第43話 目の色違いました
「ルゼ、無事か!?」
がすがす、ごとごと、ばさばさ
何やら貴重な本にあってはならぬ音がするけれど、このままでは私が圧死するので聞かなかったことにする。
もうもうと埃が舞い上がる中、ようやく頭上に光が見えて、隙間ににょきりと手を伸ばせば、その腕を思い切り強く掴まれ、グイッと引っ張り出された。
「いたたたたたっ。腕抜けるっっ」
腕を引っ張ったのはシャルだ。竜は馬鹿力なんだから気をつけてほしい。
しかし、ようやく本の山からずぽんっと抜けだせたのでお礼を言うが…なぜかそのままシャルの腕の中に納まってしまった。
おんや?
「誰か濡れタオルを持ってきてくれ」
騎士達の誰かがバタバタと走り去り、私の横ではランセルによってオリビアが発掘されたところだった。
オリビアは埋まって興奮が収まったのか、立ち上がると自分の状態を確かめた後、服を叩いて埃を落としていた。
「ひどい目にあいましたね」
オリビアがにっこりと微笑んで告げるので、私は彼女を睨んだ。
一体誰のせいだと思っている。
そうこうしているうちに先程走り去った騎士が戻り、濡れタオルを受け取ったシャルが私の顔にそれを当て、拭っていく。
鼻の下を重点的に拭いているのではっと思い出した。
「鼻血っ」
「うん、よし、綺麗になった」
綺麗にはなったようだが、かなりぐいぐいと拭かれたので、顔が摩擦で熱くなっている。赤くなってるだろうな。
それはともかく、周りを見回すと、子猫隊の騎士達が微妙な表情を浮かべこちらを窺っている。その後ろには、神殿で預かっているカレンやティナ達少女が居り、こちらを心配そうに覗いていた。
「誤解は解けましたか?」
オリビアが騎士達に向かって尋ねると、騎士達の視線が逸らされた。
まだ疑いは晴れていないが、攻撃するほどではないと判断されているのか、シャルの睨みが効いているのかは謎だ。
「そう言えばルドヴィークと、ナハルジークは?」
真っ先に追いかけてきていたはずの二人の姿が無く、尋ねてシャルを見上げれば、思い切り目を逸らされた。
え? あの二人に何が?
と、何故か、ずぅぅぅぅんっと鈍い振動が響き、私は驚いて辺りをきょろきょろと見回した。
まるで雷でも落ちたかのような地響き。震度1はあっただろうか。
すぐ近くで魔法が発動したような気配を感じるのだが、ルドやナハルと関係しているのだろうか、チラリと皆の方を見やれば、騎士達がくっと呻いて涙を飲んだ。
「気にするな」
触れてはいけなさそうな気がするので、触れないことにしておく。君子危うきに近寄らず、だ。
そうなると、今度気になるのは痛めてしまったかもしれない書物の方だが…。
くるりと振り返り、雪崩れてしまっている本を一つ一つ手に取ってみると、一部血がついてしまったものがある。
「貴重な本がっっ」
思わず悲鳴を上げて次々と本を手にとった。
血の付いた本の血を拭き取り、危険な魔法が付与された本はそれを解除しながら、綺麗な本と、そうでないものに分けていくと、その作業に気が付いたオリビアも本を片付け始めた。
「大切な資料ですのに申し訳ありません」
さすがにオリビアも本に突っ込んだ手前、罪悪感に襲われたようだ。
「あぁ、確かにこのままにしていくのはまずいな。お前達も手伝え」
シャルが騎士達に指示を出したので、私が積み上げていく本を持って行ってくれるように頼む。
「こっちは神語で書かれたものです。こっちが日記、魔法書、こっちの山は厳重保管した方がいいです。これの魔法は解きません」
「あ、ルゼ様、その仕分けは私がしますので、魔法を解いてください」
「はーい」
オリビアが仕分けしてくれるので、私は無造作に本を手に取り、手に取ると同時に余計な魔法を解いていく。
スピード的には手にとってただ渡すだけの動作なので、騎士達が口をこれでもかというくらいに口を大きく開けて唖然としているだが、何かに夢中になると気が付かなくなるのはいつもの事なので、気にせず作業を続けていく。
「何の魔法が残ってるんだ?」
シャルは作業を確認しながら尋ね、仕分けられた本の一冊を手に取って中を確認している。
「大抵は保存の魔法ですよ。でもちゃんと掛け直さないと保存し続けるだけなので読めるようにしてます。他は閲覧禁止の魔法が多いです」
だが、かかっている魔法の種類からして、厳重な鍵を思い起こすようなものではないので、個人的な何かの本と思われる。
気になって表紙を確認すれば、やはり日記が多い。
「あ、こちらは処分です。エロ本ですので」
「エロ本!?」
オリビアがたまに除ける処分品は、表紙が日記だが、中身はエロ本のようだ。それらはオリビアが再び閲覧禁止の魔法をかけるので、騎士達が楽しむことはできない。
エロ本の言葉に食いついた男達はがっかりと肩を落とし、その姿に少女達が白い目を向けているのにも気が付かず、それらを運んで行った。
「阿呆だな」
「私にはあのエロ本、芸術作品にしか見えないのだけどね~」
日本でいう春画のようなもので、エロ本と言われても、現代日本のエロ本を知っている私には、全く興奮する要素がなかったりする。
騎士達の悲しむ姿に苦笑いしながら、本の下の方に挟まってしまっている本に手を伸ばすと、その本から、にょきりと手が抜け出し、私の腕を掴んだ。
「ぬあ!?」
「ルゼ!?」
シャルが慌てて私を引き寄せ、オリビアが本から生えた手を避けつつ本を抜きだした。
すると、本から抜け出た手は腕、肩、頭、胴と続き、人の姿でその場に現れ出でた。
私達が目を丸くしていると、その人物は幻のようであるのに、なぜか体の埃を払うようにバシバシと己を叩き、ゆっくりと顔を上げた。
淡い金糸の髪、精悍な顔立ちにどこか悪戯めいた表情、瞳は薄い紫。
ん? 薄い紫?
「「「隊長?」」」
騎士達が首を傾げて確認をとるその人物は、ルドヴィーク・オブライエンによく似た…。
「「ぬあああああ!」」
「ルゼ? オリビア!?」
私とオリビアの悲鳴にシャルが目を丸くし、ルドによく似たその人は、にこっと微笑んだ。
『やぁ、久しぶりだね、もう一人の僕ともう一人のアンセル』
今度こそ本物の、いや、正確には本物ではないが、本に宿った記憶の人物。
リューク・イル・ゼルディアがそこにいた。
「「目は紫だった!」」
私とオリビアは、ルドにあってすっかりエメラルドと認識していたようだが、ここにきてリュークの目は紫であったとどうでもいいことを思い出し、叫んだのだった…。




