第39話 やっちゃいました?
「だ、誰?」
口にして尋ねるにはなんだかアレなシチュエーションだが、シャルに問いかけると、シャルはそれは深ーい溜息を吐いて答える。
「ルドヴィークの母だ」
この答えに、ぱきっと固まったのはオリビアだ。
少女のように幼く見える銀の髪の女性は、どう見ても独身の子供のようであるが、16歳のルドヴィークの母親であるという。
いや、それよりも、この容姿はアンセルの奥さんであり、リュークの義妹と認定した元王女そのものだ。
まさかと思うが、アンセルの家系とリュークの家系は、私の願いだけ無視して、どこかで繋がったのだろうか?
私の恋は破れてるのに子孫が手を取り合ってたなんて…喜ぶべきか、悲しむべきかっっ!
ムクリと起き上がったルドの母親は、汚れた白いドレスをバシバシ叩き、出ていた鼻血を袖でぐいっと拭って、にっこりと微笑んだ。
その微笑みだけを見るなら貴夫人であるのに、やっていることは豪快だ。
「興奮しちゃったわ。ごめんなさいね」
「うちの母様はシャルと結婚するのが夢だからね」
「そうなのよ」
うふっと微笑むルドの母は私を見てにっこり微笑む。
なんだかよくわからないけれど、旦那様はいいのだろうか…??
「皆さん我が家のコレクションを見学にいらしたのでしょう? お話は聞いてますわ。さ、入ってちょうだいな」
ルドの母に連れられ、唖然としていた私達が玄関のドアに辿り着くと、扉を開いたルドの母は、
「お帰りマイサン~!」
そのまま勢いよく扉を閉めた!
ドガン!
なんだかものすごい音が閉めたドアの向こう側で響き、ちょび髭のおじさんがいたと思ったのだが、次に扉を開けると、なぜかおじさんは姿を消していた。
「先程のおじ様はどこへ行きましたの?」
カレンがおそるおそる尋ねれば、ルドの母はただにっこり微笑んでそれ以上の追及を良しとしなかった。
きっと、あれがルドの父親なのだろう。
似てなかったけど…。
ちらりとオリビアを見れば、彼女は遠い目をして小さく「我が妻よ…」と呟いていた。
あの可憐な義妹と、ルドの母の記憶がごっちゃにならないよう祈るよ。
「ようこそオブライエン邸へ。私は女主のルーチェといいます」
ルーチェの自己紹介に、オリビアがガクリと床に両手、両膝を着く。
それもそのはずだ。ルーチェはかつてのアンセルの奥さんと同じ名前だからね。
頑張れオリビア。
「コレクションをご案内しますわ」
ルーチェはそう言うと、玄関ホールからすぐの大階段の上を指し示す。
二階に続く大階段の中央踊り場の壁には、巨大な絵がかけられているのだが、そこにはあのルドの持っていたペンダントの中身と同じ、リュークとアンセルの姿があった。
「あの絵は100年ごとに画家を呼んで描かせていただいているの。最初の絵は争いで紛失してしまったらしくて今はもうないのだけれど、2代目からの絵は我が家の地下に保管されておりますわ」
そう言って彼女は二階ではなく、1階を歩いていく。
屋敷にはどうやら離れがあるらしく、本館と離れを回廊で結んでおり、その回廊を進むと、本館よりは少し小さいくらいのお屋敷がもう一つ姿を現した。
こんなお屋敷でも離れだというのだから、孤児院育ちの貧乏人の私には驚きだ。
ルーチェが管理しているらしい鍵を開け、中に入れば、古いインクのような臭いが立ち込めていた。
「好きなように見学していただいて構いませんわ。ただ、古い書物にだけは気をつけて。あの奥の部屋がその古い書物の部屋なのだけれど、リュークの時代の書物には魔法がかけられていて、危険なものがたくさんありますの。あの部屋のものはまだその魔法を解除していないものばかりですので、入らないことをお勧めしますわ」
とりあえず、と少女達が近場のドアに入っていく。
子猫隊の騎士達は見学したことがあるようで、各々好きな場所へと散らばり、私とオリビアは、ルド、ナハル、シャルと共に人の少ない方へと歩いた。
「これはアンセルの籠手さ」
「そうなの?」
私がオリビアに尋ねると、オリビアは肩を竦める。
「兵士や騎士の支給品ですので誰のものというのはわかりません」
これにはルドが籠手を持ってずいっとオリビアに迫る。
「見てここ、ほら、イニシャルが入ってるんだ。アンセルのアだよ」
私の位置からではよく見えないが、籠手の手首辺りに何か刺繍のようなものでもしてあるのか、ルドがオリビアに指し示しながら訴える。
「いえ、アンセルはイニシャルを書かないので、これはおそらくアントニーのアです。兵士長のアントニーはその位置に名前を書くのが癖ですので」
「じゃあこっち! これはリュークの5歳の時の頭蓋骨だよ!」
「頭蓋骨を抜いたら死にます! 偽物に決まってるでしょう!」
オリビアに激しく同意。
どこから来たんだ頭蓋骨…。
それはともかく、ルドとオリビアは二人で白熱しはじめ、私とシャルとナハルは二人を置いて別の部屋に向かった。
「良く集めてるね~。あの時代の物はとっくに反魔法勢力が廃棄したと思ってた」
「大半の物はな。だが、魔法推進勢力も活動していたからな」
シャルはそう言って魔法のかかった小箱を手にし、魔法の仕掛けを解く。すると、箱の蓋がゆっくりと持ち上がり、オルゴールが鳴り出した。
可愛らしい仕掛けだが、これは反魔法勢力への反抗心で職人が作り出したものだ。
魔法でしか開かないところが、当時の反魔法勢力を大いに苛立たせた。
「巫女様、これを開けられますか?」
突然ナハルが私に渡したのは、真っ白で細長い何かである。
大理石のような何かでできており、持てばひんやりする。
この『何か』にはどこにも継ぎ目はないが、これは箱だ。
「ルゼ、それは…」
シャルが何かを言う前に、私はその箱をあっさりと魔法で開く。
中に入っているのはペーパーナイフだ。ただし、切れ味抜群の短剣のようなペーパーナイフ。
「あ、懐かしい。これは間違いなくリュークの物だよ」
私がそのナイフを手に微笑んでいると、何の反応も帰ってこないため、不思議に思ってシャルとナハルを見やった。
「ええ、おそらくリュークの物であろうと旦那様が言っていました」
「我でも開かなかったからな」
ナハルに鋭く睨まれ、シャルにため息をつかれた私は、ナイフを手にしたまま、固まったのだった。
ひょっとして…やっちゃいましたか~?




