第65話 私を引っ張り上げて!
「と言うことで、我々が護衛の任につきます。少し離れた所におりますので、何かありましたらお呼びください」
結局、カレンの思惑通りに騎士団長カイザーが呼び出され、その腕にカレンがちゃっかりと腕を回し、彼女はご満悦の表情である。
しかも、いつの間にやら着替えも化粧もばっちりと言う早業。
女性の支度は時間がかかるのが常だが、いざという時は早いよね…としみじみ思ってしまった。
「オリビアはどうする?」
私はやれやれとカレンを見やるオリビアに視線を向けると、彼女はこっくりと頷く。
「いついかなる時も、我が君をお守りするのが我が勤めでございます」
「…たまには休みを取ってもいいだろうに」
「いえ、休みを取る時に限って、我が君は城壁を破壊したり、町の娘さん達を片っ端から落としたり、挙句の果てには町の荒くれどもと大喧嘩を始めると言う前科がありますので、後処理を考えますと着いて行って止める方が早いのです」
私はかつてのリュークのやんちゃぶりを披露するオリビアと、私の横でそれを聞くシャルを交互に見た後…、オリビアの口を両手でバチリと塞ぐことにした。
「町の娘さんは共犯だったろうっ」
こそりと訴える。
「私はそんなことはしておりませんよ。妻がおりましたし」
いけしゃあしゃあと…。
私とオリビアが見つめあっていると、シャルが背後でぽつりと呟く。
「リュークはモテたのか…。その手法はぜひ教わりたいものだな」
「シャルは覚えちゃダメっっ」
シャルの台詞に、慌てて返すと、彼は苦笑しながら私の腹に腕を回し、ふわりと片腕で抱き上げて馬の上に乗せた。
さすがは本性が竜だけあって、私一人ぐらいは軽々だ。
「覚えはせん。だから、オリビアではなく我を構え、ルゼ」
ふおぉぉっ、上目使いが来た!
まだ女である私がマスターしていないというのに、男であるシャルの方がこの上なく見事に使いこなしているではないか!
ゆ…由々しき事態。
「シャル様、ルゼ様は余計な事を考えるととんでもない方向へ突っ走りますので、くれぐれも目を離さないようにしてください。もちろん私もそういたしますが」
「わかった。それにしても…オリビアが女性だったことに感謝せんとな。でなければきっと我はルゼを番に迎えることは叶わなかったろう…」
私が、『女たるもの上目遣いの一つも使いこなせんでどうする』と力む頃、二人はそんなことを話していたのだが、全く耳に入らず、いかに上目づかいをマスターするかとぶつぶつ呟いていた。
オリビアはそんな私をちらりと見やり、寂しそうに微笑んでシャルに答えた。
「そうですね。私が男でしたら。今世では我が君を妻に迎えていたでしょう」
「・・・・聞かなかったことにするぞ」
「えぇ、してください。私が、我が君を妻に迎えましたら、悪さなどできない様に閉じ込めて、一から叩き直す計画など」
ふふふふふ…と黒いオーラを吹き出して微笑むオリビアに、シャルは一瞬身を強張らせた。
「・・・・それも、聞かなかったことにする」
シャルは冷や汗を流しながら私の後ろに飛び乗り、私は何故かブルリと身を震わせた。
「なんだか、命にかかわるような危機を脱した気がするっっ」
「あながち間違いではないかもな…」
私の叫びにシャルが頷き、私は首を傾げたが、彼は苦笑いを浮かべ、馬を走らせたのだった。
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「さて、デートと言っても…どこか行きたいところはあるか?」
町に辿り着き、馬は馬小屋を貸してくれる宿屋に一時預けて、私とよく目立つ護衛一行は商店街に出る。
裏町が燃え、焦げた臭いはここでもするけれど、人々の表情はどこか明るく、商店街もにぎわっている。
こんな時だが…いや、こんな時だからこそ、人々は明るい話題に飛びつき、心を慰めるのだろう。
「裏町しか知らないから、あんまりよくわからない」
私は辺りを見回しながら応える。
たとえ表通りをよく知っていたとしてもお金がないので、指を咥えて見ていることしかできなかったに違いない。
それは今もだけど…。
「腹は減っていないか?」
「う~ん…。ちょっと空いたくらいかなぁ」
「甘いものは?」
「大歓迎!」
機嫌よく答えると、シャルは私の手を取り、道を進む。
だが、可愛らしい喫茶店や、美味しそうな匂いを漂わせるお菓子屋さんはたくさんあるのに、それらを素通りし、なぜかほんの少し入り組んだ町の路地を抜けた先にある、薄暗い通りに出た。
そこは、裏町に近く、通りに立つ人々もどこか退廃的な雰囲気を感じさせる。
護衛役のカイザーやオリビア、それから数人の騎士も目を丸くし、カレンに至っては場所が悪いと文句を言っているようだ。
「ここだ」
そう言ってシャルが立ち止まった店は、店の入り口や看板が取れそうなくらいおんぼろの酒場…。
驚きに目をぱちくりしていると、シャルは私の手を取って中に入り、カウンター席に座った。
「いらっしゃい」
出迎えたのは強面の無愛想な店主だ。
いや、それよりも店としてやっていたことを驚くべきか…。
「レアチーズケーキをお嬢さん方に」
店主は返事も無く肯き、私達は半信半疑で席に着く。すると、シャルが顔を近づけ、耳元で小さく囁いた。
「町の情報通な仔猫に聞いた店だ。店はあれだが、レアチーズケーキがうまいらしくてな。他に食べたいものはあるか?」
私はその顔の近さと耳に触れるシャルの息にドキドキしながら店を見回し、そこにあるメニューの名前を見つけ、カッと目を見開いた。
「ティラミス! ティラミスも追加です、マスター!」
手を上げて主張するその勢いに、シャルは目をぱちくりさせる。
「好物だったか?」
シャルは首を傾げる。
「いえ、あれにはとある国で『私を元気づけて』、なんて意味がありますが…それよりももっと肝心な意味があるのです!」
「?」
「『私を引っ張り上げて』! これほど重要な意味を持つお菓子を食べずにいられようか!」
そう。崖から落ちた記憶のある私は、この意味を持つティラミスを食べねば気が済まないというある種の病気にかかっていた。
それもリューク時代から!
今度こそ落ちないぞと言う、要はゲン担ぎみたいなものだけど。
私は夢の様に美味しいチーズケーキに舌鼓を打った後、親の仇の様な形相でティラミスも完食し、そして…。
「おいちかった…」
ティラミスのブランデーにやられ、ほんのり頬を染めながら、デートを再開するのであった…。
オリビア「そう言えば昔からよく食べてましたね」
ルゼ 「アレを食べることで落ちないジンクスを作ってるの」
オリビア「魔法で巨大な塔からもぽんぽん飛び降りるあなたが、どこに落ちると言うんです?」
ルゼ 「…内緒」
アマゾネス・イリューゼの落ちた記憶は、小さなトラウマのようです。




