第5話 死体の次は吸血鬼?
ガラガラガラガラ…
石畳を進む台車の音に、お城の城門を守る兵士がこちらに注目する。
なんとっっ、ブリオッシュはお城の兵士なのだ。名前も相性もおいしそうなのに、なかなかの出世株なのだ…と、彼をお勧めしたいのは、彼に惚れてる子爵令嬢だけど。
それはともかく、何やら城門前がにわかに騒がしい?
「何かあったのかもしれない。聞いてくる」
ブリオッシュが駆け出そうとしたところ、それより先に城門の両脇に立つ兵士とは別の兵士がこちらへと走ってくる。
ブリオッシュは走ろうとする足を止め、彼を待つことにしたようだ。
「ブリオッシュ! 町で拾った死体は町の警邏の所に持って行くべきだろう! 城に持ってくるなんて非常識だぞ!」
死体?
兵士の言葉にシニヨン、エヴァン、サーシャが顔を見合わせ、なぜか私を見下ろした。
そして、ブリオッシュも何やら考え込んだ後に私を見下ろし…。
彼等と見つめあい、沈黙すること数秒。
「死体って、私の事か!」
「うぉぉっ、喋った!」
思いっきり驚かれた。
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「皆してミイラやら、幽霊やら、死体やらと…ブツブツ」
死体疑惑は晴れたが、私は現在兵士の詰め所の片隅でいじけ虫。
そりゃ、自分の外見が、そう言われても仕方ないものなのは、自覚している。しかし、女の子がミイラだの死体だの言われて、傷つくなと言う方が無理だ。
ゆえに、いじける私を責める者は居ないのだが、そう形容されるような容姿の持ち主が、薄暗い部屋の隅でブツブツ言っていればどうなるか。
たとえ屈強な男であったとしても、気味悪がらない方がおかしい。怖がるなと言う方が、これまた無理な話だ。
現に兵士たちが皆、怖がってドン引きしているのだが、私はその時、それに気付けるような心境ではなかった。
それにしても、これがかつての輝かしき王、リューク・イル・ゼルディアのなれの果てと誰が思うだろうか…。
歩けば女性が黄色い悲鳴を上げ、敵と相対すれば誰もが怯む。完全無欠の国王であったリュークが、今や遠出は台車必須の虚弱体質なんてっっ!
だがっ、私はまだ子供。いずれは体力も付けて今度こそ素敵な恋を見つけるのが目標だっ。こんなところでいじけている場合ではないっ。
思い直し、ばっと立ち上がる…のは危険なので、座ったまま移動し、皆が囲むテーブルに近づいてその縁に手をかけ、ゆっくりと立ち上がった。
「うひひひひひ・・・」
足がプルった為、思わず悲鳴(?)を上げてしまう。
「だから、こえぇって」
ブリオッシュが文句を言い、兵士がドン引き、エヴァン、サーシャ、シニヨンの三人は慣れたもので、気にせずお茶を飲み、部屋に入ってきたばかりの子爵令嬢がいまにも倒れそうなほど真っ青の顔で詰所の入り口に立っていた。
おや、子爵令嬢が登場していたよ。
私がブリオッシュに視線で入り口を示すと、彼も子爵令嬢に気が付いたようだ。
「ウィンダム子爵令嬢! このようなむさくるしい場所においでいただかなくともっっ」
ブリオッシュや兵士が立ち上がり、子爵令嬢は硬直状態からはっとして我に返ったようだ。
ブリオッシュが傍に駆け寄ったことで、顔色はすぐに青からピンクに変わる。
「あぁ、青春っていいねぇ」
彼女の様子を見やった後、私は椅子に座り、テーブルに突っ伏しながら息を吐く。
「おばちゃんだね、ルゼ」
シニヨンが馬鹿にしたように言う。
こちとら中身は113歳。おばちゃんなんて可愛いものではないので気にしない。
これだけ歳をとるとね、心は自然と広くなるモノなのだよ!
「尻に敷ける男を探さないとね」
エヴァンの言葉に、私は彼の足を思い切り踏みつけた。
「いてっっ!」
私の心は広いが、体は若さゆえの過ちを犯すのだよエヴァン君。気をつけたまえ。
というのを、口には出さずににんまり微笑むだけで伝える。
もちろん通じないが。
さて、私達が(いつの間にやら全員で)テーブルの下で足踏み大会をヒートアップさせる頃、子爵令嬢はブリオッシュにひたすら謝っていた。
気が動転するあまり、道を言い間違えたのだと涙目になりながら告げる。
「いえ、お気になさらずっ。母君の形見である耳飾りなのですから、焦ってしまうのも仕方ありません」
ブリオッシュの言葉に私達はおや? と首を傾げた。
どうやら、子爵令嬢は本当に耳飾りを無くしたらしく、そしてそれは亡くなった母親の形見だったらしい。
普段の彼女はとにかくブリオッシュに話しかけるきっかけを欲していたので、今回もそうだと思ってしまった。
先入観はもってはいけません…と、リューク時代の世話係によく言われたなぁ…。
「ルゼ~、お姫様可哀想よ」
サーシャがこそっと私に告げ、顔だけ動かしてシニヨンとエヴァンを見れば、エヴァンは無言で頷き、シニヨンはにっこりと微笑んだ。
「貴族のつなぎがあるのはいいことだよねぇ」
シニヨン。幼いながらにして世渡り上手の腹黒め。
とはいえ、確かにこの先の人生、貴族とのかかわりがあった方がいろいろと助かるし、何より彼女を疑ってしまったという罪悪感もある。
ここはひと肌脱ぎますか。
私は片手を上げると、突っ伏したまま、顔だけブリオッシュに向けて爽やかににっこりと微笑んだ。
「手伝うよぉ~、ブリさーん」
ブリオッシュは「助かるっ」と目を煌めかせ、隣に立つ子爵令嬢は・・・・。
「ひぃっ…吸血鬼っっ」
気絶した。
なんでだ…。
どうやら、拭いきれなかった鼻血の跡と、青白い顔と、爽やかなつもりでいて不気味に見えた(シニヨン談)微笑が、彼女の眼には吸血鬼に映ったのだろう…と冷静にエヴァンは解析してくれた。
そんな解析はいらん!
とりあえず、耳飾り探しだ!
ゆっくりと立ち上がったが…私の足はびきっと攣った。
どうやら…足踏み大会が原因のようです。
「台車持ってくる」
エヴァンがため息交じりに告げ、私はコクコクと頷くと、再び席に座り、突っ伏したのだった・・・。