第26話 進展は…していないようです
「おはようございますシャル、オルドブレン様」
女性が全員シャルと騎士団長カイザーに挨拶すると、育ちが良いせいか、シャルは一度怒りを鎮めて挨拶を返す。
だが、すぐにその眉間に皺が寄った。
「ルゼ、あれほど無駄に人を入れるなと言ったのに」
「言ったね~。でも、人に何かを教えるのに、一人でいるわけにいかないと思うよ?」
「それに、陛下が仰ったのですよ? この神殿に誰を入れるかは主たるルゼ様の采配に任せると」
いつの間に現れたのか、メイドの黒猫さんがシャルの背後に控えて告げた。
これにはシャルとオルドブレン以外気が付かなかったらしく、女性達が皆びくっと飛び上がった。
全く気配に気が付かなかった。
やはり、この黒猫さんはメイドの姿をしているが、隠密に間違いない!
「言ったが! あれは侍女やメイドという意味で…」
シャルはいつもと同じように答えるが、後の方は毎回ぼそぼそと呟かれて聞き取れない。
どうやら竜王は、ここに通された女性を受け入れ、教育を施すかどうかは私に任せると言ったそうなのだが、シャルは全ての女性を家に帰すことを望んでいたようなのだ。
シャル…実は王様のこと…?
なんて疑った日もあるが、様子を見る限りそう言うことではないようなので、竜王のお友達であるシャルの意見はここは無視して、国の為にも、良い奥さんを育てるため、神殿に入りたいと望む女性全てに教育を施すようにしている。
ちなみに脱落したのは15人ほど。
「不細工だと聞いてたのに!」
と、着いてすぐに帰って行った令嬢もいた。
よくわからないが、人を見かけで判断するような王妃は駄目だろうから、止めてもいない。
さらにさらに、中には駆け込み寺のごとく駆け込んできて。
「あんな男と婚約するのは嫌なのです!」
と叫んで居座り、どこぞの騎士をとっ捕まえてめでたくゴールインして去って行った凄腕ハンター…もとい、令嬢もいた。
その令嬢が去った後は、なぜか真似しようと押しかけてきた者達もいたが、さすがに目に余るので追い出したりという一幕もあった。
そんな中、色々問題はあるものの、現在残っているこの5人は大変優秀なのである。
あ、5歳児は他に行くところがないので置いているだけだが、噂によると王様はロリコンだそうなので、意外と彼女がすんなりと王妃の座に就くかもしれないとちょっとドキドキしてたりする。
「シャル、こちら、ティナさんです」
私はがっくりと項垂れるシャルを下から見上げてティナを紹介すると、なぜか溜息を吐くシャルに抱きしめられた。
そのまま、シャルはティナの方を振り向く。
「ティナと言ったか…」
「は、はい」
気だるげに尋ねるシャルに、ティナは緊張した様子ながらもピンと背筋を正し、スカートの両端を摘まんで中腰になり、きちんと淑女の礼をしている。
あのスカートの中ではきっと軽く曲げた足がプルプルしているに違いない。
優花が高校生であった頃、一時期とても太った時があった。あの時の体の重さを思うと、あの中腰はかなりつらいはずだ。
「どのような覚悟があってここへ来たかは聞かぬが、この娘の知識と能力は我等竜をも凌ぐことがある。多くを学び、国に尽くせ」
「お言葉、み、身に余る光栄にございます!」
やはりシャルは偉い人だったのだなぁ、と彼の腕の中でぼんやり思う。
「で、ルゼ」
「はい?」
再び見上げれば、シャルは視線を逸らし、大きくため息をつく。
その表情から、何やら残念がっているようだが、何を残念がっているかまではわからない。
「噂…」
ぼそっと黒猫さんが呟くと、ぐぐっとシャルの眉間に皺が寄った。
「シャル?」
そぉっと手を伸ばし、背の高いシャルの眉間に手を伸ばすが、今少しという所で届かず、気が付いたシャルの方から近寄ってくれたのでその眉間をほぐす。
シャルはしばらくされるがままになっていたが、柔らかい笑みを浮かべると、私の手を取ってその指にそっと口づけ、名残惜しげにその手を離した。
なんだか恋人同士のような雰囲気だけど、これも獲物に対する匂いつけの一環なのだと私は知っているのだよ。
なぜ知っているか?
もちろんアマゾネス時代の竜人であった旦那様が、これを頻繁にやっていたからである。
曰く、
「匂いを付けておけば他のオスが近づかない。イリューゼを欲する竜は近づくかもしれないが、もう私のモノだから来世を待ってくれるだろう」
とかなんとか。
竜って、獲物が人妻だと生まれ変わるのを待ってくれるのだそうだ。
「気の遠くなる話だね・・・」と言ったのを覚えている。
ん? イリューゼを欲する竜だったっけ? イリューゼを…つか…捕まえる竜だったか?
「余計な噂のせいで時が来るまで全く手が出せんとは。忌々しい」
過去の記憶を必死に思い出していると、シャルが私を解放したため、私は現実に戻った。
「これからすぐに陛下には謁見が数件と、午前会議がございますので、ここでお時間です」
「わかった。グラハムの準備は」
「できております」
黒猫さんと今日のスケジュールを確認した後、シャルは仕事に戻るようである。
常に竜王陛下に付き従っているらしいシャルは、朝から大忙しなため、神殿にこられるのはほんのわずかな時間のみだ。
「ルゼ、今日の剣の稽古はカイザーに頼んである。練兵所にはカイザーと行くように」
なるほど、オルドブレンは少女達の朝の剣の稽古に同行するためにこちらに来ていたようだ。
となれば、さっさとウォーミングアップをしてしまわねば。
シャルが離れていくのを見た後、さっそく始めようと少女達の方へと向き直り、声をかける。
「さぁ、皆、朝の簡単体操開始で…ん?」
見れば、なぜか女性達が頬をバラ色に染め、シャルの背を見送っていた。
う~ん?
「シャルって…意外と人気だよね」
ポツッと呟くと、シャルの半歩後ろを歩いていた黒猫さんが一瞬足を止め、何故かシャルが何やら怒ったようだが、何か言ったのだろうか?
「陛下も不憫な…」
オルドブレンが小さく呟き、それを聞いた私とオリビアは、シャルの背と、少女のバラ色の頬と、オルドブレンの謎の言葉に共通性が見いだせず、首を傾げたのだった。
☓イリューゼを欲する竜⇒〇イリューゼを番に望む竜 です。
つか…まで出たのですが、番という言葉は出なかったようです。




