約祝いに訪れた貴族の誰かではないかと推測される。
私と竜王陛下のね…。
「ふふふふふふ…」
漏れ出る笑いに、周りがびくぅっと一歩も二歩も引いた気配がした。
しかし、馬車から降りたらしい『旦那様』は意に介さず、マイペースに告げた。
「白い髪か…珍しい。あぁ、ヨハン、馬車の扉は開いておいてくれ。それからこれを頼む」
コツコツと地面を軽く叩く音が響いていたが、それは途中で消え去る。
ヨハンなる人物に、ついていた杖を渡したのだろう。
私はじっと地面に突っ伏したまま、耳だけを活動させて聞いていると、軽く足を引きずるような音がした後、私のすぐ横に誰かが立ち、そのままひょいっと体が浮き上がった。
「軽いし、細いね。きちんと食べているんだろうか?」
「旦那様っ! そのようなことは私がっ」
「いい。大丈夫だ。この子はとても軽いから」
一体どんな人かとうっすら目を開くと、深い瑠璃色の瞳と目が合った気がした。
どこかで…?
なんとなく懐かしような印象を受けた後、私はそれを最後にキュルンッと白目を剥いて気絶した。
「・・・・おや」
男は軽く目を見張り、男の従者は男に慌てて近づいて、ぎょっと目を剥いた。
「だ…旦那様。こ、これは…死体では?」
「う~ん。たぶんまだ生きてると思うが…」
男は苦笑すると、従者の反対も押し切って、そのまま私の体を馬車に乗せて走り出したのだった。
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「行き倒れを拾ったのは初めてかな」
私も行き倒れたのは初めてです…たぶん。
目が覚めると、そこは町の救護院と呼ばれる病院のような施設で、私は長椅子の上に横たわり、何と! 男性の太腿を膝枕にした状態で目が覚めた!
慌てて体を起こそうとして、男性に肩を押されて押しとどめられる。
「ゆっくり起きなさい」
そう告げた男性の髪は白髪。しかし、私のように初めから色が無いのではなく、老人特有の白髪である。
だが、老人と言っても、彼の肌はみずみずしく、年齢は40~50歳という外見。その瞳は深い瑠璃色で、力強く、吸い込まれそうだ。
「ありがとうございますた」
彼の目に引き付けられながら、今度はゆっくり体を起こし、改めてお礼を言うと、男性はにっこりと柔らかく微笑んだ。
「何となく懐かしい気配がした気がして、立ち寄った先に君がいたんだよ。名前を聞いてもいいかな?」
助けてもらったのに名前を名乗っていなかった!
私は慌てて居住まいを正し、長椅子の上に正座をしてぺこりとお辞儀する。
こういった瞬間、思わず日本人が出てしまう所は昔からだ。
「ルゼ・フェアルラータと申ちます」
名乗り上げると、男性は目を大きく見張った後、嬉しそうに目を細めて頷いた。
「そうか。シャルの臭いがすると思ったら、君がシャルの妻になる人か」
シャルだと!?
「うえ…」
「うえ?」
私は何やら竜関係者らしい男性からシャルの名を聞き、ぐしゃりと顔を歪めると、そのままボロボロと涙を流しはじめる。
「私はシャルのお嫁さんではないんですぅ~! シャルには振られたの。うえああぁ~っ」
いまだくすぶる酒の余韻のせいか、泣き崩れると、男性は驚きながら、私の背をさすり、私はそんな彼にがっしりと抱き着いてワンワン泣く。
それこそ初対面の、しかも酔っ払いに泣きつかれて男性も大いに戸惑ったことだろう。
だが、彼は私を優しく抱き留めてずっと背を撫でて話を聞いてくれたのだ。
「思わせぶりにプロポーズしておいて実際は別の人のお嫁しゃんになれってゆーのよ!」
「ふむ…。どう聞いても同一人物だと思うのだが、何か誤解がありそうだね?」
「アホシャルに誤解なんてないじょーっ」
「そして君は…酔っ払いだと…」
「酔ってましぇん!」
完全に酔っていた…。
世の中、酒を摂取して走り回ると、少量でも回り、安上がりで酔えるのである…。
私の場合、摂取したのは少量も少量だったが、この体には十分だったらしい。
「うふふふふふふふふ」
突然楽しくなった私は、彼から離れて椅子に座り直し、左右に揺れながら笑いをこぼす。
そうしていると、視線の先の病室らしき場所から出てきた騎士風の男が、私を見てぎょっとした後、一瞬眉根を寄せ、そしてなぜかナイフを手に駆け寄ってくる。
誰だったかな? と考える事数秒。
あぁ、反魔法勢力の偽騎士の一人だと思い至る。
彼等の着ていた服だなと頷いた時には、目の前にナイフが迫っていたが、なぜか彼の動きは私の手前で止まっていた。
「知り合いかな?」
隣に座る男性は、己の杖を男の喉仏にピタリと当て、私に確認をとった。
「反魔法勢力ですにょ」
「なるほど、そうか。では…」
にこりと微笑んだ男性が杖を引いたかと思うと、呪縛を解かれた偽騎士が再び攻撃のための一歩を踏み出した。
しかし、その一歩を大きく払って、男性は偽騎士を背中から綺麗に床に倒すと、ナイフをその手から弾き飛ばし、今度は杖でその男の顔の横擦れ擦れをとんっと突いた。
傍目には床を軽くとんっとついた仕草だったのだが、床はぼこりとクレーターを作り、偽騎士は目を丸くして、硬直する。
そして、その一連の動きを見た私は、一気に酔いが醒めた。
「今の…」
その洗練された動きは、昔見たことがある…。
「おじさん…名前は?」
まさか…と思いつつ、声が震えない様に注意しながら尋ねると、男性は私を見てにこりと微笑み告げた。
「まだ名乗っていなかったね。私は、イマネアの祖父でフラウ。よろしくルゼ」
フラウ…。
フレイ・ディバール…。
にこりと微笑む瑠璃色の瞳の懐かしい人…。
彼は私の…。
いや、アマゾネス・イリューゼの…、
夫だった…。




