第15話 準備は体力勝負!
シャルが飛び立った翌日、私は水場の床で目が覚めた。
現代日本でいうなら事件現場状態だった!
周りを子供達が遠巻き囲み、ヘルムンドに首筋の脈を計られていたのだ。
まぁ、土左衛門になっていなくて良かったよ。
そんなこんなで、何とか無事迎えた月食の日…。
「と、言うことで、シャニクサイです」
「なにが、ということなんだ?」
「しゃらくさい?」
「謝肉祭だろ」
食堂の大テーブルを囲んで、下は数か月から上は14歳までの子供達がそれぞれの席に座っている。
そこで椅子に立ち上がり、ぐっと拳を握って私は宣言した。
子供達は意味が分からず、推測をああだ、こうだと口にして騒ぐ。
本日はお仕事に行く12歳以上の子供達にも仕事を休んでもらって、シャニクサイ準備を行うことにしたのだから、利益が無ければ私が袋叩きに合う。ここはきっちり説明しないとね。
さて、肝心のそのシャニクサイだが。
「射肉祭。つまり、肉を射止める、数年に一度の大チャンス!」
「「「「肉!?」」」」
よし、子供達はガッツリ喰いついた。
謝肉祭ならぬ射肉祭は、遥か昔からアマゾネス達が行っている伝統的な狩りである。
月食の際に起きる効果を利用し、道具を使って特定の魔物を捕え、無双状態に狩っていくのだ。
孤児院ではこれまで、年齢も人手も子供達の実力も足りなかったために行えなかったが、現在12歳以上の子供達のほとんどは多くの技も覚え、魔物の1匹2匹は平気で狩ることができる実力者。
となれば、今こそ射肉祭を解禁せねばならんだろう!
「ヘル爺の持つこの草!」
じゃんっとスカートのポケットから一握りの草を取り出すと、子供達がそれを見た瞬間に嫌なものを見たかのように顔をしかめた。
まぁ、気持ちはわかる。
この草は、本日の朝にも飲んだ、ヘル爺特製健康ジュースの大部分を担う、とってもまっずぅ~い草なのだ。
「実は、これにはとある魔物を呼び寄せる効果があります」
「魔物?」
13歳の子供達が鋭く尋ねてくる。
彼等はすでに冒険者のような仕事も経験している。ゆえに、魔物戦にも慣れていて、その危険も身に染みてよくわかっているのだ。警戒するのは当たり前だった。
「えぇと…魔物の種類は…お肉がおいしいクマ五郎です」
しまった、魔物の正式名忘れてるよ。
誰だ、私にこんなファンシーすぎる名前を教えたのはっっ!
まぁ、アマゾネスの誰かであることは間違いないけれど・・。
チラリと子供達を見れば、やはりと言うか、呆れかえっている。
視線が痛い…。
「クマっぽい魔物で、動きがちょっと速いかなぁ、とっても危ないから小さい子は昼間のお手伝いだけね」
「手伝いはともかく、その少なすぎる情報量で、どう魔物を特定しろと?」
う…エヴァンに突っ込まれた。
しかし、動きの速いクマとしか言えないのだ。他に特徴がない。
あ、肉汁たっぷりのものすごくおいしいクマという肝心な特徴があった。
「とにかく! お肉がおいしいの! それを今夜ゲットしようと思います」
「あぁ、月食だから…」
「でも、魔物の力が強まるから危険じゃない?」
「そうねぇ、魔物の数も今夜は増えるものね」
そうなのだ。
月食の夜は魔物の数が増える。だからこそ食用魔物を狩るのにちょうどいいということもあるのだが、もちろんデメリットもあって、今夜は魔物の力が強くなるのだ。
魔法に関してもそうだ。
今夜は魔力は上がり、攻撃魔法は強まるが、癒し系の魔法や聖なる魔法類は軒並みパワーダウンしてしまう。
「だからこそ、入念に罠を仕掛けて、お肉たっぷり、懐がっぽり作戦をしたいと思います」
「「「作戦を聞いてから判断する」」」
さすがは年長組。子供達の面倒も見てくれる孤児院のお姉さんお兄さんは、その辺りの同い年よりも慎重で思慮深い。私は彼等に、子供達でもこなせる作戦を披露し、安全性をしっかりアピールしなくてはいけない。
さぁ、そうとなれば久しぶりのプレゼンテーションだ。
私はにやりと笑みを浮かべると、文字の訓練用の小さな黒板に図面を描いていった
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空は快晴。
絶好の狩り日和。
そして、子供達は孤児院の裏手にある野原を駆け回り、何とも平和な風景…。
ではなかった。
「はい、次~!」
私の指示のもと、子供達がぜぇはぁ言いながら野原に落書き…ではなく、何かを描いていく。
これが結構重労働らしい。時折バタバタと倒れていく子供多数。
野原は子供にとってはかなりの大きさ。そこを走り回って丁寧に何かを描く作業はかなりの根気と集中力、それに体力を要する。
水分補給用の水はちゃんと用意してあるから飲まなくちゃだめだと言っているのに…。
といっても、この水分はヘルムンドが用意した物で、その名も『体に良い水』なので、皆恐ろしくて手が出せないのだけど…。
「ルゼ、何をやっているんだ?」
子供達がバタバタと倒れたり、走り回ったりしている中、いつもの時間にイマネアとフィセルが現れた。
その瞬間、子供達の目が獲物を狙うかのようにギラリと光る。
「何ですか…。この一種殺気に似たような視線は」
子供達は私の指示の元、2時間ほど走りっぱなしなので殺気も混じるだろう。
イマネアとお目付けである騎士フィセルは、野原をあちこちへと棒を引きずりながら走る子供達を見て首を傾げている。
こういうのを飛んで火にいるなんとやら、とかいうのだろうか。
とにかく、大人で、体力ならば人間の倍以上ある彼等を私が逃すはずもない。
もちろん、何を描いているかもわからないようにうまくやりますとも。
「二人ともこの棒を持ってね。これを剣だと思って」
二人は首を傾げる。
同じタイミングで傾げるものだから、ちょっと可愛いとか思ってしまった。
「で、私の言うとおりに、この棒で絵を描くつもりで引きずりながら走ってください」
「走り込みか?」
「剣の特訓ですか?」
「集中力と体力の特訓です」
私はにんまりと微笑むと、サーシャが孤児達全員に休憩を言い渡す。
準備万端。二人には気合を入れて描いてもらいましょうか!
「私の指示に従って走ってください。フィセルさんはネアと反対方向へ、鏡の様に動いてくださいね」
「つまり、ルゼの指示の反対方向へですね」
「当たりです。では行きますよ!」
まずは、魔法陣の円から!
そして、その後、竜人二人は、振り回される動きに悲鳴を上げることになるのだった。