第6話 ゾンビです
子爵令嬢が気絶してしまったので、現在手がかりなし。と言いたいところだが、とりあえずブリオッシュが初めに聞いていた情報を整理していく。
「この道は違ったんだよね」
地図を用意し、ブリオッシュと出会った裏通りを指さし、シニヨンは「こっちはないよなぁ」と呟きながら別の道を指でたどる。
子爵令嬢が登城した時入ってきた方向から、大通りを進み、貴族街へと抜ける道を指でたどっている。
「サーシャ」
エヴァンが地図を見ながらぶらぶらと足を揺らす小さなサーシャに声をかけると、サーシャは「むー」と声を上げ、ベチッと地図の上に手を置いた。
ほんのわずかだけれど、サーシャから魔力を発せられるのを感じる。
サーシャは失せ物探しの魔法を使っているのだが、ちょっとひやひやする。
この世界の人間の魔法は、私がリュークであった時よりもずっと退化している。
ほとんどの人間が魔力を持ちながら魔法を使えないのだ。
理由は憶測だが、魔法王国とも呼ばれたリュークの国が滅んだ後ぐらいから魔法が使われなくなっているので、おそらくあの頃ことあるごとに衝突していた魔法反対派勢力の仕業だろう。
そう言うわけで、子供が何の知識も無く魔法を使うだなんて今の時代ありえないことなのだ。
そして、この城には魔法にとても敏感な人々がいる。彼等に見つかったが最後、魔法を使える我が孤児院の子供達はスパイか暗殺者かとあらぬ疑いをかけられ…そして黒幕である私に辿り着き…。
まぁ、いろいろ疑いをかけられるだろうが、最終的になぜ魔法が使えるかと問い詰められるわけだ。
そんな面倒はおかしたくないので、サーシャの魔法がばれませんようにとひやひやしながら見つめた。
「サーシャ」
シニヨンがポケットから小さな重りの付いた鎖を取り出し、サーシャに手渡した。
魔法を使っているのを誤魔化すための三種の神器、なんて大層なものではないけれど、地下水の場所を探す時に使う様なダウジングの道具だ。これを使えば魔法ではなく、占いとして誤魔化すことができる。
「はーい」
サーシャはそれを素直に受け取って地図の上に垂らす。すると、魔法がすんなり発動して重りは城の敷地上でくるくると回った。
「お城にありまーす」
「おぉ、すげぇ。占者か」
詰所の兵士達がサーシャの頭を撫で、サーシャはえへへと笑う。
「お城の中か、外か」
エヴァンの呟きに、ブリオッシュが今度はお城の庭と建物の地図を広げる。
子供相手だけど、それは機密事項じゃないのかブリオッシュよ…。
元・王様としては複雑な気分です。まぁ、調べようと思えば調べられる範囲の地図だけど。
「んー」
再びサーシャの持つダウジングの重りがくるくると回りだした。
「あぁ、厩舎だな」
指示したのは厩舎。ということは、何かの拍子に耳飾りは馬にでもくっついたとか?
詰所のベッドに横たわり、「う~ん」とうなされる子爵令嬢にちらりと目をやったが、起きそうにないので子供3人組とブリオッシュで厩舎へと向かうことにした。
じっと彼女が起きるのを待っていても仕方ないからね。
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城の前庭で騎士や兵士にこちらをちらりと見られるたびにびくびくと歩いて(運ばれて)いたが、城の敷地内、前庭や厩舎ぐらいならば一般市民も見学することができるらしく、ブリオッシュと共に歩いていれば呼び止められることは無いと説明を受けてとりあえずホッとした。
騎士や兵士に関わるのはお年頃になってからに限る!
「そう言えば耳飾りってどんな形状?」
肝心なことを聞き忘れていたと顔を上げれば、ブリオッシュははたと足を止める。
「どんなか聞いてなかったっっ」
あら、うっかりさん・・・。
じゃないでしょ! よくそれで兵士採用試験に受かったよ!
「手当たり次第それらしいのを回収すればいいよ」
エヴァンが額に汗しながら提案する。しかし、それだと他の令嬢のモノも手にして『泥棒』疑惑が浮上しないだろうか?
詰所の兵士に渡せばいいのか…。落し物として。
「あー、それにしても厩舎まで遠いねぇ」
「ねぇ」
私の呟きにサーシャが相槌を打ち、エヴァンの額にピシッと青筋が浮かぶ。
「お前ら二人して台車に乗っておきながら文句言うな!」
「「失敬っっ」」
私とサーシャは台車に乗り、エヴァンに押してもらっている。なので、怒るエヴァンにびしっと自衛隊のような敬礼を送った。もちろん降りたりはしない。
「ルゼはまだ体力つかないのか?」
ブリオッシュがそんな私を見下ろして首を傾げた。
体力ねぇ…
「このミイラについてるわけないでしょ。相変わらず階段は落ちる方が早いし、廊下は転がる方が早いよ。…なのに」
なぜか私以外の全員がタイミングを合わせてため息をついた。
なのに…孤児院一物知りで強い。その言葉を彼等は飲み込んだ。
魔力は言わずもがな。体力はないけれど、体術や剣術もどんと来い。手合せも1分なら鼻血で済む。
そう言うわけで、私は皆の指南役なのだ。なぜか、かなりのブーイングがあるが…。
「体力がついてたらまた手合せしたかったんだがなぁ」
兵士採用試験の数週間前はよくブリオッシュと手合せしたもんねぇ。
「あと5年お待ちください」
「5年でも無理だろ」
エヴァンが即否定した。
オボエテロ…今夜のお稽古はみっちり地獄のメニューにしてやるぜぃ。
なんて和気藹々(?)と歩いていたら、何やら前方が騒がしい。
「また死体と間違われてる?」
自虐ネタだが私が告げれば、目を細めたシニヨンが首を横に振った。彼の目はとっても良いのだ。
「何かね、馬が暴れてるよ。で、その上に細身の騎士が乗ってて…あ、こっちに来た」
こっちに来た、と言った時には私達の視界にも馬の姿は目に見えていた。というか、ものすごく近くに迫っていた。
大変だー! と、とりあえず馬の通り道に当たらないように全員で移動したが、なんと! 細身の騎士は私達に気が付いて、避けるつもりで私達が動く方向へと馬を軌道修正してしまったのだ!
あらばったり、じゃないでしょう! 馬は死ぬ! さすがに馬に轢かれたら死ぬよ!
「皆逃げ…て、早いな!」
気が付けば、私の乗る台車を置いて、全員木の陰に避難していた。
私は!?
「やっちゃえルゼ~!」
「やっちゃえじゃないよ!」
「え? ミイラが動いた!?」
細身の騎士がぎょっとしてこちらと目を合わせる。
「誰がミイラか~!」
抗議のために思わず立ち上がると、目の前には馬! そして、立ちくらみ!
馬は障害物を避けるために大きく跳躍し、私は立ちくらみでよろけながらも馬の足に当たらないよう避けるために体を逸らし・・・。
ここまで言えば何が起こるか想像できる人もいるだろう。
某映画のワンシーンの様に馬の足を身を反らして避ける…までは良かったが、それができるのは私の背後に何の障害物も無かった場合だ。
スローモーションのように馬の足を華麗に避けた私は、次の瞬間…。
ガスン!
「ぐほぉあ!」
台車の持ち手に背中を強かに打ち付け、そのまま地面に転がって悶絶した。
そののたうつ様は、まるで地面から現れたゾンビのようであったと言う…。
て、今度はゾンビか!
私はこれでも儚い美少女だー!!(自称)