第53話 彼等は隠密・裏子猫隊
「ルゼ! 本当にルゼだよな!?」
歩き出した私の後を、エヴァンが追いかけながら声を上げる。その声に反応して、少女達の部屋から顔を覗かせるものが数人。
1年前に神殿に入ったティナは、不安からか、勝気な令嬢カレンの部屋に共にいて、こちらを覗き見ていた。
私は顔を覗かせるカレンとティナににこりと微笑んで手を振ると、二人は顔を赤く染めて顔をひっこめた。
「お、意外と今世でもモテそうだ」
「お前女だろうが」
モテてどうすると言った表情でエヴァンがこちらを見上げた。
この姿だと、エヴァンよりもさらに背が高いらしく、視線を少し下げることになる。新鮮で楽しいが、エヴァンはそれが面白く無いようでむっとした表情を浮かべていた。
「悪い悪い。そう睨むな。さっきの質問だが、部屋でも答えたとおり、間違いなくルゼだよエヴァン。というか、できるだけルゼであることを認識させてくれ」
再び歩きながらそう頼むと、エヴァンが首を傾げた。
どういう意味か分からなかったのだろう。説明してないからわかるはずもないが。
「禁呪…と言ってわかるか?」
「昔聞いた。絶対に使ってはいけない魔法だろう。あの時教えられたのは何でか覗きの魔法だったけどな」
「そう言えば覗きの魔法を教えてたな。壁一枚分だったが。まぁ、あれもある意味禁呪だ。女風呂は覗くなよ」
「覗くかっ。シニヨンじゃああるまいし」
小さい頃、禁止された魔法について皆に教えたことがあり、それは壁一枚分を透かして見るというものだった。
禁呪…と言われるほどではないが、使えば女性に叩きのめされるくらいには間違いなく禁止された魔法である。
「シニヨンは覗いたのか?」
「さぁ、あいつならやりそうだと思っただけ…、話を逸らすなよ」
そうだった、と告げ、私はもう一度話を戻す。
「この禁呪は体と精神を切り離し、器を自分とは全く別の物に作ることができるが、その代わり意識を持って行かれる」
「意識?」
私達が神殿から出ると、すでにそこは戦闘状態で騎士達が駆け回り、そしてなぜかネズミが走り回っているのだが…、まぁ、それはともかく、何かあった時の逃走用に用意されている馬に飛び乗る。
エヴァンは慌てて近くに繋いである馬に飛び乗ると、少々おぼつかないながらも手綱を握った。
「もともと死んだ者と生者を合わせるために作られた禁呪だったが、これを行使した者は、その死んだ者の意識に取り込まれ、やがて自我を無くす。己を保てなければ精神を食われるのだ」
「ルゼの精神が消えるということか?」
「そうだ。オリビアもな」
だから、常に自分は誰であるというのを把握し、本当の自分とは違うのだと認識しなくてはいけない。
そのため、他者からお前は『違う者』である、と言われることが一番いい方法と言えた。
でなければ、最終的に体に戻った時、人格形成がうまくいかず廃人と化す。
それを説明すると、エヴァンは再び首を傾げる。
「最終的に体…て、体は?」
「部屋のクローゼットに詰めてきた」
黒猫さんの仲間がいるようなので神殿は心配ないのだが、念のために体を適当に隠してきたのである。
「えぇと…うん、まぁ、それはいい。じゃあ、オリビアは?」
「・・・・ん?」
振り返った私の視界に、なぜかついてきたはずのオリビアの姿はなかった・・・。
また迷子か、オリビアー!
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「迷子ではありませんよ。道を間違えただけです」
おそらく。と心の中で言い訳し、オリビアは神殿内を駆け抜けていた。
何かあったら東の庭にある緊急脱出用の馬を使う、とルゼに言われていたので、間違いなく東の庭に向かっていたのだ。
途中まで…。
「…ここは裏庭ですね」
どうやら久しぶりの戦闘に興奮するあまり、どこかで曲がる道を間違えてしまっていたらしい。
その時目の前にルゼ達がいるのにもかかわらず、何故か違う道を進んでいたのだとは思わないオリビアは、腕を組んでうんうんと頷き、来た道を戻ろうと踵を返したところで、ピタリと動きを止めた。
(何か…いる。しかもこれはかなりのやり手か?)
剣の柄に手をかけ、構えながらじっと目を凝らす。
視線を少しずつ動かしていくと、月明かりに照らされた神殿の回廊に、右手に巨大なハサミをもってズズズ…と引きずり、左手に敵と思しき者の足を持って、ずるずると引きずる小さな白黒の、クマのような生き物がいた。
強敵にあった時の様にどくどくと走る心臓の音を聞きながら、オリビアは慎重にそれの動きを追った。
それは、回廊の途中でピタリと足を止めると、オリビアと視線を合わせ、二人はじっと見つめあう。
見つめあう事数秒。左手で持っていた敵らしき男がピクリと動いたかと思うと、それに気が付いたその生き物は、そのまま腕を上下に振り、びたんびたんっと男を床に打ち据えた。
「げふっ、やめっ、ごふっ、ぐはっ・・・・・・」
男は再び動かなくなったようだ・・・。
そして再びそれとオリビアが視線を合わせること数秒。
背筋に冷や汗がタラリと流れたその時、オリビアの周りに銀色の猫、尻尾が二股の猫、犬に見えるが猫の被り物を被った…猫? そして猫耳猫尻尾の少女が駆け寄り、目の前にはメイドの黒猫さんが姿を現した。
「くろね…」
「いってらっしゃいませ」
ぺこりとお辞儀をした黒猫さんの頭にはなぜか猫耳があり、そのメイドスカートの下からは猫尻尾が見えていた。
そして、オリビアの足元には魔法陣が浮かび上がる…。
オリビアは驚いて黒猫さんに手を伸ばしたが、猫耳猫尻尾の子供が手を振るのを見た後、手を伸ばしたその体勢のままルゼ達の前に姿を現していた。
「あれ?」
「あれ? じゃないぞオリビア。あぁ、誰かに送ってもらったようだな」
魔法の痕跡を見て告げた主に、オリビアはコクコクと頷くと、呆然としながらも促されて馬にのろのろと飛び乗る。
キツネにつままれたような気分で、一気に興奮状態から覚めた様だ。
「我が君…どうやら私は幻の猫の一族を見たようです」
「そうか、こちらではネズミが大活躍だった」
ネズミ? と首を傾げたオリビアは、主が指し示す方向に倒れる男達と、転がる飴玉に首を傾げた。
(なぜ飴玉?)
倒した人数分飴玉転がっているように見える。
気付け用の何かだろうかとひたすら首を捻っていると、主は馬の腹を蹴り、動き出す。
「さすがは竜王の国。変った生き物がいるものだ」
「普通はいないだろ…たぶん」
主の楽しそうな声に続き、主の隣で馬相手におぼつかない様子のエヴァンが、首を横に振りつつため息交じりに呟いて馬を走らせた。
オリビアは今度こそ冷静に彼等の後に続きながら、後でお礼を言おうと心に決めるのであった。
ルゼ 「興奮は収まったようで何より」
オリビア「何やら驚きすぎて…」
ルゼ 「それでよし。町で迷子になったら目も当てられんからな」
オリビア「…迷子になったことなどありませんが」
ルゼ 「まだ認めんのか!?」
オリビアは興奮すると迷子という奇癖を認めません。
彼女の興奮を収めてくれた怪しい生物達は、黒猫さんの仲間で裏子猫隊の皆様です。(白黒クマはパンダの赤ちゃんでした)




