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虚弱巫女の健康日誌  作者: のな
巫女編
50/97

第50話 それは欲望の視線です

 二度の気絶(?)により一日を潰してしまった翌日の私は、自分を包むぬくぬくとしたぬくもりがあまりにも気持ちよくて、ちょっと硬い抱き枕にピタリと寄り添った。


 ふわりとした清涼感のある、それでいて甘い香りにひくひくと鼻を動かし、何のポプリだろうと乙女な思考が動く中、抱き枕はなぜか動いて私をぎゅむっと抱きしめた。


 抱き枕じゃなくて、抱きしめ枕だった!?


 パチッと目を覚ました私の目の前にあったのは、胸元が開いた白いシャツ…。

 白いシャツ?

 

「あれ?」


 ぺちぺちと抱き枕に触れ、視線を上にあげれば、そこには目を閉じて気持ちよさそうに眠る色男の顔…て、シャルか!


「なんで?」


 記憶をたどれば、確か昨日は一度ヘル爺の薬で気を失い、夕方になって目を覚まして、そこでシャルに抱きしめられて再び気を失った…。

 とそこまで反芻して、私は真っ青になった。


 トイレに行ってないし、風呂にも入ってない!

 さすがに下半身がやばい気がする! 


 シャルを起こさないよう腕から逃れようとしたが、一度抱きしめられた体はなかなか離してもらえず、かといって、彼が目覚めて、お尻周りとか、布団とか、悲惨な状態を目撃されたらと思うと気が気ではないっっ。

 

 女の朝の不安、舐めんなよ! 


 猫に捕らわれたトカゲの様にウネウネ動きながら戦うこと数分。

 体力に負けました…。


「うぅ、ツライ…」


 ぜはーぜはーと息を吐き、羞恥心を抑え込んでシャルを起こそうと顔を上げれば、頭上では、今にも笑い出しそうなシャルの顔があった。


「シャル…」


 思わずジト目で睨んでやった。 


「…わ、悪いっ。あまりにも可愛かったから…ぶふっ」


 可愛いと言われて笑われるって複雑な…。

 

 シャルの顔をベシリと叩き、私は起き上がった。

 確認すれば、寝巻もベッドも綺麗な状態で、ほぅっと安堵の息をつく。

 が、トイレに行きたいのは変わりないので、シャルがじっと行動を見守る中、ゆっくりとベッドを降り、トイレに向かいかけ、へたりと座り込んだ。


「どうした!?」

 

 シャルがあわてて駆け寄り、手を取る。

 この感じは何ということは無い。貧血だ。

 

 私よりも青い顔をして私の様子を探るシャルに、大丈夫だと示すため、微笑んでみせることは忘れない。

 貧血で青ざめてるから、微笑みが吸血鬼っぽいのは自覚している…。そこはちょっとぶりっこして誤魔化してみようではないか。


「貧血~。血が足りな~い」


 いや、しょっちゅう鼻血を噴いてたりするから血は逆に有り余っているかも知れないが、とりあえず貧血だ。

 血の抜けるような感覚に耐えて座り込んでいると、私の手を取っていたシャルが、ひざ裏と背に腕を差し入れ、ぐんっと私を抱き上げた。


「ベッドに」


 慌てる彼の胸をタップして止める。


「いや! その前にトイレ! で、お風呂に入りたい!」


 ベッドに戻されそうになって慌て、ここは譲れない! とばかりに主張すると、なぜかピシリとシャルが固まった。

 ん?


 シャルを見上げつつ。指で彼の頬をついてみるが、動かない…。

 ナゼだ?


 しばらく待ってみたが、全く動かない彫像と化してしまったので、どうしたものかと悩み始めたその時、部屋の扉がノックされ、オリビアと黒猫さんが現れてほっとした。

 このまま放っておかれたらどうしようかと思ったよ!


「オリビア、黒猫さん! シャルが彫像になったんだけど…どうしよう?」


 頬をツンツン突いても全く動かないところを実践して見せると、オリビアは首を傾げ、黒猫さんは心得た様に頷く。


「何か言われましたか?」

「なにか? あぁ、貧血で動けなかったから、トイレに行きたいことと、お風呂に入りたいことを伝えたんだけど?」


 黒猫さんはなるほど、と小さく呟くと、シャルの横に立ち、その耳にこそりと何かを呟いたようだ。

 何を言ったかは聞こえなかったが、その瞬間シャルがビクッと震えて動き出し、私を見下ろした。


「あ…あぁ、そうだな、まだ成人していない」


 シャルの呟きに、私の全身からぶわっと汗が噴出した。

 ひょっとして、トイレとお風呂のワードのどこかに、シャルの食欲を誘う何かを思い起こさせるものがあったとか!?

 

 危うく食べられるところだった!?


 黒猫さんの指示で私はシャルに抱えられてトイレへ向かい、その後お風呂場に運ばれて無事体を洗うことができたが、私は戦々恐々としてシャルをびくびくと見つめ、シャルはシャルで何やら辛そうに、何かを堪えるように私を見つめていた。


 ちなみに、シャルは1週間ほとんど私につきっきりで、その間その視線を向け続けたのだった。





 1週間たった頃、竜王陛下がどこかへ出かけていたのか、『やっと執務に戻って立て込んでいた仕事がひと段落ついた』、と呟くグラハムがお見舞いに来た。

 彼は竜王陛下ともシャルとも親しいので、一応シャルの視線の意味を聞くと、なぜか死んだ魚のような目になった!

 

 何事!?


「ルゼ様が月経時の際は、竜であるあの方は本能を抑えきれないところがございます。ルゼ様の傍を離れないのもその為です。あの視線は、欲望の視線と受け止めて、できるだけ気をつけられることをお勧めいたします」


 グラハムさんの無表情な顏、無感情の声も怖かったが、それを聞いた時の私は心の中で悲鳴を上げた。

 

 私、1か月に一度、シャルの食欲の視線にさらされるってことかー!

 


 急いで対策を練ることを心に誓った瞬間であった。

黒猫「ルゼ様はまだ成人前です」


ぼそりと呟かれた声にシャルははっとした!


シャル(そうだ、成人前だっ。それに今は弱っている。風呂に誘っているわけではない!! 護ると決めたばかりで我が襲いかかるつもりか!?)


 竜の本能に振り回され、ギラギラとルゼを見つめては必死に耐えるシャルであった…。

 その後のルゼは、その視線を感じるたびに冷や汗をかきながら思ったという…。


ルゼ(今にも飛び掛かってきそうだっっ。いざとなれば第1級構成魔法を叩きこんで、アマゾネスの身体能力向上の技を使って、竜殺しの技を炸裂させれば! 速攻で行けばきっとこの体力でも仕留められるはず!!)



月経時の静かな攻防は、二人の誤解が解かれるまで続くのであった…。


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