第13話 どうにもならない思考
それはざわざわと胸が騒ぐ夜の事。
月明かりに照らされた部屋の中で、窓辺に腰掛けぼんやりと月を見上げていた我は、何かに導かれる様にその窓を開き、そこから降下した。
窓から出入りなどしようものならばあの執事長が後で怒鳴り込んでくるかもしれないが、たまには許せ。
きっとほんの少し窮屈さを感じて散歩に出たくなっただけなのだと言い訳をしつつ、空中で竜に変化する。
その際、人の姿で着ていた衣装が千切れて落下し、それに気が付いた兵士達がにわかに騒ぎ出した。
眼下では兵士達がこちらの姿を発見して指をさしているので、事件ではないと示すために城の上空を一度旋回してから飛び立った。
さて、散歩であるからには近場で無ければ城の者も不安に思うだろうし、何より無断で飛び出てきたのだ。あまり長く外をうろつけば、帰った時あの執事長のお小言が長くなるだろう。
となると、城下ぐらいの距離で…。
たまには貧民街の方へと向かってみるか。
向かうのは、防御壁が張り巡らされていない貧民街のはずれだ。
貧民街は元々ある防護壁の外側に少しずつ広がったり縮小したりしているため、防護壁が間に合っていない。
そして、我が膝元でありながら、なかなか減らない貧民は、多国間同士の戦争や、魔物被害によって財を失った者達の集まりである。
戦争については目に余るようであれば我等竜族が介入するが、突発的に表れる魔物は減らしても減らしてもどこかで湧いて出るため、家族や家を失う貧民がいなくなることは無い。
この国は竜族の恩恵を受け、さらに騎士団が定期的に狩りをするので魔物被害も少ない方だろう。
そして、そんな貧民の中には孤児もいる。イマネアが最近楽しげに話すあの娘も、何らかの理由で親を失った孤児の一人だろう。
そんなことを考えながら降り立った広い野原は、こじんまりとした孤児院のすぐ裏手にあり、ひっそりと静まり返っていた。
いや…別にあの娘がいるからここに降り立ったのではなく、ここには防御壁も無く、野原の向こうは森が広がるため、安全確認の為に…と、なんだか言い訳のようだな。
あの子供とて眠っている時間だというのに、なぜか赴いてしまうあたり、番というものは恐ろしい。まるで初めて恋をした少年のようではないか。
孤児院の窓をそろそろと覗き込み、子供達の寝顔を見ていく。
やんちゃそうな少年が多い。
あの娘に手は出すなよ…。
大人になるのを待つにしても、我が権限で自由を奪ったり、贅沢三昧をさせるなどというわけにもいかない。それに、妻として迎えるにしても万全の態勢を整えねば、竜を厭うモノや政治的思惑を持つ者に狙われてしまうだろう。
まだまだ時が必要か…。
人の10年などあっという間なのに、なぜかとてつもなく長く感じるとは重症だ。
小さくため息をつき、一つ一つ窓を覗くなどと情けない己の姿にも飽きれ、逢えば想いばかりが募るだろうと帰ろうとした時、我が目は赤い兎のような瞳と視線を交えていた。
白い長い髪をした枯れ木のように細い娘。
成長すればさぞや美しくなるだろうその娘が、今度こそ我をしかと見つめている。
が、様子がおかしい…。
娘は窓を開き、なぜかその窓枠を越え、次の瞬間、我に向かって飛びついてきた!
いや、今は竜の姿で、しかもこの位置からでは娘を受け止めてやれない。
人型で抱きしめようにもさすがに裸では問題があろう!
高速で思考が巡る中、一瞬殺気を感じ、体が意思に反してざっと窓から離れる。
「ひやぁぁぁぁぁぁ~っ」
娘は、やはりと言うか、当然落下した。
いくら興奮していても、喜び溢れても(希望的シチュエーション)、窓から飛びついてきては駄目だろう!
慌てて体を捻り、翼を広げることで何とか娘を受け止めることができてほっとする。しかし、どうやら娘はその手にペンを持っていたらしく、そのペンが誤って我が翼に刺さったようだ。
ほっとする娘にそれを抜くよう指示すると、娘は目を丸くして叫んだ。
「ギャー! 刺さってるよ!」
うむ。今日は元気なようだ。
鋭く尖ったモノでの怪我はじんじんと痛むが、まぁ、この娘がケガをしなかったのならば良い。
それにしても、子供が起きている時間ではあるまいに…。
顔を近づけ、子供の匂いを吸い込みながら尋ねる。少々目が寄ってしまうが…。
『子供は眠っている時間だろう。なぜ起きている?』
「眠れなくって…。ひょっとして、精霊の前触れかな」
それはつまり、我が来る予感がしたということか!?
嬉しくなってすり寄り、娘を転ばせてしまった。
いかんな、体格差がありすぎるのだから気をつけないと。
謝ると、娘は何故我がここにいるかを問うてくる。
そんなものは決まっている!
『我はおそらくそなたに呼ばれてここにあるのだ。予感という名の運命かもしれん』
なんだそれは! 子供相手にどう説明すべきかわからず、口走ってしまったのは我でもさすがに気持ち悪くなるようなキザ(?)なセリフであった。
「何?」
幸い聞こえなかったようなので、慌てて訂正した。
『散歩だ!』
その瞬間、なぜか子供らしからぬ胡乱げな表情で見つめられた。
失敗しただろうか…。
とりあえず、いたたまれない雰囲気を払しょくするために咳払いした後、娘を見下ろした。
『そなた、名前は?』
「ルゼだよ」
ルゼ・・・ルゼか。
胸の内でその名を転がせば、甘い痛みが広がる。
『ルゼ…そなた、我が妻にならぬか?』
ポロリと口からこぼれ出た言葉に、我は硬直した。
・・・・・・・・
我は…阿呆か!
竜さん視点により、強調箇所は真実とは異なった解釈がなされておりますので訂正しておきます。
誤:飛びついて⇒正:飛び掛かって
誤:誤って ⇒正:思いっきりぶっさすつもりで持っておりました




