第32話 人間の王様
「どこのアホな騎士どもだ」
午前会議が終わり、執務室へ向かう途中で吐き捨てるように呟けば、グラハムがわざとらしく咳払いする。
まだ周りには高官達がいるため、体裁を守ってくれと言いたいのだろうが、こちらはルゼの様子を魔法で覗き見た瞬間に、そんなものはどこかへ吹き飛んでいる。
「我が騎士がいかがいたしましたか、竜王陛下?」
こそこそと近づいてくるのは、白髪交じりで、目はいつもおどおどと泳いでいる、この国の軍の責任者である。
なぜこんな男が責任者となりえるのか。それは、竜と人との関係にある。
元々能力が高く、人間の遥か上を行く竜族は、昔から国々を支える王として祭り上げられてきた。
だが、もともと自由奔放で捕らわれることを厭う竜の気性に、国王などという立場はただの鎖でしかなく、まともに政治に関わる竜がいなかったため、竜を王に抱く国には、竜とは別に人間の政治をこなす機関が設けられているのだ。
平和の中、その機関を束ねる高官も同じ家柄から選ばれ、ただの世襲制と成り果てて、能力もないのに上に立つ者が増える。
それが繰り返され、この時代になって腐り始めたのだ。
ゆえに、このような男が国の、しかも軍部の責任者となっているのである。
「我が騎士か…。そなたの騎士は我が巫女に対する礼儀も知らぬようだ」
「み、巫女様に何か…?」
「お前に話したところで何も変わらぬ」
「へ、陛下っっ」
だらだらと脂汗を浮かび上がらせ、目をきょろきょろさせて脅える男に何を言っても無駄と切り捨て、我はグラハムと黒猫を共にさっさとその場を後にすることにした。
「人間側を何とかせねばこの国はいずれ崩れるぞ」
国民が飢えている時に私腹を肥やす者、適当な人間を箔がつくからと軍に入れる者。
貴族主義で国民をないがしろにする者に、中には奴隷すら認めようとする者までいる。
竜人や竜族を動かして一部叩いてはいるものの、この国はあともう100年もすれば瓦解するだろう。
「陛下が真の王として立たれればよろしいのです」
グラハムが我が後に付きながら答える。
「奴らが欲しているのは、自分達に関わってこない、だが、害虫は駆除するトカゲの王だ」
「国民は陛下を王と崇めておられます」
「王か…。あれが使えればな…」
とある者を思い描きながら廊下を曲がると、我の執務室の前に、淡い金糸の髪の青年が立っているのが見えた。
噂をすれば何とやらだ。
高官の不興を買って、国のはずれに飛ばされたかつての少年が、あの頃の面影を残した笑顔を浮かべ、こちらに手を振っていた。
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「久しぶりだねシャル」
「…それは黒猫だルドヴィーク」
我は深くため息を吐いた。
傍に近づくと、ふわふわの金糸の髪の青年は、緑の瞳をキラキラと輝かせ、メイドの黒猫の手を取ってその甲に口付ける。
その視線を黒猫に向けながらの先程の挨拶だ。ため息を吐きたくもなる。
「陛下、セクハラです」
「我がセクハラしたみたいに言うな!」
黒猫め…。我が睨むが、黒猫はどこ吹く風でルドを冷たく見降ろしている。
しかし、ルドは嬉しそうに「えへへへ~」と照れながら笑い、いつまでも手を離さないので、彼女はスッと手を引くと、そのまま抱き着いてこようとした少年の耳をつまみ上げた。
「あ、いたたたたっ。ごめん、ごめんなさいお姉さんっ」
ルドは耳を引っ張られてなぜか笑いながら涙を浮かべて謝っている。
あれはやはり変態なのだろうか…。昔から女好きではあったが…。
呆れつつ眺めていると、その横にスッと出て胸に手を当て、一礼するのは黒髪に灰色の瞳をした少々表情の少ない青年である。
「お久しぶりですシャル」
「お前も息災で何よりだ、ナハルジーク。6年もこれのお守りは大変だったろう?」
「いえ…それほどは」
ナハルジークはすっと視線をわきに逸らし、それを見たルドが横で「何で目を逸らすのさーっ!」と、ぎゃんぎゃんと喚く。
相変わらず仲の良い主従を続けてるらしい。
と言っても、ナハルジークはルドの家に養子に入ったので書面上ではこの二人は兄弟になるのだが。
「取り敢えず二人とも入れ。辺境の状況を聞きたい」
チラチラと頭の中に映るルゼの状況に、眉間に深い皺を寄せながら言えば、ルドが我が前に走り寄ってきてその眉間をグニグニと指でほぐしだした。
「何で機嫌が悪いの?」
「我が番に突っかかる騎士がいてな」
ふぅと深い溜息を吐いて答えれば、ルドの目はきらりと輝く。
これは…。
「僕がお迎えに行ってくるよ! ついでにその騎士も懲らしめて…」
これは確実にどんな娘か興味を持ったな…。
我がちらりとナハルジークを見やると、彼は頷いてさっさと部屋を出て行き、さらに黒猫を見やると、黒猫は心得たとばかりに何やら赤いハンマーのような武器を取り出し、ピコッと軽快な音を立ててルドの頭を叩いた。
どう考えても殴った音は軽い音だったが、ルドヴィークはそのまま床にドゴッ! と言う音を立てて沈みこんだ…。
「黒猫…」
「私の友人に借りたピコハンという名の武器です。…やはり魔法で爆破すべきでしたか?」
「いや…」
我は首を横に振り、幸せそうに沈んだ少年を見下ろして深くため息をついた。
これは、こう見えてこの国の人間の王の座に着ける一番の有力候補なのだがな・・と思いつつ。




