第51話 粛清作戦開始します
「そろそろ始めようと思う」
ここ1年ほどの間に、すっかりナイスバディに近づき、しかも強く、さらに知的に育ってきつつある神殿の少女達と、そんな彼女達にデレデレし始めた子猫隊の騎士達を見て、シャルが突然そう宣言したのは、丁度乗馬の訓練が終わり、片づけを始める賑やかな時だった。
「始めるって何を?」
私がエヴァンに抱っこされて馬から降りる瞬間、エヴァンをちらりと睨みつけ、シャルは後ろに付いているグラハムに、なぜか窘められて咳払いする。
なんだろうね?
たまに見かける光景だが、理由は不明だ。
「不正を叩きだす」
シャルが咳払いの後告げたその言葉に、騎士と少女達の表情が引き締まった…。
て、お嬢さん方…なぜ君達もやる気を出している?
なんだかんだとリュークの正体がばれてから、巻き込まれる形となった少女達は、最近強くなったせいか、いろんな場面で戦いたそうにうずうずと動く。
教えたのは護身術だから…と言っても、アリスまでもが皆につられてうずうずしだすので危険だ。
「ということで、巫女の身辺警護は任せるぞ」
気を引き締めた瞬間、肩透かしを食らってしまった。
てっきり私も参加するのかと思っていたのに…。
同じようなことを思ったのか、騎士や少女達にもがっかりした空気が漂い、シャルがそれを見て呆れた表情を浮かべた。
「確かにルゼの持つ知識で騎士団の力は底上げされたが、経験が足りない。それに、お前達忘れていないか? 貴族には私兵がいるのだぞ。襲われる可能性を考慮しろ。我はもっとも狙われる神殿に、最も信頼する者を置いたつもりだ」
「襲われる…」
少女達がごくりと喉を鳴らす。
平和な世の中、貴族社会でぬくぬくと…とはいう訳でもないが、神殿に半ば強制でおしこめられた少女達。
それでも、命のやり取りとは無縁だったろう。
彼女達は、ここにきて身近に危険が迫っていると感じたのか、フルリと震える。
その様子に、オリビアは慣れた様子で膝を降り、一番幼いアリスの頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。私も、もちろん我が君もいます。戦いの『た』の字も知らないよな小僧どもに、負ける気は毛頭ございません」
「ん。…二人がいれば大丈夫?」
アリスに見つめられ、オリビアはにこやかに微笑み、私もコクコクと頷く。
私やオリビアにとっては、この城で起きている貴族同士の不正や、反魔法勢力の動きなどは盤上の遊戯のようなものだ。
争いにばかり明け暮れた大昔とは比べ物にならない。
と言って、手を抜くつもりもないけれど。
「そうだな、アリスには黒猫、お前がついて…。で、なぜそこで鼻を押さえる」
この城でもかなりの実力を持つメイドの黒猫さんを振り返ったシャルは、彼女が鼻を押さえて蹲る姿に眉根を寄せた。
「い…いえ、何でもございません。ちょっと鼻血が…」
「鼻血?」
首を傾げる私達の間を抜け、アリスはそのまま黒猫さんのメイドスカートにぼすっと飛びこみ、その足にしがみ付いた。
「ん」
スカートごと足に巻きついたアリスは、潤んだ瞳で懇願するように黒猫さんを見上げる。
これが大人であれば、計算され尽くした悪女であるが、子供なので、素で守って欲しいとお願いしているのだろう。
「お任せくださいませアリス様。この黒猫、必ずや襲いかかる悪人を吊るして、卸して、日の目を見られぬようあらゆる手を使い…」
対する黒猫さんはアリスを見下ろし、ぶふっと鼻血を噴きだしたのだが、本人気が付いているのかよくわからない。
かなりの出血だ。
アリスの顔に当たるかと思ったのだが、噴出された鼻血が一瞬曲がったように見えた…。
魔法かな? 鼻血曲げの魔法…て、どんな魔法だ!
「お前の発言が一番危ない! そして鼻血を拭け! 顔がすごいことになっているぞ」
シャルの叫びに、グラハムが黒猫さんにささっと布を渡し、黒猫さんは「失礼しました」と鼻を拭いた。
ひょっとして、かなりの子供好きなのだろうか、黒猫さん。
「ルドヴィーク」
次は、とシャルが視線を向ければ、子猫隊の隊長ルドヴィークが、いまだ幼さを残す顔に笑顔を浮かべてひらひらと手を振っている。
その横に控えるように立つナハルジークはしっかりと頷いた。
「我等の準備も整っております。先頃とある筋から手に入れた情報で奴らの罪状は判明しております」
「とある筋? 情報網を別に手に入れたのか?」
「僕の未来のお嫁さんからね~」
シャルも知らない情報網から入手した情報は、シャルに渡される前に私も確認したが、しっかりとしたものだった。
証拠の品や、証言者となりうる者の似顔絵、さらには建物内部の見取り図など、あらゆるものが取り揃えられていたが、迷いやすい場所が描かれた絵は、なぜかどれも視点が低かったのが気になる。
孤児の子供でも雇ったのか? と尋ねたが、ルドはその時も僕のお嫁さんと言っていた。
ルドの未来のお嫁さんが誰かは知らないが、いつか会ってみたいものだ。
情報源はどのような国家においても重要なのだから。
「ではそれも含めて話を詰める。ルド、ナハルは付いて来い」
「は~い」
「はい」
二人がシャルに近寄るのを見やり、私はシャルに声をかける。
肝心なことを聞きそびれてはいけないからね。
「シャル、決行は?」
私はシャルを見上げて尋ねた。
決行時間に合わせて神殿も準備しておかねばならないだろう。
混乱に紛れた暗殺者の一人二人は入り込むはずだから。
「深夜だ。オリビア、ルゼと皆を頼む」
「はい。我が君とお嬢様方は命に代えてもお守りします」
どっかで聞いたよ、その台詞。
そして、何度も裏切られてきた気もするよ、そのセリフ…。
一番の被害者は主である私なんだよね…。今回は無いことを祈る。
「ルゼ」
シャルは私の前に立ち、傍に立つエヴァンを視線で下がらせると、私の頬に手を当てた。
「神殿は頼んだ」
「任せて」
私達は視線で頷き合い、シャルは手を離す瞬間、ほんの少し惜しむような瞳を向けたかと思うと、真剣な表情で、まるで誘惑するかのような色っぽさで、さらりと頬にキスをして去って行った。
「ルゼ様、念のため神殿に結界を…ルゼ様? 我が君?」
オリビアが尋ねる声がしたが、私はシャルに口づけされた頬に触れると、ばふんっと真っ赤になって叫んだ。
「美形って真面目な顔すると破壊力抜群だな! オイ!」
「我が君の、往年の頃のようなおっさん発言も破壊力抜群ですよ…」
赤い顔で頬を押さえる私が振り返ると、私は騎士達の残念な視線を一身に浴びたのだった・・・・。
ルド 「ナハル」
ナハル「動きのあった騎士にはランセルと、信用できる者につけるよう任せてあります」
ルド 「騎士団の不穏分子も炙り出すためとはいえ、あんな場所で計画を漏らすシャルが信じられないよ。女の子達が脅えるじゃないか~」
シャル「そう言うセリフは、団内の不穏分子を割り出せるようになってから言え。ルゼとオリビアは尻尾を掴ませないような奴等と戦うことになるとわかっていてあの余裕だぞ」
ルド 「現代のリュークとアンセルとしては負けてられないって? わかってるよ。せめて他の貴族達は捕えて見せるさ」
シャル「その意気だ」
作戦開始!




