第3話 健康ジュースは青汁です
今日も今日とて早朝の孤児院では奇妙な音が響く。
ザカザカザカザカ…
廊下の床板と、何かが擦れるような音。
そして、子供達が眠る部屋のドアがギィィィと錆びついた様な音を立てて開き、二段ベッドの下の段、その枠にガッと白い手が伸びる。
そして、長い髪をした少女が顔を上げ…
「お~は~よ~う~」
「ぎゃあああああああ~!」
うむ、本日も良い朝の目覚めである。
悲鳴を上げて目を覚ました少年は、胸を抑えながらぜぇぜぇと息を吐き、悲鳴につられて子供達はのろのろと起きるのだ。
これが私、ルゼ・フェアルラータの住む孤児院の朝の名物『死霊の目覚め』である。
起こす死霊役は私だけどね。
て、誰が死霊かっ!
現在私は6歳。心臓は500年は生きられるんじゃないかという健康ぶりだが、他の子供よりもうんと小さく、成長も遅い。相変わらず心臓以外は呪われたように虚弱なままである。
とはいえ、人に迷惑をかけ、特別扱いのスタンダードプレイはいかがなものかと思い、こうしてそこそこ元気な時は子供達を起こす役目を買って出るようにようになった。
もう6歳だしね! 集団生活ではお役目は大事よ。
最初の数部屋は普通に歩いて起こすのだけど、最後の方になるとあまりのだるさと疲れで匍匐前進になり、その動きで髪は振り乱され、息も荒く、顔も必死の形相でかなり怖いらしいが、子供達の飛び起き率が高いので院長先生には好評だ(?)。
「俺、ルゼより先に死ぬ気がする…」
起こされた子供達の中にはそんなことを言うやつがいるが、皆私より体格が良く、死にそうにないので放っておく。彼は極度の怖がりなだけだ。たぶん。
そして、目覚めの叫びの後は、全員起き出し、朝の支度。
私はその頃にはすでに動けないので、12歳ぐらいの年長さんにおんぶしてもらって移動。
顔を洗い、洗面器で溺れかけて救出されるのも日常茶飯事である。
たまに傍に誰もいない状態でこれをやると、洗面器で土挫衛門になりかけるので要注意だ。
私は決してドジではないぞっ!
「では皆さん、日々の糧に感謝を」
祈りの言葉を締め、朝食の挨拶をした40代のふくよかな女性はマザー・イオニア。本名はイオニア何とかというが、彼女はシスターになった時に家名を放棄しているので、シスター・イオニア、または孤児院の院長ということでマザー・イオニアと呼ばれる。
ふんわりとした金の髪は修道服に隠れて見えないが、綺麗な青い色の瞳はいつも子供達を見守っている。
この髪の色と瞳の色はこの国ヴァイマール王国ではよく見られる一般的な色である。
その点私は白い髪に赤い瞳だから目立つのだけど…。
「感謝を。さぁ、小僧ども! 今日の健康ジュースは腕によりをかけたからな、残さず飲めよ!」
がははははと笑うのはこの孤児院に住み着いている薬師で、58才になるヘルムンド。
髪はすでに白く染まり、顔を覆う髭も白。かろうじて見える目はやはり青でこの国の人間である。
彼はこの孤児院を…というより、マザー・イオニアをこよなく愛しており、彼女の育てる子供達である私達を自分の子のように扱ってくれる。今では孫扱いだが…。
そんな彼は、虚弱な私を迎え入れてからというもの、他の子供達にも健康であれ、と毎朝健康ジュースなるモノを作ってくれるようになった。
いわゆる青汁だ…。薬師だからね。
こんな優しい彼を、私達はヘル爺さんと呼んでいる。
朝の時間だけはまさに愛称の通り、地獄から来た爺さんなのだが…。
子供達は本日もコポコポと泡立つコップをじっと見つめ、えいやっと掴んでそれを飲み干した。
「ぐえぇぇぇぇ」
「げほっげほっ」
「おえぇぇぇぇ」
これは朝食の席か? と思うような光景が広がるのもいつもの事。
だが、贅沢できない…特に食事が満足に行き渡らない子供達の栄養はこれで補充されるため、この孤児院の子供は栄養失調にはならない…から、まぁ、いいのかな?
かくいう私は、この青汁で5度ほど気絶するが…。
これに関しては院に入ったばかりの子供達は1度は気絶するのできっと普通の事だろう。
うん…そう言うことにしておいて。
朝食が終わったらさっそく子供達は子供達のお仕事だ。
私? 私もやることはある。
でも、とりあえず…
気絶から回復してからね…。