第23話 待つゆえに
月食。何が原因なのかはわからないが、月が隠れるそのわずかな時間、竜の力は著しく衰え、あまりの気だるさに立っていることすら困難の者まで出る厄介な日。
幸い我が能力は竜人ほどに落ちるぐらいで済むが、それでもかなりのものだ。
この一瞬を狙い、魔物達は天敵である竜族を狩りに出てくるので竜族は皆ひとところに固まり、動かぬようにするのである。
とはいえ…
「必要なときほど傍におれんというのは…」
椅子に思い切り体を預け、執務机に足を載せるという無作法をしながら溜息を吐く。
危険なのは人間も一緒なのだ。
特有の気だるさから、執務に手が付かずぼんやりとしていると、部屋の扉がノックされ、応じればいつものように白髪頭に青い瞳、身のこなしに隙のない執事長グラハムが入室した。
「陛下、騎士団長オルドブレンがまいりました」
「ああ、通せ」
グラハムに睨まれて足を降ろし、背筋を正すと同時に、我よりも背が高い強面の大男が部屋に入ってくる。
どこにでもいるような金髪碧眼の男だが、その顔立ちと、見事に鍛えられた逆三角形の体、そして高い身長が、入室するだけで部屋を小さく感じさせる。
「カイザー、急な配置換えを頼んですまなかったな」
「いえ。貧民街の警備の薄さは常日頃から気になっておりました。陛下が踏み込んでくださって助かりました」
「貴族思考のボンボンの反感を買ったがな」
「…騎士団も数十年経ちますと、変わってまいりますな…」
嘆かわしいとばかりにグラハムが首を振る。
グラハムが若い頃は、騎士団にいるのはほとんど実力主義の者ばかりで、血統だの貴族だのと地位や名誉を振りかざすような者は少なかったが、ここ最近では世の中が平和なせいか、騎士団にもそんな輩が増えてきていて困ったものだ。
「数年前の飢饉で貧民街の整備が遅れたのも原因でしょう」
「確かにな」
数年前、この国のみならず、多くの国が長雨や干ばつ等に見舞われ、飢饉を引き起こした。
その際、我が国はより多くの民を救うための資金を必要とし、貧民街の整備を行うために用意した資金も切り崩さねばならくなったのだ。
だが、その資金は、王や他の管理の目をうまく欺き、必要以上に切り崩され、貧民街の民を圧迫した。
そのため、貧民街では整備のために働いていた者達の一部が職を失い、暴徒と化し、貴族街を襲ったのである。
そのせいもあって、貴族の若者には貧民街を毛嫌いする者も多くいるのが現状だ。
「あの頃の財政担当の横領に気が付かなかった我等が悪い」
その場にいる三人が共に暗い顔になったところで、カイザー・オルドブレンは顔を上げた。
「貧民街の警備ですが、同じ貧民街での兵士が一人おりましたので、町の者と騎士団の繋ぎとなるよう動かしました」
「兵士?」
「こちらがその者の資料です、陛下」
グラハムがどこからともなく資料を差し出し、それを受け取って目を通すと、その男の採用試験の結果に注目した。
随分優秀だ。
下手をすると、コネで騎士団に入ろうとする者達よりずっといいのではないだろうか。
「現在門番勤務に当たっておりますが、なかなかの実力者です。仲間内の話ですと、素手で大の男を振り回すことも可能な力自慢だとか」
ガタイのでかい大男が思い浮かんだが、今の所、門番にカイザーよりも大柄な男はいなかったように思える。
仲間内の大げさな評価か?
「どこかの国で傭兵か騎士見習いでもしていたか?」
「私もそう思いました。筆記試験の点数が他より突出しておりましたので、元々どこかの貴族かと。ですが、どうやら孤児院の出だそうです」
確かに出自が孤児院となってる。マザー・イオニアの孤児院と言えば、ルゼの孤児院だな・・。
「不正も疑われましたので、当時の試験官に問い合わせましたところ、そのような動きは見られなかった、と。その時もやはり不正を疑い、徹底的に調べ上げたそうですが、不正は出なかったそうです。よほどいい教師に恵まれたのだと思いまして尋ねましたら、3歳児に教わったと」
「は?」
グラハムの報告に首を傾げれば、また別の資料が渡される。
今までその手に資料らしきものなどなかったのだが…。
一体いつ手にした!?
相変わらずの動きに驚きながらも資料を目にし、ぎょっと目を剥く。
「ルゼ?」
「影に調べさせましたところ、よほどうまく立ち回って正体を隠しておりましたが、子供達は素直ですな、彼等に聞き出せば、やはり現在6歳だというその少女が子供達を教え導いているようです」
12歳以上の孤児の中には、店の計算を任されている者、護衛として名が通っている者もいる。その全てが同じ孤児院の出で、やはり幼い子供達に聞けば、ルゼが教えていたのだという報告が上がっている。
気になるのは、なぜか現代文字は人並みという所だが。
「陛下。できれば兵士の方を私に預けてもらえませんでしょうか」
カイザーが提案し、我はそれについて思案する。
これは…ルゼにも使える手か?
カイザーの様に人材として引き抜き、いずれは我が傍におけるように手をうてば…。
良い人材を引き抜く目があるかないかは部署によって異なるが、カイザーの目は確かであり、彼が采配すれば孤児だ何だと絡む者は少なく済むだろう。
ルゼの場合も周りをうまく固めれば貴族に煩わせることも無い。
「…許可する。グラハム、こちらのルゼも確保だ」
「どのような立場で迎え入れるおつもりですか?」
どのような立場? 決まっている。
「古来より竜を支えるもう一つの柱は巫女と決まっている。我が神殿に加えよ」
「…陛下、お言葉ですがこの少女は…6歳…」
グラハムの言葉はなぜかとぎれとぎれになり、彼の顔色は少しずつ青ざめていく。
年なので体の調子でも悪いのかと思ったが、彼は何やら珍しく動揺し、我と目を合わせずに呟きながら退室の礼をとった。
「それとなく管理に手続きを…。6歳であることは伏せて…。陛下が…ロリ…何とか…」
我とカイザーはぼそぼそ呟かれるそれが聞き取れず、首を傾げながらその背を見送った。
その後、どこからか我が巫女を得るのだという情報が漏れ、貴族共が己の娘もそれにふさわしいとなだれ込んできたせいで、軍事級の魔法が発動された後も、なかなかルゼのピンチに駆けつけるのが適わなかったのだった。
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「お久しぶりですリューク・イル・ゼルディア。我が君。その不機嫌な眼差しはあの頃と全く変わりがりませんね。お顔は…かなり破壊的に変わっておりますが」
「我が容姿はともかく、そう言うお前はなんと愛らしい姿なのだろうな。我が騎士アンセル・レノックス」
さて、ルゼに付きまとうおかしな娘とルゼのこの会話をどう取るべきか。
どちらもよく耳にした名前だ。今ではほぼ伝説と化しているが…。
ルゼの放った魔法。知識、この会話。彼女達はまるで生まれ変わりのような口ぶりである。
だが、まぁ、世の中には彼等の名を借りてままごとをする子供達もいる。彼女達も年相応なのかもしれないということにして、この問題は棚の上に置くことにした。
今は、ルゼだ。
顔が腫れて少々哀れなことになっているが、相変わらず可愛らし…じゃない、真面目な話をせねばな。
幸い、軍事級の魔法を使ったのがルゼと判明したのだ。これで口やかましい貴族共も抑えることができよう。
思わず口元に笑みが浮かびそうになったが、それを堪えて宣言した。
「ルゼ、お前はこの国の巫女として神殿に入ることになった」
「はい?」
まぁ、幼い子供に巫女としての意味が分かるとは思っていなかったので、それはまぁいい。
肝心なのはここだ。
「その知識と魔力で竜王を支える国の柱となれ」
我と共に歩み、我が隣に、我が番として…。
ぽかんとした表情の小さな娘に愛おしさが込み上げて、竜体の時同様に親愛を示し、ルゼを軽く舐める。 あ、いや、人間の言い方だとキスだったか。
「私のファーストキス!」
ルゼが叫び、我は首を傾げた。
「ファースト?」
「一番! 私の一番最初のキス!」
何やら顔をさらに赤くしてバシバシと枕を叩くその姿がさらに愛らしく、思わず苦笑してしまう。
こんなのは親愛を示す挨拶で、竜の親子ならばいくらでもしていることだ。
竜が愛を示すキスはこんなものではないが…さすがに子供にはまだ…まずかろうな。
「ちゃんとしたものは大人になるまで待て」
我も待つゆえに。
そう言うと、もう一度軽く唇を重ね、再び顔を真っ赤にしたルゼに微笑みかけたのだった。




