第52話 遊戯を始めよう
決行は深夜。
しかし、すでに外はざわめき、あまり大きな戦いを知らない騎士達はほんの少し浮き足立っている。
「取り敢えず結界を張りまーす」
緊張が張り詰める中、久しぶりに荷台に乗って、私は神殿のあちこちに触れて回っていく。
最終的に今まで触れて言った場所が繋がり、神殿に一つの大きな結界が張り巡らされるのだが、その辺りは説明しなくても今まで教えた知識から、騎士達にも何をしているのかわかったのだろう。邪魔にならないよう立ち位置をずらしたり、少し高い場所に触れねばならない時は、抱っこをしてくれたりと手助けしてくれた。
その作業に当たるだけでも、一部の騎士の緊張は解れたようで何よりだ。
「それにしても、魔法を使うだけの体力が足りないというのは問題ですね」
台車を押すのは昔の様にエヴァン…ではなく、今回はオリビアだ。
ガラガラと少々大きめの台車に揺られ、私はため息を吐いた。
「いざという時走り回れないのが致命的ね」
まさか台車で移動しながら戦う…というのはさすがに間抜けすぎるし、押す人がやられてしまう。
「やはりあれですかね」
オリビアが小さくボソリと告げ、私は答えるように頷いた。
今日の為に! というわけでは無いが、本人が動けない時の為の、禁呪が一つあるのだ。
禁呪と言われるくらいなのだから、もちろん軽々とはやってはいけないのだけれど、いざという時にそうも言ってはいられない。
ということで、結界の準備を終えた私達は、さらなる準備のために急いで部屋へと戻っていくのだった。
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深夜も過ぎた頃、ピリピリと研ぎ澄ました神経にピクリと引っかかる気配を感じ、パチリと目を開く。
まだ何の音もしないが、おそらく始まっているであろう戦いの音に、オリビアは微笑みながら剣の柄に手をかけた。
「随分と裏切り者が多かったようですね」
外で動く気配が思ったよりも多いのを感じたオリビアが笑う。
「騎士団の大半を掌握したとはいえ、城にも騎士団にも甘い汁を吸って肥え太ったものが多い。今更やめろと言われて止められる者は少ないだろうな」
「残念です」
「まぁね」
残念というよりは、呆れているという方が正しいかもしれないが、二人で苦笑を浮かべ、再び動き出した気配を追いかけることに集中した。
ほとんどは結界に引っかかり、騎士団によって片付けられていくが、やはり一部手強い者達がいるようだ。影を縫うように私達のいる方へと向かってくる者を感じる。
「一部が結界をすり抜けたな」
「ザル結界ですからね。あれぐらい通れない者と戦う気はありませんよ。あぁ、入れなかった雑魚は我が君が何とかしてください」
「ザルはひどいな。それに、なぜ私が雑魚と戦わねばならん?」
「結界張ったの我が君ですよ」
結界を貼った責任者が、責任もって通れなかった者達の面倒を見るのが当たり前と言われ、私は渋い表情を浮かべる。
それを言うなら、普通は通ってしまった方の始末なのだろうが、オリビアの表情はすでに好戦的で、結界を越えた者達との戦いをワクワクしながら待っているのが見て取れたため、あえて口にはしないことにした。
オリビアは、今も昔も強い物が好きなのだ。根っからの武人だね。
それはともかく、いつも思うのだけれど、肝心な時に限って主の命を敵に投げ飛ばすような真似をするんだよなぁ。
愛されてないのだろうかと疑ってしまうぞ~。
「あぁ、でも、通った者の一部は亜空間に飛ばされたのかな? 誰かの結界が発動してる」
「この上、さらに絞り込むのですか!?」
少しでも多くの者と戦いたかったのであろうオリビアは、がっくりと項垂れた。
周りの人々は、私や無関係な少女達を護るのがお仕事なのだから仕方がないだろう。
「あまりわがままを言うな。その分強いのが来るさ」
励ます様に告げれば、がっくりとうなだれていたオリビアが顔を上げ、背筋を伸ばした。
「そうですね。どの道、どれもこれも戦い慣れしていない子供のような者です。選別された者が来るのを待つくらいでちょうどイイでしょう。それより、一体誰がそんな結界を?」
亜空間などというものを広げられる人間など今の時代にはいない…と思っていたけれど、どこかに脈々と引き継がれた魔法があったのかもしれない。
他にもいくつか馴染みのない魔法を感じる。
昼過ぎ、ザルな結界を張った時には感じられなかった魔法の発動を、今はあちこちで感じる。
だが、その魔法の気配も記憶にないような感覚ばかりなので、おそらくは黒猫さんの知り合いではないかと思う。
彼女の魔法も少しだけ変っており、その気配によく似ているためにそう思うだけだが…。
オリビアにそれを伝えると、すんなりと納得したようだった。
「外では大騒ぎなのに、中では暇ですね…」
「やることがないのはいいことだと思うが?」
ぶちぶちと文句を言うオリビアにそう声をかければ、オリビアは深くため息をついた。
「暴れたいのです」
「暴れるな…」
本音を漏らしたオリビアを呆れながら諌めると、オリビアは不服そうだったが、ふとその動きがピタリと止まり、剣の柄に置いていた手にぐっと力が入って笑みが浮かぶ。
「仕掛けてきましたかね?」
「おそらくな」
私が軽く微笑むと、オリビアはスッと扉の死角に入り、扉が開いた瞬間に影のごとく動いた。
楽しそうだ。
「ルゼ! 裏町が燃えてる! うわっ!」
部屋に飛び込んできたのは何とエヴァンである。
てっきり敵が飛び込んでくると思っていたので、オリビアは彼を思いきり壁に叩きつけ、その眼球擦れ擦れに剣を付きつけていた。
「オリビア、彼は大丈夫」
「残念です」
いやいや、いいことだよ。
入ってきたのが敵でなかったのは、騎士達が頑張っている証拠なのだから。
オリビアがスッと剣を引くと、部屋に飛び込んできたエヴァンの額にぶわっと汗が浮かび上がった。
おそらくは冷や汗だ。
指先が震えていたが、エヴァンはぐっと手に力を入れて耐えた。
さすがは私の教え子! 後でたくさん褒めてやらないと。
「あ…あんたたち誰だ?」
エヴァンは警戒心剥き出しの視線で、私達を見つめた。
誰って? オリビアとルゼだ。変りはない。
いや、あるかな?
「上層部から聞かされていると思ったのだがな、エヴァン?」
私は足を組み、にやりと笑みを浮かべた。
その髪は白く、瞳の色は赤い。けれど、身長も、骨格も、声も顔立ちさえ違う私と、栗色の髪に灰色の瞳の、やはり全てが違うオリビアが、彼の瞳には写っていた。
「この姿では初めましてかな、エヴァン。私はリューク・イル・ゼルディアの魂を持つ、ルゼ・フェアルラータ。君の幼馴染で間違いないよ」
エヴァンの目が驚愕に大きく見開かれた。
そう。現在の私は、髪と目の色こそルゼであったが、その姿は、20代の若きリュークの姿であったのだ。
エヴァンの唖然とする姿に「ふふ」と柔らかな笑みを浮かべた後、その瞳が好戦的なモノに変化する。
そのあまりの代わり様に、エヴァンはごくりと喉を鳴らした。
「どんな罠を仕掛けてきたものか楽しみだ。…さぁ、遊戯に付き合ってやろう、小僧ども」
その言葉にアンセルの姿のオリビアが胸に腕を当てて礼をとり、私は不敵な笑みを浮かべたのだった。




